【小説】婚約破棄? そんなの絶対許しません。

※婚約破棄ものですがヤンデレ要素やホラー要素を含みます
※流血表現、性的表現があります
※R15想定です
※なんでもありな方はどうぞ


 学園の長期休暇が始まり寛いでいたところに突然婚約者であるアルフレッドがイルザの屋敷に押し掛けてきた。アルフレッドの傍にはウェーブのかかった桃色の髪を持った愛らしい娘が寄り添うように傍らに立っている。
 
 その娘の名はアイシャ。アルフレッドとイルザの同級生である。二人の姿はまるで愛し合う恋人同士のようでイルザはこれから何を言われるか理解し、自分の部屋に案内した。人払いを済ませイルザはアルフレッド達に向き直る。

「イルザ=ルザミーネ。お前との婚約を破棄する」

「……どうして?」

「お前が陰湿な女だからだ。ここにいるアイシャに悪評をばら撒き嫌がらせの限りを尽くしたというではないか。そのような女は私の婚約者に相応しくない」

 怯えるように震えるアイシャを庇うように抱き寄せるアルフレッドの姿は愛しい姫を守る[[rb:騎士 > ナイト]]のようだった。

「……婚約破棄についてお父様とお母様にお話はしたのかしら」

「まだだ。私の両親やお前の両親に話は通していない。一応お前からの了承を得てからの方が話はつけやすいだろう?」

「そう。それはよかった」

 アルフレッドの傲慢な態度にもイルザはいつも通りにこやかに微笑む。婚約破棄を言い渡されている状況にも関わらず柔和な雰囲気を纏うイルザにアルフレッドは困惑していた。多少は怒るか嫌ですと涙の一つも見せると思っていたからだ。

「それなら──容赦なく消せる」

「え? きゃっ!?」

 イルザがアルフレッドに隠れるようにくっついていたアイシャを優雅に近づく。その華奢な体からは想像もつかないほど強い力で引き剥がしたかと思うと──。

 隠し持っていた剣を目にも留まらぬ速さで振りアイシャの首を跳ね落とした。

「は…………?」

 赤いカーペットに鮮血が装飾されアイシャだった者の首がゴトンとゴム毬のように跳ねる。現実離れした惨劇にアルフレッドは気の抜けた声を出すことしか出来なかった。

「ああ、ドレスが汚れてしまったわ。せっかく貴方好みのドレスを仕立てたのに」

「え……あ……うわぁー!!!!!!!」

 黒曜石のごとく艷やかな黒髪に映える純白のドレスと白い肌が血に染まりなおこちらに微笑みかけてくる黒髪の女の姿。
 
 そしてさきほどまで自分のそばで寄り添っていた女が、首のない屍に成り果てた姿。事態を把握したアルフレッドは張り裂けんばかりの悲鳴を上げるが腰が抜けてへたり込むばかりで逃げることが出来なかった。

「それにしても……しぶとい虫だったわね。『今までの虫』は何度か牽制したら離れていったのに」

 汚らしいものを拭うように血に濡れた剣を丹念に拭うイルザはやはり普段通りでそれがアルフレッドには恐ろしくてたまらなかった。

『今までの虫』。それはアルフレッドの女遊びの事を仄めかしている。

 アルフレッドは金髪碧眼に美麗な顔という恵まれた容姿と表向きは優しい立ち振舞いからかなりモテていた。
 
 最初は婚約者がいるからと弁えていたアルフレッドであったが女に囲まれても多少の嫉妬もせずに喜怒哀楽の『喜』しかないような穏やかなイルザに人形のように思えて薄気味が悪いと感じるようになってしまったのだ。

 その不満と当て付けからかいつしかアルフレッドはイルザに距離を置き笑ったり泣いたり怒ったりしてくれる感情の起伏のある他の女と過ごすようになっていた。

 余所の女を連れ歩いていてもイルザは決して怒らなかった。悲しみもしなかった。ただ自分に向かって微笑むだけ。

 自分のする事に何も感じていないのではないかと虚しさを感じながらも気に入った女を見つけて戯れた。しかしその女達は何かと理由をつけて怯えるように離れていく。

 婚約者がいる身であるし自分の家のものが圧力を掛けたのかもしれないと深く考えず新しい女を見つけるのがいつものパターンだった。その裏で遊び相手の女達を牽制していたのが自分の家の者ではなくイルザだった。そんな素振りは欠片も無かったというのに。

「……は……?」

「貴族ではなく庶民だったからかしら。孤児だし失うものは何もないものね。人が穏便に済まそうと貴方から離れろと言ってもまるで聞きやしなかった。仕方ないから嘘と本当を織り交ぜた悪評をばら撒いたり虫やゴミを使った嫌がらせをしても逆に盛り上がっちゃって。「わたしとあの人は運命の赤い糸で結ばれているんです!」ですって。馬鹿な女。せっかく庶民でも学園に通えるくらい頭が良かったのに宝の持ち腐れだわ。やはり道理が分からない女は駄目よ。運命の赤い糸で結ばれているのは私達なのに」

「なにを、いって」

 アルフレッドは正直イルザがアイシャに嫌がらせをしているのだという発言を全く信じてはいなかった。

 自分の婚約者であるイルザを貶めたかったか。それとも庶民故に貴族相手に無礼をしてしまいイルザが窘めたのを曲解して虐められているのだと勘違いをしているか。もしくはイルザの友人がイルザの事を思いアイシャに嫌がらせやいじめをしているのだろうと思っていた。

 嘘でも別に良かったのだ。アイシャの訴えを利用して婚約を破棄しアイシャと結ばれようと打算的に考えていた。アルフレッドはイルザが自分を拒絶しない事を分かっていたし自分が強引にでも命じれば婚約破棄を応じるものだと傲慢にも信じて疑わなかった。

 その結果が、この惨劇であった。

「まさか……アイシャ以外も手を掛けて……」

「あら。そんなわけないじゃない。『今までの虫』は少し脅してやれば逃げたもの。今回はしぶとい上に図々しかったものだから。駄目じゃない。遊ぶにしても避妊しなきゃ」

「ひ、避妊……?」

「あら。聞いてなかったの? 三日前にね、いつものように彼から離れなさいと警告したら言われたの。『わたし一ヶ月前に今日は大丈夫な日だからって言って彼に抱かれました、月のものも来てないしわたしのお腹には彼との赤ちゃんがいるんです! 彼が愛しているのも、結ばれるのもわたしです』って。まだ病院で検査してないって言ってたから早急に手を打たないとって思ってたけど向こうから来てくれて助かったわ」

「アイシャに私との子どもが…………?」

「さあ? ただの妄想……もしくは嘘かもしれないわ。月のものが遅れることなんてよくあることだし……まあ本当にいたかもしれないけどそんなのもう分からない。だってもう死んでいるんですもの」

 もしかしたら自分の子どもを身籠っていたかもしれないアイシャを見下ろしながらなんてことのないようにクスクスと笑いながら話すイルザ。その普段と変わらない態度にアルフレッドは歯をカチカチと鳴らしながら震えた。イルザが携えている血を拭われ煌めく刃に自分の顔が映る。それは見たことがないほど無様なものであった。

「私も……殺すのか……?」

「ふふふ。そんな訳ないじゃない。どうしてわたくしが貴方を殺さなくてはならないの?」

「私はっ、お前を何度も裏切ったじゃないかっ!!」

「……女遊びの事? いいのよ。どんなに行儀が悪くても、女にだらしなくても、どんなに汚れても最終的にわたくしが隣にいればいいの。ああ、でも勘違いしないでね? 許すのは学生のうちだけよ? 結婚したら許さないわ。愛人も駄目。私だけを愛してね」

「……っ……誰がお前のような冷血な化け物を愛するものか! 庶民でこちら側に非があるとはいえお前は私情で殺害した! この事がバレたらお前は破滅だ!」

「ふふ、アルフレッドったら可愛いことを言うのね。遊んでばかりでろくに貴族の役目を果たさず家にもわたくしにも反抗しかしない貴方の言葉と表向きは真面目で優しくて品行方正なわたくしの言葉。どちらを信じると思う? お義父様とお義母様でさえ全面的にわたくしを信じるのではなくて?」

「それ、は……」

「お気に入りの女が突然死んで八つ当たりのようにわたくしを貶めようとする下劣で最低な男としか思われないわ。貴方だって今日までわたくしがこんな事をする女だとは思っていなかったでしょう?」

「………」

 癇癪を起こす子どもを窘める母親のような優しい声色で紡がれるのは地獄そのもの。確かに息をするように女と遊んでばかりいたアルフレッドの評判はよくない。それに引き換えイルザは優秀な生徒であった。生徒会長に選ばれるほどの知性と人望を持ち合わせておりアルフレッドの両親との仲も良好で実の息子であるアルフレッド以上に溺愛されている。

 そんなイルザと自分の言葉。周囲は、そして世間はどちらを信じるだろうか。アルフレッドは今まで遊び呆けていたツケを思い知り絶望した。

「これ、片付けておいて。どうするかは前に教えたわよね?」

「はい。流行り病で容態が急変し亡くなられ、感染を防ぐため遺体を焼いたと学園と孤児院の方に後で説明しておきます」

「お願いね」

 アイシャが見知らぬ連中に物のように運ばれていく様をアルフレッドは呆然と見つめていた。止めようにも下手に動けば自分も首を跳ねられるのではないか。昨日まで下に見ていた女が別の悍ましいナニカに思えた。

(アイシャ……すまない……)

 闇に葬られた女を想いアルフレッドは涙を流す。イルザの家に乗り込むぞと言った時アイシャは頷きながらも震えていた。そんなアイシャに何があっても私が守ると宣言しておきながら何も出来ないどころか……

 ──幼い頃から共にいた女の狂気に気付けなかった。

 アイシャの命は恐ろしい魔物に一瞬で刈り取られてしまった。

「小さな頃言ってくれたわよね。親同士で決められたものだけどわたくしを幸せな花嫁にするって。今でも覚えているわ。わたくしの笑顔が好きって言ってくれた事も。だからわたくし努力したのよ。常に笑顔でいるように努めたわ。お料理も勉学も習い事だって完璧にこなせるようになったのよ。……学園に入ってから少し距離が出来てしまったけどそれは照れ隠しなんでしょう? 男の人って周囲の目とかそういうの気にするものね。いいのよ。少し寂しかったけれど会えない時間が愛を育むものだもの。貴方は他の虫とも愛を育んでいたようだけど貴方は魅力的な花。虫が寄ってくるのは仕方のないこと。仕方のないことだけど……花粉を求めてくる虫は別よ」

 甘ったるい声で矢継ぎ早に語られる言葉の羅列達。だがその裏に潜む激情をアルフレッドは知ってしまった。

「アルフレッド。今回の事は別に貴方の前でしなくてもよかった。本当はこんな見苦しい姿見せたくなかったし貴方には表向きのわたくしだけを知っていてほしかった。それでも目の前でしたのは警告よ。学生のうちは多少のヤンチャは許すわ。でもちゃんと『けじめ』はして。次誰かを孕ませた可能性がほんの少しでもあったらわたくし悲しくて…………」

 ザスッ!!

 呆けて開いた足の間に勢いよく剣が突き刺さる。明確に股間を狙うような動きに息が止まる。少しでも気を抜くと恐怖で失禁してしまいそうだった。

「また、殺してしまうかも」

「……もう、にどとしない……………」

「そう? ならいいんだけど……信じるからね?」

 心を圧し折られたアルフレッドの、力のない言葉に気を良くしたのかイルザはふわりと優しく微笑む。だがその瞳は欠片も笑ってはいなかった。妖しい光を宿した眼差しはアルフレッドの全身を、魂さえも強張らせる。

「婚約破棄? そんなの絶対に認めません。貴方はわたくしと永遠の愛を紡ぐのよ。絶対に……!!」

 爛々と光る黒耀石の瞳には狂気と決意。そしてアルフレッドに対する溢れんばかりの愛が宿っている。その眼差しが恐ろしくて俯くとキュポンと蓋を開ける音が聞こえ顔を上げる。すると唇に冷たい[[rb:熱 > あい]]が伝わる。

 イルザから贈られた二人にとって初めての口づけは震え上がるほど恐ろしかった。そのまま唇を重ね合わせたまま口移しで甘い液体を飲まされる。

「何を、飲ませた……?」

「ふふふ。大丈夫。ただ眠くなるだけよ。この長期休暇の間誰の邪魔もされない場所でじっくり愛を育みましょう……?」

 わたくしには唇すら重ねなかったのに他の女には沢山注いだものがあるでしょう? わたくしにもそれを頂戴?と強請る彼女の表情はまるで欲しいものをおねだりする無邪気な子どものようだ。もっともイルザが欲したものは子どもの基であり生々しい欲望そのものであったが。

「お義父様とお義母様にはわたくしの方から言っておくから心配しなくてもいいわ。それと……わたくしはあの阿婆擦れの虫と違ってちゃあんと対策するから安心なさって? 貴方との子どもは今すぐにでも欲しいけどまずは地盤を固めないとね」

「……」

 まだ何も宿っていない腹をさすりながら微笑むイルザにアルフレッドは何か言おうと思考する。しかしどんな言葉もこの女には届かないのではないか、何を言っても無駄ではないのかと思った瞬間、走馬燈のような記憶が蘇ってくる。

『親同士の約束なんて関係ない。君を一番幸せな花嫁にするよ。それが僕の役目だ』

『……うん!!』

 遠い彼方の記憶。アルフレッドの中で薄ぼけて忘れていた思い出が浮かんできた。あの頃はただ将来花嫁になるであろう気になる女の子の前でカッコつけたいだけだった。だがその気になる女の子に好きだと言った『笑顔』以外の表情が消え失せた。笑顔だけの彼女が怖くなって身も心も離れていった。

 何度も踏みとどまれたはずだった。

 子どものうちから笑顔だけでは怖いよと素直に打ち明ければよかったかもしれない。そうすればきっと彼女はそ、そう?確かに極端だったかもしれないわ、ごめんなさいと改めてくれただろう。

 そもそも婚約者がいるのに浮気をしなければ。イルザといる時間を増やしていたら彼女が笑うだけの人形ではないと誤解が解けていたかもしれない。

 何度もチャンスも与えられていたのにそれを無視して享楽に耽り挙句の果てに他の女を愛し添い遂げるために婚約を破棄すると昔の誓いを踏みにじった。超えてはいけない一線を超えたが故に彼女も人としての一線を超えたのではないか。

 この恐ろしい魔物を目覚めさせてしまったのは自分のせいだとアルフレッドは心の底から悔いる。もう手遅れだと理解した上で。

 アルフレッドは後悔に苛まれながら──意識を手放した。





 そこから先に起きたアルフレッドにとっての地獄を経て二人は学園一のカップルとして名を馳せた。以前のように女遊びをすることなく真面目に働くようになった彼に両親も周囲の人間もようやく落ち着いてくれたかと安堵していた。

 だが。以前の彼を知る者達は同時にこうも思った。まるで別人のような変わりようだ、一体何があったのだろうと。

 イルザの傍らに佇むアルフレッドは以前のアルフレッドではなく。笑顔を浮かべるイルザと対照的に笑みの消えた、人形の様な男になっていたのだった──。
 

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