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物書きとマジシャン#18

🔽前回まで


「師匠..、師匠、そろそろ起きてください。」

 うーん、師匠はやめてってば。

「もう、さすがにこれ以上は夜になってしまいます。」

 家庭の寝床ほど居心地の良いものはない。

 宿の寝床もいいが、やはり数多の人が使うだけあってかどうも寝付けないわ、あまりいい夢を見ないわで睡眠不足になってしまう。

 その点、子供の頃から通い詰めたこの場所は、数少ない良質な睡眠をとるのにふさわしい場所なのだ。

…だからもうちょっと。

「なにが、だからなのかわかりませんが、起きてください。」

 くぅー厳しいやつめ。


 はっと目を覚ますと、自宅ではない天井とお部屋に、そうだったと寝るまでの記憶を取り戻す。

 …アレク、今何時?

「そろそろ巳の刻ですね。」

 ええ?

「クレアさんが、さすがにあきれています。」

 あの、ナザックさんは?

「もう、ひと仕事済んで休憩してますよ。」

 しまった。


 バタバタと身なりと装備を整えて、使った寝床やその周りを整える。アレンも「まったく」とあきれながらも手伝ってくれるところが優しい。

 さすが師匠の息子さんだけある。

「師匠、買い付けた果物の荷車はすでに出しました。あとは支払いを済ませてください。」

 あ…ありがとう。ひょっとしてじゃあもう..。

「我々が出発するだけです。」

 なんという手際の良さだろう。
こんなに仕事ができるとは、姉として私は嬉しいよ。

「師匠に鍛えられましたね。」

 その皮肉もやはり、師匠の血統を感じる。
師匠はやめて、姉さんでしょ

「僕にとっては師匠です。」

 くぅー強情なやつめ。

 感情に任せてアレクの頭をわしわしとすると「わああやめてくださいー」なんて声をあげるからまだまだかわいい。

「もう、早く来てくださいね。」

 わかったすぐ行く。

 さて、こんなことをしている場合じゃないと、きゅっと胸まわりの布をきつく巻きなおして着替える。

 これで商人メルの出来上がりである。

 またここで寝ることが出来るのは来年だろうか、と名残惜しい気持ちになったところで、そんな風に思っていたら逆に二度と来ることが出来なくなるかもしれない縁起でもないと、後ろ向きな気持ちを振り払う。

 寝る前に書き上げた証書にサインをして、部屋を出よう。

 あとは、奥さんのクレアさんにお世話になった宿代として銀貨20枚を包んでおくことにする。

 陽が高くなってきた、これはいけない。
メイサ入りが日没を超えてしまう。

 もう少し師匠のようにしっかりしたいという気持ちは大いにあるが、アレクが言うように、もうしようがないかもしれない。

 生意気なやつめ、と思い返すたびに何か言い返してやりたいと思うが、全くその通りだから仕方がない。

 さあ、ナザックさんにこれを渡して出発しよう。

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。

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