あり得ない日常#43
おじいさんはあの日、散歩に出かけたまま帰ってこなかった。
友達の家だろうと思われていたが、そのまま泊ってくることなどそれまでなかったため、由美さんは心配をしていたという。
友達とされる人物宅は連絡先がわからなかったために、夜が明けて警察に相談をしようと思っていたところ、高台の霊園から連絡があった。
その霊園とは、由美さんの母である真実さんが眠っている場所である。
少し歩くが、かつての都心が見渡せる高台で、石のお墓ではなくそれぞれ個人の好きな木々の下に遺骨や遺灰を埋葬できるようになっていて、今では主流。
一見すると、まるで霊園というよりは眼下の景色を見渡せる展望自然公園のようになっており、実際に公園のように気軽に出入りできる。
管理人さんが巡回していたところ、紅葉の木にもたれかかり、静かに眠っている人を発見した。
声を掛けたが反応が無かったため救急に連絡、持ち物は携帯端末だけで、病院は家族からの連絡を待っている状態だったという。
管理人さんが紅葉の木の下で眠っている故人を手掛かりに、由美さんに連絡をしてくれたのだった。
由美さんが駆け付けたところで死亡が確認された。
由美さんが知らせてくれたのはその後だった。
しばらくして、おじいさんは静かに自宅へと帰ってきた。
警察を経ていたこともあって、少し名の通っていたおじいさんの話を聞きつけて、かつての部下の方たちも訪れる。
一緒にいてくれないかと由美さんから頼まれるまでもなく、お世話になっていたこともあり、家族のような気持ちでいるのでしばらく由美さんと共に過ごすことにしていた。
おじいさんはまるで夢を見ているような、とても穏やかな表情だ。
遺品の中にしっかりとジャケットを着た証明写真とともに「由美へ」と書かれた手紙があったのを一緒に見つけた。
きっと、これまでの散歩の過程で準備したであろう一番のお気に入りの写真だったのかもしれない。
あまり、自分の姿を写真にすることを好まなかったおじいさんは、携帯端末で撮影することすら嫌がる人だった。
なので、あまりおじいさんの写真は残ってはいないのだが、引き出しの中にあった手帳には、由美さんのお母さんである真実さんとずいぶん若い時に撮ったであろう写真が数枚挟まっていた。
それは見事な紅葉を背景にした二人の写真だった。
由美さんは知らないと言うので、生まれる前の写真だろう。
どこか慣れない、照れくさそうな由美さんのお父さんと、どこか吹っ切れたような笑顔のお母さん、この時間だけは本当に二人だけの時間だったんだなと伝わってくるようである。
もしかしたら、こんな照れくさそうな顔で写っている写真たちを遺影にしてほしくなかったので、わざわざ証明写真で撮影したのかもしれない。
由美さんは、お母さんがこんなに若い頃の写真は初めて見るようで、なぜ今まで見せてくれなかったのか少し涙ながら不満そうだった。
家族は由美さんしかいない。
おじいさんが土に還る日、真実さんがこの火葬場に勤めていたという。
元部下の方の一人もよくこの場を訪れていたと話をしてくれたことから始まったのだ。
「それまで結婚なんて様子はなかったんですが、こちらで奥様と知り合ってから、明るくなったんですよ。」
それに対して由美さんも、
「落ち込んでるようなときに母に声をかけてもらったと聞いてます。それがきっかけだったとか。」
お父さんの仕事の内容は聞いてましたよね、と軽く確認をされながら当たり障りのないように「精神的にきつい仕事だった」と、話をしていた。
この風景と匂いはあの時と全く変わっていない。
まるでここだけ取り残されたようにそのままだ。
我々の話し声を除けば、風になびく木々の葉がざわめくだけ。
おじいさんは、奥さんの真実さんの隣、紅葉の木の下で眠りにつく。
由美さんが会ったことの無いお姉さんも、真実さんの隣に眠っている。
もしかしたら、おじいさんは散歩で会いに来つつ、同じところで自分も良いか相談をしに来ていたのかもしれない。
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