物書きとマジシャン#10
「よお、すまんがイリスを交換してくれないか。」
朝早く、ほうき片手にあくびをしていると不意に声がかかった。
少々お待ちください。
裏に師匠を呼びに行くと、緩くなったテントの結び目を直している最中だ。
「お客か?」
はい。イリスを交換してほしいそうです。
「どれ。」
「おお、あんたかい。
ここで三本の指に入る腕のいい両替商というのは。」
「いやいやそんな。
お客さん、どなたかのご紹介で?」
「ああ、行商人のラナフさんって知ってるかい?
あの人がイリスに来たら、よく果物を買うんだよ。」
「ラナフの紹介でしたか。
メイサの銀貨をお望みで?」
「ああ、イリスの銀貨20枚と銅貨48枚あるんだが、全部頼めるかい?」
「少しお待ちを。」
そう言うと師匠が裏に向かった。
「お前さんは息子さんかい?」
「いいえ、弟子です。」
「そうかい、朝早くから偉いねえ。」
「ありがとうございます。
師匠より早く来てないと怒られちゃいますから。」
…ちょっと余計な冗談だったかな。
まあ、しっかりと師匠の耳に入ったらしく。
「俺はそんなの怒った覚えないがなあ。」
「あ、、いえ、僕の心構えです。」
「ははは、いいお弟子さんじゃないか。
賢そうで羨ましいよ。」
「恐れ入ります。」
師匠がそう言いながら秤を持ってきた。
「ええと、お持ちの分だとメイサの銀貨18枚と銅貨46枚ですがよろしいですか?」
「手数料はここから引くのかい?」
「いえ、込みで構いません。」
「思っていたよりは多い気がするが、いいのかい?」
「ラナフの名前を出されたんじゃあ、仕方ありません。
知人取り引きにさせてもらいますよ。」
「ありがとう。」
銀貨と銅貨を受け取るとがっちり握手を交わした。
お客さんが街中へと入っていくのを目で追うと、師匠がぽつりと言う。
「ラナフめ、一体どんな言い方で触れ回ってるんだか。」
師匠、今の両替で儲けはあるんですか?
「そうだな、銀貨1枚の儲けになるな。」
地道ですね。
「まあな。
ああいうお客さんは、ほかのお客さんを呼んでくれるから、あまりヘタな取引はしない方が良い。」
少しイリスより少なめに渡していましたが、根拠があるんですか?
「そうだな、イリスと大して含有量は変わっていないんだ。
もともと、同じ鋳造所で作っていた歴史もあるからな。」
違うとすれば、
「この前話しただろう?ここメイサの貨幣は新たに作れないから、あるとすれば減っていくしかない。つまり、一枚当たりの価値はよほどのことが無い限りは上がるだけなんだ。」
よほどのこととはどんなことだろう。
「それは、メイサの街自体の存在が危うくなった時だろうな。」
ああ、そればかりは避けてもらいたいですね。
「まあ、その時はその時だな。」
また一段と冷え込んできたようだ。
冬が一歩一歩近づいてくるのを感じる。
※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。
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