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あり得ない日常#52

 「あの人は何なんですかね。」

 あの人とはと尋ねると、どうやらあの先輩の事らしい。
温厚な、ひと回りは年上の藤沢さんが少しイラつきを見せる。

 珍しいな。

 あの日、わたしは由美さんにお呼ばれしていたので、さっさと帰ったが、あの後にどうやら何かあったようだ。

 なんとなく、そうなるんじゃないかという気はしていた。
ああ、ようやくわかってくれる人が身近に現れてくれたか。

 井上さんに言わせると、別に悪気があるわけ無いんじゃないなんて簡単に言うもんだから、あてにならない。


 立場の強い人間にはめっぽう弱い。
それが先輩のような、ああいう人間の特徴なのかもしれない。

 その替わり、自分より立場が下だと見る相手には、やたら遠慮が無い。

 何を言われたのか教えてくれないが、あの調子からして『アドバイス』を、それはもう気持ち良くしゃべり散らかしでもしたのだろう。

 さっさと帰ってよかった。


 社長から何かを始めていいと言われていたので、あれから何かを作ると言ってもねえと、二人して考えている。

 思いつかないならちゃんとした周囲の人に、それとなく個人的な相談のようにして聞いて回ればいいのではという話になったのだ。

 よくよく考えてみると、本当に何かするのなら人を集めないといけない。

 藤沢さんは新人だし、わたしも限られた人たちしか知らない。

 ちょうど、社長も人員整理を考えているとあの時の話がそうだった。
ただ社長も、全員を知っているわけではないのだ。

 あの先輩を入れたのは井上さんなのがいい例だろうな。


 わたしは、もしかしたら藤沢さんが本気を出せば、何かを作り上げるかもしれないと思っている。

 藤沢さんは、わたしは拠点を任されているんだから、少なくとも彼よりは偉いじゃないですかなんて言ってくれる。

 何かの肩書なんかないし、マネジメント側でも何でもないんですけどねと言いながら一応、素直にありがとうございますと、何かを認めてくれていることにお礼を伝えておく。

 もし、かつて下に見ていた人間が経営陣や上役にでもなったら、あの先輩は一体どんな顔をするのだろうか。


 マネジメント関連の資格を持つ人を外部から管理職として受け入れるのが今は一般的になっているが、必ずしも資格を持っている必要は無い。

 会社とそんな契約を結べばよく、何か法的な制限があるわけでもない。

 ただ、長年勤務してきた人間が序列だけで管理職に就くと、必ずしも能力があるわけではない上に、管理職と現場職はそもそも全く違うもので、事情に詳しいかそうでないかだけの違いに過ぎない。

 閉鎖的な空間での出世争いは、自分の味方、好き嫌いで後任を選ぶ傾向がどうしても強くなるため、言い方は悪いが時間と共に組織は劣化し、最後には腐っていく。

 自分よりも優秀な人物を立てると逆に自分の居場所が無くなるかもしれないと恐れるような人物が、たとえ小さな会社であっても権力を握ると、組織はそういう道をたどっていく。

 想像すれば簡単だろう。

 かつての政治の世界だけに存在するわけではない、いわゆる派閥が誕生し、脈々と受け継がれていくのだ。


 つまり、経営者側としては、自分のお金でその会社が構成されている状態であるほど、そうした残念な結果になることを恐れる。

 外部から、ちゃんとした人で利害関係が無く、しかも現場の状況を自分で調べ上げて結果を残せるような人物を、各社が取り合うようになった。

 そんな需要は、何か仕事を探している人たちにとってチャンスと受け止められ、ただの労働者よりも管理職としてやっていきたい、自分に向いていると思う人たちが集まるようになったのだ。

 失敗しても、生活費に困るわけでは無いので何とかなる。


 藤沢さんは管理職で成果を出さなければならないような、マネジメントの世界に自分は向いていないと言っていた。

 わたしだってそうだし、出来ればあのこじんまりした拠点で、一人淡々と気の赴くままに作業していたいけどなあ。

 

 この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

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