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あり得ない日常#33

 彼らを逮捕したと警察から連絡が入った。
無力な女性を犯す卑劣な行為が許されないのはいつどんな時代でも同じ。

 警察には、良いと言うまで会社関係者と接触をしないようにと言われた。


 社長は悪くない。
でも、そんな環境を放置した責任が問われている。

 自宅でシャワーを浴びながら、やりきれない思い。


 ネットニュースでも報じられているようだ。

 確か社長は上場に取り組んでいると言っていた。
そんなときに。

 もし、わたしがあそこに行かなかったなら。

 いや、それはまた誰かが傷つくことになっていたはずだ。
わたしだってあの時、傘が無ければこの身はわからなかった。


 あのまま本当にそういう目に遭っていたら?
今のままの自分なら生き続ける自信はないな。

 長い髪を乾かしつつ、あの時のことを思い返せば、改めて気持ち悪い人間の巣窟だったなと身震いする。

 会社の指示や命令だから唯々諾々いいだくだくと、何も考えずに行動するのは間違いなく辞めた方が良いだろう。

 そういう意味では、妊娠しない男性の方が向いている。


 給料に依存するしかない社会に生きていたらなら、
どうしただろうか。

 生活を人質に取られて、逆らえない事を計算済みで、ああやる輩がいるとも限らない。

 ああもう、男とはそんなのばっかりなのか。

 寝ている間に見た誰かの現実だってそうだった。
こんなことになってしか思い出せなかったとは。


 外に出て気分を変えたいが、とてもそんな気分じゃないという自分もどこかにいて、もやもやする。

 携帯端末けいたいの画面も見たくないなあ。

 お隣りのゆみさん・・・・は今いるかなあ。
誰かに話を聞いてもらえばいいかもしれない。

 一旦、いるかどうかだけチャットできいてみよう。
出かけていて留守にしている可能性の方が高いさ。

 おじいさんもおそらく一緒だし、そんな中にいきなり訪ねて、こんな話はさすがにしにくいよなあ。

 ニュースで報じられている被害者の一人がわたしだという切り出しから始めないといけない話なんてさ。


 うーん。
誰かに相談したい。
家族なんかいないから。

 ふと社長の自宅にお邪魔した時の空気を思い出して、いいなあという声が漏れる。

 5歳という事はそろそろお勉強を始めているだろう。
ひらがなかな、算数かな。

 社長の事だから、息子さんの給付金は全部それぞれ積み立ててるだろうなあ。そういう思いで会社を始めようとしたのかもしれない。

 そんな会社の中に、寄生虫のように巣くっていたあいつらがだんだん許せなくなってきた。

 人間とはこうも個体によって極端な差があるものなのか。

 刑事さんから、彼らの処罰をどのくらい望みますかと聞かれている。
これに返事をしないといけない。

 わたしに対しては未遂だったとはいえ、すでに被害者になった方も解っているだけで3人はいるらしい。

 これはネットのニュースでも明らかにされている事だ。

 事の重大さがわかるだろう。

 わたしにしようとしていたことを考えると、絶対に許せない。
そう文字にして返信しておいた。


 男性は本能なのだろうか。
およそそのことに関しては理性が無い気がする。

 社長も男性だが、とてもそんな風には見えない。

 人としての格の違いなのか。

 ゆみさんならフリーライターだから、きっとこのもやもやに応えられるなにかを持ち合わせているかもしれない。


 ああ、でも最初におバカって怒られそうだなあ。

 なぜかって?
何の疑問も持たずに一人で行ったからだ。

 冷静に考えれば、そういう目にわざわざ遭いに行ったようなように思えなくもない。

 いやいやいや、そこは会社が配慮を。
そこまで考えたところで疑問が浮かぶ。

 社長がわたしを行かせたわけじゃなさそうだった。
だって、一言目は「よくひとりで行ったね」だったからだ。

 じゃあ一体誰が。

 よほど配慮に欠ける人か、新人か。

 社長は全部をできないと言っていたのでそのあたりだろう。

 あの証拠動画によると、会社はいいホテルを取ってくれていたらしい。

 くー、なんてことをしてくれる。
え、じゃあわたしが入ったあのホテルで、もしかしたらあの部屋で何人もの女性が傷をつけられたという事か。

 想像すると、急に背筋がゾッとなった。
いままでの何の罪もない人たちの無念があそこに。

 居心地が悪いと思ったのは、もしかしてそう言う事かと、全身が脱力していく。なんと恐ろしい。


 クッションに頭を突っ込んでいると、ゆみさんから返信が来たようだ。

「めずらしいね。
いま家にいるよ。来る?」

 行きたい
 おじいさんは元気?と尋ねてみる。

「元気に散歩してるよ。
友達の家だから、夕方じゃないかなあ。」


 毎日散歩をしていると、友達ができるのか。

 奥さんを亡くして以来、家の中にいるのが寂しいのか、気持ちはわからないが、そう思えるくらいに、おじいさんは散歩が好きなのだ。

 おじいさんは孫のようにわたしを気遣ってくれるから好きだ。

 そういえばおじいさんも元警察官だったな。
だったら、一緒に話を聞いてくれるのもいいかもしれない。

 湯冷めしないように少し着込んで、ゆみさんに会いに行こう。

 この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

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