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あり得ない日常#27

 格好悪いなあ。

 自分が理解できないのを棚に上げて、素面しらふで管を巻くやつ

 もっともらしいことを言って、根拠を聞くと逃げるやつ

 ああもう、ほんとうに気持ち悪い ――


 今日は私たちの歓迎会だ。
近くの拠点の人達が集まって開いてくれた。

 後から社長も来るらしい。

 日本はお酒も種類も豊富で、料理も生ものから焼き物まで様々、冬にはここに鍋も並ぶから、体重がとても気になる。

 井上さんはもっと食べなーなんて言ってくれるが、もともとがそんな量をこなせるわけではないので、目の前の数々の料理の中からどう食べていくかを慎重に選ばないと悔いが残ってしまう。


 「ねえ、ここに来るまで何やってたの?」
周りの人が声をかけてくれる。

 ひとり暮らししながら、授業動画を観る毎日とネットで部品を注文しては何かを組み立てる毎日。

 女のやる事では無いかもしれない。
ひとり暮らしは伏せたものの、そんな風に答える。

 繁華街の居酒屋さんのお座敷にざっと30人くらい。

 思ったより人が多いな。

 質素な事務所で社長と井上さんの面接を経てここに座っているわけだが、さすがは時代の波に乗れた企業という訳か。

 最低給付保障制度ベーシックインカムでのんびり過ごすのもいいかなと思ったんですけど、せっかくだからとどこか良いところ無いかなって思って辿り着きましたと話をまとめる。

 「そっかー、10万じゃあやっぱりちょっと厳しいもんねえ」

 日本国籍があれば無条件に支給されるものの、家賃や公共料金を賄ったうえで生活をするとなると質素にならざるを得ない。

 都内だとそもそも足りない。

 この制度に切り替えられて、経済力が無い人は固定費が安い地方にへ蜘蛛の子を散らすように軒並み移動したという。

 病気をした時のことも考えると、多少の医療保険にも加入しておいた方がいいだろう。若いうちは掛け金も安い。

 ただ、毎月決まった金額が無条件に振り込まれるという安心感はすごい。


 まだ貧しかった農業の時代とは違い、先祖が残した家や田畑なんか持たない家族が子供をたくさん作ってしまうと、家の働き手というよりは、ただコストがかかってしまうだけの存在だと少子化に悩まされた時代があった。

 しかし、それでも子だくさんの家は無かったわけじゃ無い。

 過去の社会保障制度から改められると、生活保護制度の審査や管理、ケースワーカーの存在、年金組織や健康保険組織も一切必要が無くなったため、その分の人件費や運営費が一気に新たな財源として使えるようになったのだ。

 結果、子だくさんのただただ貧乏だった家は、急に羽振りが良くなった。

 当然である。

 夫婦と子供5人の7人家族なら、なんと月70万円が国から振り込まれる。

 その代わり、高額で特別な医療や教育は自費となるために、計画が必要になるから、そう簡単に贅沢はできないだろう。

 国も家庭も、当然だと思っていた悩みの種がごっそり消えたわけだ。

 それでもなお、こうして会社の飲み会に参加している面々は、自分の人生の時間を精一杯楽しもうとしている人たちだろう。

 お金の悩みからある意味で、解放された社会になったのかもしれない。


 うまくなじめると良いけどな。
そう思っていた矢先、わたしよりも数か月だけ先に入ってきた横に座る先輩がどうも苦手だ。

 この人はわたしが勉強してきたことを知らないで入社したらしい。

 昔ほど給料に依存した世界ではないから、それをいいことに会社は労働力を従業員に要求することは無くなった。

 理由は簡単で明快。
いつでも辞めることができるからだ。
ベーシックインカムもあるから気軽なものである。

 結果として、ハラスメントや労働環境や雇用問題に政府もリソースを割く必要が無くなったのだった。

 問題があるとすれば、働かない人が出てくることかもしれないが、暇を嫌う人はこうして適宜働くわけだし、よほどの人間嫌いでなければ引きこもることも無いだろう。

 第一、国内に住む限りは、支給したお金だって生活費や家賃になるわけであって、結果として誰かの所得につながるわけだ。

 何の問題があるのか、むしろ並べて欲しいまである。


 それをよくわかっていないのか、横の先輩が自分も新人のクセに「やっぱり人間は働かないとダメっしょ」みたいな軽ーい感じで言うのが鼻につくのだ。

 ダメって何がダメなんだろうかと聞いてみると、
「そりゃあ・・・、役に立つというか?生きている意味って言うか?」


 ちょっと間があったな。

 確かに間違ったことは言っていないが、だからと言って、皆そうしろ、そうあるべきという前提のもとにオレ、スゴイは間違っている。

 「どう?オレの考え方。かっこよくない?やっぱ男はこうじゃなくちゃ!」

 ポテンシャルだのクリエイティブだの、どこかで覚えた言葉を立て板に水で並び立てる隣人に、乾杯の時だけ飲んだアルコールのせいではない気持ち悪さに身体が震えていた。

 最初会った時に感じた違和感は間違っていなかったらしい。

 井上さんの視線を遠くから感じる。
何でニヤニヤしてるんだろう。


 いや、絶対に無いから!井上さん!

 なんでこんな人とペア組まなきゃいけないのか。


 この歓迎会という名の飲み会は、あまり居心地が良くないちょっとしたトラウマになったのは、もうわざわざ言うまでもないだろう。


 この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

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