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あり得ない日常#46

 現代では入社式といったものを開催するところも少ない。いかにも日本らしい風習だが、年齢層も様々、新卒という概念もいわゆる総合単位管理制度の成立でもはや存在していない。

 死語である。

 教育は先に話したように、高校教育課程まで学力認定試験をそれぞれ受験すれば、たとえ13歳でも高校卒業認定を取ることだって可能だ。

 その後は引き続き大学課程を同様の方式で勉強することができる。

 優秀で明らかに専門性の知識とセンスと持ち合わせている人物は、研究機関に招待学生として迎えられる。この場合は博士課程まで本人次第だが突き進むことも可能だ。

 この場合は学生でもあるが、同時に職員としての肩書を持つために、費用どころか給与が支払われるケースもある。

 国がもつあらゆる基礎研究はこうして行う事で整理されている。

 ほかにも芸術性に関することは、さまざまな先人が創設した財団や学校法人が存在し、自費が必要にはなるがそこに進むことも可能だ。

 いずれにしても、何歳だからどこの何年生と導き出せる時代はすでにはるか昔の事に感じられるくらいには、しっくりきている。

 自費で海外の大学に留学することも、人によっては信じられない年齢でこなす人だって出てくるだろう。

 とはいえ、そんな卓越した人物だけがほとんどであるはずがなく、高校教育程度をようやくなんとか修了する人だっているわけだ。

 別に年齢制限があるわけではない。20歳を過ぎて30歳近くになり、子供を育てながらも修了する人だっているのだから気にしなくていい。

 家族が出来たのなら、最低給付保障制度もそれなりに大きな金額になっているはずなので、育児は大変かもしれないが、資金的にはより心配することなく学習することができるはずである。

 なんなら、子供と一緒に学習を進める時間を作るなんていう考え方だってできる。

 学ぶことを、働くためだと必ずしも位置づける社会ではなくなったところが現代の大きな特徴だろう。


 現在の制度にギリギリ間に合わなかった新人の藤沢さんが、学校を卒業してから、学生ローンの返済と、生活するために自分が携わりたかった電子工学・ネットワーク分野よりも、より稼げる運送業を選択したのもその時代に存在した選択肢で人生を選択した結果だ。

 それから、ドローンによる小荷物の各戸配送が標準化され、人手による運送は大きな荷物や引っ越しに業務が縮小された。

 ドローンでは運べないからだ。

 その分、携わるにはより体力が必要になり、危険も増す。
収入も増えるかもしれないが、若い人材も国内外問わず業界に入ってくる中、藤沢さんは静かに自分の立場を彼らに譲ったのだ。

 最近の地域の話によると、より強烈になる台風災害に備えて、もうちょっと奥の高台の広い土地を開発して、コンクリートで固めたまるで要塞都市のような集合住宅を建設することを計画しているらしい。

 人々が一軒家に住むような時代はそろそろ終わりを告げる可能性が高い。

 条件の良いところは分譲区画、そのほかは賃貸区画という計画が進められているが、またいろいろな意見や批判などを取り入れて、話し合いが進むにつれて形を変えていくだろう。

 空から見ると、らせん状に地面深く続くような住居要塞のようなものになるのではないだろうか。

 日当たりや衛生面が心配だし、他の街への連絡手段も駅などを作るのだろうが果たしてどうなるのか気になるところだ。


 ドアのハンドルを握るとピッと電子音が鳴る。
そのタイミングでガチャっと軽く引くと、明らかに重そうな金属製のドアだが、そうとは思えない力加減で開いた。

 指紋認証式なので登録してあると開錠され、開く仕組みだ。

 おはようございますといつものように、中の様子を窺うかがいつつ挨拶の言葉をかける。

「あ、おはようー。」

 奥の窓の光を遮るように壁際からひょこっと顔を出して、井上さんが挨拶を返してくれた。

 その隣で、新人の藤沢さんが「おはようございます」と挨拶を返してくれる。今日からここで仕事を覚えることになった。

 あの先輩がいる拠点でわたしも入社当時やったように、研修をやらないのだろうかと思ったが、そろそろあの設備も古く、こちらの設備のようにそのうち置き換わるから、であればもうこちらで覚えてもらった方が良いという判断だそうだ。

 個人的には、設備ではなくあの先輩と一度関わってもらいたいものだが。

 男性と二人きりとなると、あの事件を思い出さざるを得ないが、今回は井上さんも最近のマシンに疎くなってしまったこともあって、一緒に見たいしわかることは藤沢さんに教えたいという話だった。

 そうであれば、わたしの役目もそんなに重くなさそうだし、以前より難しくは無くなっているので短期間で済みそうである。


 どうせなら、わたしが動画を観て作ったような突貫工事の産物も見てもらって、ちゃんとした既製品を導入してもらわないと、下手したら今度はうちが火元になるかもしれないという事をわかってもらう事にしよう。

 

 この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

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