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あり得ない日常#26

 わたしにだって嫌いな、
いや、苦手な人間の一人や二人いる。

 男性社員で管理されている拠点が他にいくつかあるのだが、そこを担当している人たちの中に苦手な人物がいるのだ。

 一応数か月とはいえ、先輩だしなあ。

 少し規模が大きいところだと、十数名で担当する拠点もある。新人の頃は、そこで仕事を覚えた。

 その先輩もまだ一人前というわけではなかったので、わたしが追い付く形で一緒に担当することになったのだった。

 電子の世界にもともと興味があったわたしは、技術を手にしたくて工学の道を選んだ。

 日本の国民であれば、毎月国がお金を振り込んでくれるので、それを使い切らないようにして残りを可能な限りアプリで有価証券に替えてきたのだ。

 それが思いのほか功を奏して、最低限でも知識と技術を得ることが出来たのだ。端末だって必要だし、材料を買うにもお金が必要だ。

 毎回自分で組み立てた方が早いか、既製品を買った方が良いのかで悩む。

 と、つい話が逸れそうになったが、その先輩は、多少端末が扱えるくらいの知識で入ってきたメンバーだ。

 当然、わたしは前提知識がある分、覚えるのが早くなる。

 後から入ってきたのに、ある日、同じ担当を任されたことが気に入らなかったのかと当初は思っていたが、どうやら違ったらしい。

 平たく言うと好意を寄せられていたようだ。少なくとも今も個人的な連絡先を聞かれるくらいだからそうだろう。

 一応、井上さんには相談してあるが、そもそもその先輩を採用したのはこの井上さんだから、社長に直接言った方がいいのかもしれない。

 数か月とは言え先輩だからと思っていると、後輩だから飲みに付き合えとかよくわからない理由で誘われるわけだ。

 2人でなんて行くわけがない。

 今後も付き合いがあるわけだから、その辺のことを考えるとあまり邪険にしたくはないのだが。

 基本的に私の方が技術があるのは当たり前なので、先輩よりも作業が多くなるのは仕方がない。

 黙っていればいいのに、「困った時はお互いさま」だとかなんとか言うのがまた腹が立つのだ。

 それは助けるほうが言う言葉であって、助けられる人が気を遣わないでいいように使う言葉でもある。

 そして、先輩だから尊重しろだとか頭は大丈夫だろうかと思う。

 使う人間によって、こうも聞こえ方が変わる言葉もめずらしい。かつて独裁者が西洋諸国に対して発したメッセージでも使われたらしい。

 言葉自体に悪気はない。
ただ、使う人間に問題がある。

 尊重される側が尊重しろと主張するのはおこがましい。

 例えば、「困った時はお互いさま」と助けられる人間がさも当然のようにあなたに吐いてきたとしたら、あなたはどう思うだろうか。

 二度と助けるものかと思うだろう。

 先の独裁者もそうだ。

 自分は他者の命や生活を蹂躙じゅうりんしておいて、いざ立場が危うくなると尊重しろなどと平気で言う。

 一体どの口が言うか。

 もうそれは命乞いに等しい。

 この現代において、憲法も制定当時とさほど変わってはいない。

 相当の柔軟性があったからだ。

 人権を保障しつつ、公共の福祉の前では個人の権利を制限する。
だが、それは最大限の尊重を必要とすると条件つけた。

 これは国民の名で発効した憲法だからこそ意味を持つ。

 主権者自らの名で制定した憲法で、国家元首と政府、そして主権者自らを制限する条項を定めたわけだ。

 そしてそれを、不断の努力で保持していく。

 これは、間違いを犯した国民は社会から排除し、同じ国民の手で裁くことを意味している。

 もし本当に神がいたとしても、あの世では知らないが、少なくともこの世で裁いてなんかくれない。

 では、誰が裁く?

 同じ国民の誰かが裁くことになる。
死刑にさえ処すこともある。

 人権の保障?尊重?
もはやそれは無だ。

 それだけ社会に対して重大なことをやらかしたことを意味する。

 尊重はまるで変数だ。例えば法の下の尊重を、あえて数学的な表現をするとこうなるだろう。

法の下の"尊重"

 ついでに、人間関係でいう尊重を、あえて同様に表現するとこうだろう。

個人的な感情における尊重

 まさに玉虫色だが、いずれも落ちたとして最低限の尊重は残る。

 残りはするが、無関心の"いてもいなくても同じ"人間になる。

 別に悪いと言っているわけではなく、そんな言葉も無いと不便で、使う側に問題があると言っているのである。


 そんな基本的なことにすら考えも及ばない人間が軽々しく口にしないで欲しいとは思うが、そんな程度だから軽々しく口にするのだろう。

 少なくとも、"サブイボ"がたつくらいには気持ちが悪い。

 気持ちが悪いが、真に受けなければカラスがゴミを漁る事と大して変わらないので、むしろそのくらいは、かわいいものなのかもしれない。

 最近ではそう思えてきて、何やら人としてレベルが上がった気がする。

 嫌なものは嫌だが。


 結果として、一応先輩にあたるのであまり下手なことは言えないし、適当に流すようにしている。

 個人的な連絡先を聞かれるが、これも適当に流すようにしている。

 各拠点で部品や備品、機械の融通をすることもあって、連絡はチャットで行われることが基本だ。

 各拠点単位でチャットグループがあり、その上に会社全体のチャットグループがあったりと組まれているが、その中で連絡を取ったりする。

 例えば、この拠点で言えば井上さんとわたしだけといった具合だ。
そういえば、新人さんを追加しないといけない。

 さすがに、会社全体のグループで個人的な誘いをされることはないが、先輩と同じグループに入らないようにしたいものだ。

 この先また関わることがあると思うと憂鬱だが、しかたがないか。


 どれだけ嫌いなのだろうかと自分でも思う。
一度、嫌いになるとそうなるものか。

 社長が新しい事業を考えているようなので、上手くそちらに入り込む方法もあるかもしれない。

 この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

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