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あり得ない日常#19
地面に一直線に吸い込まれるよう
一瞬のはずなのにどうして
その恐怖にハッと目を覚ます。
いつもの自室。
天井。
窓のカーテンからははっきりと力強い光が漏れ出ている。
気づけば汗びっしょりになっていた。
これは風邪の熱のせいではないだろう。
なぜ、あんな小さな子があんな思いをしなければならないのだろう。
汗だけじゃない。
涙が止まらない。
なんでわたしはこんなに泣いているんだろう。
ただ眠っていただけなのにという不思議な感覚半分、幸せだったはずの時空から、突如として突きつけられる悲しい末路を辿った少女と共にした感覚の落差に身体が追いつかない。
しかも、こんなにもはっきりと覚えている。
熱はすっかり下がったようだ。でも、長い事眠っていたこともあって、この宙に浮いた感覚が気持ち悪い。
まず、濡れてしまったパジャマをどうにかしたい。ベッドも少し湿っていてまた横になるのはかなりしんどい。
かといって、起きていられるかというと、そうでもない。
少し時間が必要かもしれない。
軽く水を飲んで、椅子にしがみついたものの冷えてきそうだ。
平衡感覚がまだおかしいものの、水を飲んで少しマシにはなったので、着替えるついでにシャワーを浴びてみることにした。
昨日の明け方にセットしておいた洗濯物は、すでに乾燥まで終え、洗濯乾燥機の中で冷たくなっている。
今着ているパジャマは裏起毛のついた薄ピンク地に、白い太線で描かれた手のひらくらいの大きさのくまさんが斜めに並ぶ、上下のセットだ。
とてもお気に入りだが、汗を吸ったためにずっしり重い。
しかたない、薄青色のくまさんパジャマの出番だ。
ベッドはすでに掛布団をはぐっている。
あとは温風サーキュレーターに頑張ってもらうしかない。
わたしがシャワーから出てくるまでにどのくらい乾燥してくれるかに、その後の身の置き所がかかっている。
無茶を言ってくれるなと聞こえてきそうだが、そこをなんとか。
上はインナーも着ていたが、汗が搾れるくらいだ。まるでウエットスーツを脱ぐように、身に着けているものを脱いでいく。
パジャマとインナーを脱ぐとスーッと身体が外気を浴びて心地よかったが、少しずつ寒くなってくる。
下着も上下着けて寝るので、当然じっくりと汗を吸っている。もしかして、衣類にわたしの身体の水分をほとんど持って行かれたのでは。
数日ぶりにブラのホックを外そうとするが、後ろに手がなかなか回らない。身体が固くなっている。続けるとどちらか、下手をしたら両方の肩を痛めてしまいそうだったので、やむなくホックを前に回して外すことにした。
小さな頃から、あまりにも変な夢ばかり見る。
睡眠時間が他人よりも長い上に、一人暮らしが長くなるにつれ、寝ている間に二度と起きることが無くなったらどうしようと不安になってからは、恥ずかしくないように下着まできちんとして寝るようにしているのだ。
内容の真偽はともかく大半の人が知らない、もしくは信じない世界が真の姿だとすれば、見えないあらゆるものの中で我々は生きていることになる。
ならばせめて、恥ずかしくないようにしたい。
洗濯乾燥機のスイッチを入れる。
お気に入りの洗剤と柔軟剤を入れている。
さあ、数日ぶりのシャワーを浴びよう。
まだふらふらするが、なんだかベタベタする身体をまずなんとかしたい。
あの子はなぜ、ああまでしてお風呂に入らなかったのか。
母親もお風呂にどうして娘と一緒に入らなかったのか。
なぜ、あの親子はああまでに会話がなかったのか。
おばあちゃんは、なぜ最低限の関わり方しかしてくれなかったのか。
ひとつの命が目前で散ったという衝撃がどうしてもフラッシュバックして脳裏によぎる。なぜ、どうしてがとまらない。
わたしがこうして思いを巡らせたところでどうしようもないのに。
今のわたしが生きる現代では、学校というものはもはや存在していない。
国が直接管理下に置く教務センターで管理されている。
さらに、日本国籍を持っていれば大人であれ子供であれ、個人名義の口座に毎月決められた生活費を振り込んでくれる。
親子ひとつ屋根の下で時間を過ごすのがほぼ一般的だと思うが、不幸にしてそうならないケースだってないわけじゃ無い。
子供が一人暮らしをしたい、そう望めばできない事は無い社会になった。
後は各々、教務センターの学習室や学習棟へ、昔の学校のように通うもよし、家で黙々と勉強するもよしだ。
お隣のゆみさんのように、弓道を極める人だっている。
サークルに参加することもできるからだ。
もしかしたら、あの子のような数々の命の犠牲があって、今のような社会に改められたのかとはっと気づく。
あの子は最後に鳥のように羽ばたいたが、いじめの対象としてしつこく付きまとわれて、追い込まれて、冬の海や川で裸で泳がされて亡くなった子もいたらしい。
なぜ子供とは言え、そんな残酷になれるのだろうか。
なぜ、当時の社会は個人に対し集団に属することを強要したのだろうか。
強要は過ぎた誤解であったとしても、当たり前や常識を前提とした同調圧力の中では同じことだ。
そんな無言の圧力で、自分の人生をゆがめられたら、奪われたら、そりゃ呪いや祟りの類の話も絶えないだろう。
一人娘を犯されたと思ったなら、怒り狂い我を忘れれば、火だってつける父親も万人に一人はいてもおかしくはない。
そうは言ってもというのであれば、これまで犠牲になった数々の御霊の前でそれこそ、弱かったお前が悪いとそう言ってみればいい。
間違っていないならそうできるはずだろう。
シャワーを浴びながら、あのどうしても頭から離れない一連の光景が、目からあふれ出すものと共に流れていくのだった。
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この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。
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