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あり得ない日常#32

 女性の刑事さんに問われる。
「以上の内容で間違いないですか。」

 わたしは、たしかに会社の業務としてあの古い拠点へひとりで赴いた。
数か月という予定で。

 しかし、まるで子供のような言いがかりからちょっとした騒ぎになり、社長には後の事は気にしなくていいと言われて、すっかり片がついたと思っていたところだった。

 目の前に供述調書がまとめてあるが、記憶のとおりで間違いない。

 ただ、それは全体の一部だ。


 生まれて初めて警察署の取調室にいる。まるでドラマのワンシーンのようだが、紛れもなく現実だ。

 まさか自分が、そんな部屋に入るとは思ってもみなかったので、ついキョロキョロしてしまう。

 薄暗い6畳ほどの部屋。

 片隅にある事務テーブル。

 そして、机を挟んで向かい合う二脚のパイプ椅子。

 やや小さめの窓には鉄格子まである。

 はあと思わずため息がこぼれる。
白熱電球のデスクライトは残念ながらなかった。


「今まで、来たことないですよね。」

 刑事さんにふと尋ねられて我を思い出し、無いですとやや興奮気味に答えると、ちょっと恥ずかしくなって、あっと声が出てしまった。

 くすくすと刑事さんに笑われてしまった。
今、わたしの顔はさぞ赤くなっているだろう。

 恥ついでに聞いてみるか。
あの、と切り出すと。

「出ませんよ、カツ丼。
あれはドラマの演出ですから、よく聞かれます。」

 出ないのかあ。

 ちょっとがっかりしているところも見抜かれているらしく、また笑われてしまった。

 刑事さん、おそるべし。


可愛かわいらしいですね。
気をつけないとだめですよ。」

 ちょっとした観光気分と、こう言われてしまってはさすがのわたしも、そんなそんななんて言いながら、上機嫌になったのもつかの間、この後見せられた映像と音声に背筋が凍りついた。


『へえ、ずいぶん若いんですね』
『なんでも拠点持ちになるそうですよ』
『そんなベテランに見えないけどなあ』
『ありました、まだ1年経ってないですね』
『んなバカなわけあるか』
『いや、ほんとですって』
『・・生意気だなあ。』

『内報にも動画ありますよ』
『へえ、かわいいじゃん』
『あれ?お前もしかしてタイプ?』
『いや、タイプも何も結構かわいいでしょ』
『所長も好きでしょ、こういうー』

『あんまり大きな声出すなよ、拾われてるかもしれんぞ』
『あれマイクついてんすか?』
『念のためだ念のためー』

『数か月、結構いるみたいですね』
『マジかよ、やべえドキドキしてきた』
『どうっすか、最初弱み握っちゃえば』
『いいねいいね』
『思いっきりやっちゃえば、誰にも言えなくなりますよ』
『かわいそうに』
『心から思ってないっしょ』
『ぎゃはははわかる?』

『ホテル市内の良いやつですね』
『あーそこだとカメラすごいから変更しといて、いつものとこ』
『そうこなくっちゃあ』

『なあんでうちに来るんですかね』
『知らん』
『ひとりで来るんすか?』
『部屋ひとりしか予約取られてなかったからそうだろ』
『マジかよ』
『ナイトくんついてきたらどうしますー?』
『バカ、そんときゃできるわけねえだろ』

『あー、一人でこいよー頼むから』

『おーいそろそろじゃないかー』
『きたきた、雨やんでるから顔バッチリ』
『所長ー』

『オレもう年だからさー、
おまえらわかってんだろうなー』
『わかってますって、お願いします』
『じゃ、ちょっとお迎えに上がってくるわ』


 あの、これって?と刑事さんに尋ねる。

「あーわかんないですよね。
こいつらレイプ犯なんですよ。」

 いや、ずいぶん昔に飛んだ時、大学生の彼の子を。
わたしはそういえば。

 混乱してきた。

「落ち着いて、深呼吸してね。」
女性の刑事さんが背中をさすってくれる。


 出してくれたお茶をゆっくり飲んだところで、落ち着く。
どういうことか教えてもらってもいいですか?と尋ねる。


 刑事さんが教えてくれた。

 あれから取締役と引き継ぎチームがあのビルに入り、あらゆるものを調べたそうだ。

 過去にも女性が数名訪れたことがあったが、ほどなくして一身上の都合で皆、辞めていた。

 手続きや書類上になんら不自然な点は無く、監視カメラの映像からも特に不審な点は見られなかったため、注目されることは無かったそうだ。

 しかし、今回は違った。

 あの時、傘を持っていて本当に良かったと思った。

 そこから芋づる式に解析を進めると、隠語こそ使ってはいない、だがそういう計画、目的の会話だったという前提に立てば、自ずとすべてが明らかになった。

 今、過去の記録から警察がそれぞれ被害者に事情を聴いている。

「映像の会話だけでは、うーん、わからないでしょうね。」

「なんちゅうやつらだ。」

「おたくの会社が血相変えて持ちこんだんですよ。
防げなかったとは完全には言い切れませんが、言葉が出ませんな。」


 映像の会話が文字起こしされ、
供述調書として今わたしの目の前にある。

 わたしはペンを取り、サインをした。

 この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

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