第一次美術部邪神戦争

夏休みが終わった。
中学校生活最後の夏休みが。
終わりを告げた。
「終わんねえよおおおおぉぉぉぉ…」
「終わんねえなあああああああ」
二学期始業式の日。終礼を終えて美術室でおにぎりを片手にキャンバスに向かう女子生徒が1人と、隣に置いてあるイーゼルにそもそもキャンバスを立てかけてすらおらず、バナナを丸々一本黙々と食べる女子生徒が1人。
2人とも、正真正銘この田染中学校3年の美術部員である。
2学期半ばに行われる文化祭に向けて、誰よりも早く美術室へ向かい、誰よりも熱心に作品に取り組んでいるかっこいい先輩。
「…になるはずだったのになあ…。」
「お前はマジでキャンバス出してきてからそれ言えよ」
筆は握りつつも集中をおにぎりに持っていかれ、且つ綺麗とは言えない言葉遣いで毒を吐く彼女、雲山 花観(くもやま はなみ)のキャンバスにはまだ下塗りの淡い色しか乗っておらず、彼女は夏休みに下塗りを終わらせてからずっとその状態で作業がストップしていた。
「ふぁはっはー、ふぁふふぁふ」
「は?なんて?てか、ホントお前飲み込んでから喋れってマジで」
「ひょっほらへーっほ、あーふぁははんふぁい」
バナナを頬張りながらキャンバスを用意する彼女、志和池 悠菜(しわち はるな)のキャンバスは、ところどころ「本気出してます!」と言いたげにしっかりと塗ってあるが、それ以外のところは全くと言っていいほど手がつけられていない。
「あんね、最初は『わかったー、出す出す』って言って、次が『よっこらせーっと、あーバナナうまい』。」
「いや知るかって。」
「バナナの皮廊下に置いたら誰か転ぶかな」
「すぐ話変わるなお前。けどそれはあたしも見たいわ。」
「え、じゃあ置いてこよっかな」
この通り、この2人は今日も駄弁って過ごすつもりであろう。
残りの部員がきても恐らく流れは変わらない。
2人とも、そう思っていた。

「こんちゃー」
「よーっす」
「メイが3番目かー」
やる気がなさそう、気だるげ、そして無表情な挨拶で扉を開けたのは、田染中学校美術部の部長、田渕 芽依(たぶち めい)である。
「あーもうやだ、私何もやりたくない。」
「いきなりどうしたよ」
「ガチャでドブった。」
「あー…」
芽依の画力ははっきり言って他の3年の部員よりも高い。
しかし、そんな彼女も彼女でキャンバスはまだまだ白いままなのである。
3人は徐々にゲームの話で盛り上がる。ダメ部員である。
「…お前ら早くね?」
3人が咄嗟に振り返った。扉の付近に立っていたのは、美術部3年で唯一の男子、室井 久幸(むろい ひさゆき)。
「貴様…!いつからそこに…!?」
「貴様じゃねえよ、なんだよそのノリ。普通にさっき入ってきたんだけど」
「全然気づかなかった」
「影薄いなー」
「うるっせえ、てか早くやれよ。早く来てもいっつも喋ってるだけじゃねえか」
3人が一瞬口をつぐみ、顔を見合わせ、そして
「てか課金もほどほどにしときなよー?」
「そればっかりはやめられないねー」
会話に戻った。
「無視してんじゃねえよ!!」
「え、ちょ、室井うっさ、更年期?」
「違え!って、中窪いつの間に」
「今来た。」
「…へえ。」
そう言って彼女、中窪 由姫(なかくぼ ゆき)はさらっと3人の会話の輪に入って行く。
才色兼備な彼女だが、彼女もまたいわゆる『ダメ部員』である。
「聞いて、今日またあの[自主規制]がさあ、授業中飴食べてたわけよ。ちょっともうあいつは[自主規制]がいいと思うんだけど」
「ゆっきー言い過ぎ言い過ぎ」
この通り、花観の口の悪さとはまた別のベクトルで口の悪い女子生徒であり、そして部活サボり常習犯である。彼女キャンバスの進度も芽衣とほぼ同じく、ほとんど白いままである。

「………」
他にも部員はたくさんいるのだが、この5人以外はそんなに問題がないのだ。
「…おっわんね…」
彼は、悩んでいた。
あの4人が楽しそうに談笑している中、彼も先程の花観のようにおにぎりを左手、筆を右手に携えながら悩んでいた。
それでも、筆は進まなかった。
先週も、先々週もそうだった。

やがて、部員がだんだん集まり、正規の部活開始時刻になった。
今日もだらだらと描くのか描かないのかわからないような時間を過ごすと思っていた。
しかし。

バァンッ!!!

その場にいた全員が反射で扉の方向に首を回した。
扉が勢いよく開いた音だと気付いて、一旦ため息をつく。
しかし、未だに皆息をひそめていた。
扉の前には、黒づくめの服の見知らぬ男性が1人、立っていた。
「じゃ、皆さんちゅうもーく」
男性は教育番組のお兄さんのように呼びかけると、黒板の前へつかつかと歩いて行き、そして大きく何かを黒板に書き始めた。
美術室中からひそひそ声が聞こえる。
「え、何、あの人…」
「すっっっごい怪しいわ」
「ちょっと待って言わないで、なんか見たことある」
「マジで、え、誰?」
「てかあの人顔良くね?」
「いや由姫、あの人が殺人犯とかだったらどうするよ」
「え、そんときゃ殺すわ。」
「やだゆっきー物騒―」
そう話しているうちに、男性は文字を書き終え、教卓を挟んで部員たちと向かい合っていた。
「えー、産休の九条先生の代わりに非常勤講師として来た天邪鬼 神(あまのじゃく じん)です!よろしくお願いします!」
しばらく、しん…とした静寂、そしてまばらに聞こえる拍手。
「すげえわ。けっこうお名前が特殊でいらっしゃるわ。」
「天邪鬼とか言う苗字って実在するんだ、すご…」
「てか九条先生産休入ったんだ、知らなかった」
「え、始業式で言ってたよ。今思い出したけどそんときこの人一緒に紹介されてた。」
「マジか〜〜〜聞いてねえわ〜〜〜」
「一瞬『普段はめちゃめちゃ愛想良いけど怒ったらクソ怖いマフィア』だと思った」
「わかる〜〜〜」
その教師、天邪鬼はにこりと笑って、「じゃあ、自己紹介始めますねー」と、嬉々として語り始めた。

「じゃあ、最後に…」
「えー先生もう終わりですかー」
「彼女いるかだけでも聞かせてくださいよー」
「いやいや、みんな早く作品取りかからなくちゃいけないでしょ?」
天邪鬼がそう諭すと、生徒たちは「えーーー?」と一斉に声を上げた。何せ彼の話はこの年代の子どもたちには相当受けのいい話題ばかりだったのだ。
「とりあえず、あとひとつ、普通にみんなに聞きたいことがあってさ。」
と、部屋の窓の上の方を指す。そこにはエアコンがあるだけである。
「エアコン、つけないの?みんな暑くない?ダメっぽかったら言わなきゃ駄目だよー」
生徒たちがなんだそんなことか、と視線を戻した。その時だった。
物音とともに、小さく数人の悲鳴が上がった。
「せ、先生っ!」
「先生こっちも!倒れて…!」
「…!わかった。待ってて、担架持って来るよ。」
「なんでこんな急にみんな…!」
「言われて気づいた、みたいなところもあるんじゃないかな、多分。とりあえず倒れてるのは5人で大丈夫?他の先生も呼んでこよう」
部屋中が騒然とする。天邪鬼とそれに続いて生徒が何人か部屋を出て行った。
残された生徒は倒れた5人のためにクーラーをつけ、床に寝かせる。
その倒れた生徒というのは…

「はいはい、起きた起きたー」
身体が揺さぶられる。芽衣はゆっくりと目を開ける。
「どこ…?」
「保健室…じゃないの…?」
横から花観と思しき声が聞こえる。
「なんで保健室のベッドで寝てんのウチら…」
更に由姫の声。ようやく意識がはっきりとしてきた芽衣はベッドを囲むカーテン越しにその名を呼んだ。
「ゆっきー…?」
「あたしも居るー」
再び花観の声が聞こえた。
「ん…?あれ、どこだここ…」
少し遠くから未だ声変わり途中の声が聞こえる。
「室井?」
芽衣が尋ねた。
「え、おう…、え、何、保健室…?」
「だなー」
「あ、今カーテン捲って見たんだけど、ウチの隣シュワチ寝てるわ。」
「え、まだ寝てるの」
「そりゃあもうぐっすり。」
「は?え、志和池が何?」
「室井うるせえ」
由姫は悠菜をしばらく見ていたが、飽きたのかカーテンを閉めた。
それとほぼ同時に、
「うへああああああああ!?!?」
情けない声が一番右端のベッドから聞こえてきた。
由姫がもう一度カーテンを捲る。
「シュワチさん、おはようございます」
「…え、おはよう、…え???」
「シュワチ起きたー?」
「え、起きたけど、え!?誰、わたしくすぐったの!?」
「え???」
4人の頭の上に疑問符が浮かんだ。
「いや、なーんか揺さぶられて、若干起きかかってたところでさ!?脇!くすぐられた!!!」
そして、疑問符は浮かべたまま、今度は顔が青ざめてゆく。
「え、してない、よな…?」
「てかカーテンあるからできても隣の人だけじゃない?」
「いや隣でも無理!届かない!」
「そうだ、あたしも揺さぶられて起きた…」
「声、なんか聞こえたよね?」
「え、やだ怖い怖い怖い怖い!!!」
「嘘、誰、え、何…!?」
各々ベッドの上で怯え始めたその瞬間。
ベッドを囲むカーテンが一斉に全開した。それも、ひとりでに。
「!?!?」
「そう怯えないで、落ち着いて、ほら、深呼吸。」
5人の視界には、あの男が映っていた。
「天邪鬼…せんせ、い…」
「あーほらほら志和池さんそんなに怯えないで…」
「さっき脇くすぐったの先生ですか…」
「そっちか〜〜〜いや、そうなんだけど」
「セクハラだ〜〜〜〜〜教育委員会に訴えてやる〜〜〜〜〜〜」
「それは待ってほしいなー…、ちょっと別の用事があるから…、ほら、君たちなんで気を失ったか覚えてる?」
「え、………あ!!!」
ようやくそこで彼女たちは思い出した。

生物としてあり得ないであろう造形。禍々しく、名前すらつけ難い色。無数に生えた触手。一言で言い表すと、『気持ち悪い』。
もう見たくはないし、見たくなかった。そんな、生物にあるまじき生物…
「…に、視線戻した時にセクハラ先生が変身しててそれで…」
「セクハラは忘れてくれると嬉しいな…?」
「超常的な力使ってやったんだ〜〜〜セクハラ〜〜〜」
「いや、何一つ間違ってないけどさ?君がなかなか起きないから仕方なくやったんだからね…?」
「じゃあ先生無罪だな」
「え〜〜〜」
「いや、お前ら本題忘れてねえか!?!?」
咄嗟に久幸が突っ込んだ。
「…折角現実逃避してたのに…」
「あれを忘れようと思ってたのに…l
「え、なんかごめん」
天邪鬼は、一通り生徒たちの会話が収まったと見て、話を進めた。
「さっきの用事っていうのなんだけど、最初から説明すると、まずあれが僕の正体、なんだよね。」
保健室が静まり返った。外の蝉の鳴き声だけが耳をかすめる。
「それでなんだけど…」
「え!?補足説明なしですか!?」
「あった方が良かった?」
「ないと困ります!」
天邪鬼は「困ったなあ」と頭を掻いて、続けた。
「ナイアーラトテップ、ってわかるかな?なんかこの世代の人たちは意外と知ってる人多いって聞いたんだけど。」
「ナイアー、ラ…?」
久幸が首を傾げて他4人の方を見やった。
するとどうだろう。
「ニャル様じゃん…」
「え、ウチ発狂してない!?」
「え、実在したの…?」
「死ぬやつじゃん嘘だあたしまだ死にたくないって…!」
各々尋常じゃないほどに怯えて、そしてよくわからない用語をぽんぽんと出してきて話している。
「え…?」
「あー、室井君、だっけ。君は知らないんだね。」
「あ、はい。」
全く何のことか分かっていない久幸に向かって、由姫がぼそぼそと呟いた。
「クトゥルフ神話でググれ…、正気度が持ってかれるぞ…」
「は?」
「とにかくね、僕はその神話に出てくる邪神、ナイアーラトテップってわけだよ。」
「邪神…!?」
久幸がようやく目を見開いて後ずさった。
周りはやっとか、という目線を送りつつ、天邪鬼に警戒していた。
天邪鬼はそんな生徒たちに少し困った顔を浮かべ、久幸の次の反応を待っていた。
「…あ、これ、もしかしてドッキリとかだったりしねえか!?な!?」
「いやあたしらも普通に被害者だし。」
「そうそう被害者被害者。」
悠菜が天邪鬼を睨んでぶっきらぼうに言った。
「くすぐったのは本当に悪かったって…」
「しかもドッキリだとしたらさっきのホラー案件どう説明するの、って話になるし」
「まあそれも、そう、だな…」
久幸が天邪鬼を一瞥すると、天邪鬼はにたりとその大きな口の端を上げた。
そう言えば保健室にもかかわらず、保健室の先生の姿がない。
野球部やサッカー部が外で活動しているはずなのに、その声も、走る音も、聞こえない。
蝉の鳴き声が大きくなった気がした。
「で、なんでウチらだけ気失ってんの、これ。ウチらしかあの姿見てないってこと?」
「中窪さん、頭いいね!そういうことだよ!」
天邪鬼はニコニコしながら細長い身体を折り曲げて拍手した。
由姫は天邪鬼に感じる気持ち悪さを顔に出さずにはいられなかった。
「は?なんで?」
「…選ばれし勇者的な。」
「シュワチは黙ってて」
「ウッス…」
「まあ、君たちが選ばれたことに変わりはないんだけどね?」
天邪鬼は先程から笑みを固めたまま、うんうんと頷いている。
「君たちは選ばれたんだよ、『努力すべき者』として。」
「努力って…部活において…?」
「そう、そしてなんでも願いを叶える権利を得たって訳さ!」
「…は?」
5人がぽかんとする。
「…なんかもうやだ、馬鹿馬鹿しくなってきた」
「メイ?」
芽衣がベッドから起き上がって、天邪鬼の目の前までやって来た。
「あの、先生、私、今あなたの言葉を信じる気にもなれないし、信じない気にもなれないです。」
「うん」
「まあ、信じざるを得ない状況だってのはわかってます。」
「うん」
「でも信じるには突飛すぎる、っていうか。だから、」
「うん」
「願いを叶えられるなら、叶えてください。条件があるなら、クリアします。それで信じるか信じないか決めます。」
芽衣が言い放った一言は、他の4人の共感を生んだ。そして、4人も天邪鬼を見つめた。
「…へえ、そっか、わかった。」
天邪鬼はさらに口角を上げると、保健室の先生の椅子に座り、脚を組んだ。
余裕そうな表情に少し腹が立つ。
その感情に気づかないようなそぶりで彼は話し始めた。
「じゃあ、君たちに願いを叶える条件を教えよう。まず、前提としてこの中で1人しか願いを叶えることはできないから、そこは注意してね。」
「…なんとなくわかってた」
「で、条件だけど、それは…

君たち5人の中で誰よりも素晴らしく、そして熱心に文化祭の作品を仕上げること。

…それが条件さ。」
「………え?」
先程から彼の発言に振り回されてばかりだ。
「あの、マジで疑問多すぎるんだけど」
「はは、ナイアーラトテップは気まぐれだからね!」
「ウチ知ってたけどここまで気まぐれだとは思ってなかった。」
「え、本当にそんなことでなんでも…?」
「なんでも叶えるよ?」
本当になんでもないかのように天邪鬼が答える。
その少年のような無邪気さにとうとう呆れてため息しか出なくなる。
「まあ、今日はいいけど、明日から頑張れ、ファイト!」
咳払いをしてそう言うと、天邪鬼は姿を消した。

否、5人は保健室のベッドの上で目を覚ました。
一斉に横のカーテンを開き、隣を見る。
ベッドに寝ている順番は先程と変わっていなかった。
カーテンの音を聞きつけて、保健室の先生が芽衣のベッドのカーテンを開く。
「何があったの?」
心配そうに見つめる彼女に、芽衣は一言「もう大丈夫です」と、言って起き上がろうとした。
「大丈夫、って、ここに来て5分も経ってないよ?安静にしたほうがいい。」
カーテンで死界になっていた場所から、黒い影が現れた。
天邪鬼だ。
天邪鬼はにこりと笑って「じゃあ、あとはお願いします」と言って保健室から去っていった。
金属バットがボールを打つ音が窓越しに聞こえた。

それからというもの、5人はそれまでより熱心に作品に取り組むようになった。
今日も美術室のベランダに出て、芽衣と悠菜が並んでキャンバスに向かっていた。
「未だに信じられないんだよね。願いを叶えるがどうとかなんとか。ほんとにゲームの世界に入り込んだみたい。わけわかんないよほんと。」
「わたしも。てか、願い事って言われたら、わたし邪神先生が解雇されますように、くらいしかないんだけど。なんか嫌な予感するし。」
「わかる。そもそもあれってそうやって人間振り回したりして死なせたり発狂させたりする邪神じゃん、ほんとやだもう」
「でもだからこそやるしかないかな、ってなるんだよねぇ…、やらなかったらやらなかったでなんかやばそう。」
「ほんと予備知識あってよかった」
そう愚痴りつつも、前とは違い筆は進んでいた。
未だ暑い日が続くが、今日は風が涼しくベランダに出て風景画を描く生徒にとってちょうど良いくらいの気候だった。
「おう、やってるじゃねえか」
後ろから不意に話しかけられた。2人が振り返ると、そこには窓から顔を出す久幸の姿があった。
「いや、やらざるを得ないし。てかどしたの、サボり?」
「休憩だ馬鹿。」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんです〜」
「うるせえ、ちょっと聞きたいことあるんだよ。お前らも休憩がてらこっち入れって。」
妙に真剣そうな口調に、2人は顔を見合わせると席を立った。

自画像や静物画を描く下級生のイーゼルと少し離れた窓際に久幸のイーゼルは立ててある。
キャンバスには連なるマンションや家々、それからその後ろにそびえる山。
彼の選んだ風景である。
「…これ。なんか違和感ねえか?」
「なんだ、そんなこと?てっきりナイアーラトテップの知識とか欲しくて聞きに来たのかと」
「それ帰り際に頼む、いまはこっちだ」
久幸は椅子に座ると、筆でキャンバスのある箇所を指した。
「山のここの感じが微妙に見えるからアドバイス欲しいんだよ。俺配色のセンスねえからさ」
「そだね」
「酷いな」
「でもいっつも線画綺麗だよね」
「急に手のひらを返すな。なんかやめろ。」
「とりあえずさ、ここベターっとしがちだからもうちょっと木が生えてるのを意識してさ…」
芽衣が久幸の隣で「あくまで私の意見だけど」と挟みながら意見を出す。そしてその傍から悠菜が皮肉を織り交ぜつつも良いところを褒め続けた。
「あれ、メイとシュワチ、サボり?」
そこへ廊下でキャンバスに向かっていた花観と由姫が戻ってきた。
「違うって、アドバイスしに来てんの。そう言うあなたたちはどうなんですか〜?」
「水筒持ってくの忘れてたから取りに来がてら休憩。多分今日は廊下組が一番キツイと思う。」
「あー、外涼しめだもんね、今日」
そんな会話を繰り広げつつ、花観と由姫もまじまじと久幸のキャンバスを見つめていた。
「室井」
花観はそう話しかけつつもキャンバスから目を動かすことはなかった。
「何」
「ここ、建物の色さ、もうちょっと派手めのにしてもいいと思うんだけど」
「…でも、本物も今の色くらいの色してると」
「あああああ、そういうことじゃなくってさあ!?」
花観が不服そうに声をあげた。その叫びを掬い上げるかのように、悠菜が手を挙げた。
「わかった、あのさ、絵なんだから写真にしなくっても良いわけじゃん」
「…は?」
「ウチも2人の言いたいことわかったんだけどさ、なんて言うか、やっぱシュワチはそういう絵描いてるだけあるっていうか」
由姫がため息混じりに言った。
久幸は未だに首を傾げている。
「わっかんないかあ、わたしのこの感性!おっくれてるう!」
「まあ、つまりはもっとシュワチみたいに大胆な描き方してもいいんじゃない、みたいな」
「あれっ、無視!?」
芽衣が助け船を出すと、久幸は納得の表情を浮かべて何度か頷くと、パレットに新しい色を出し始めた。
「あたしが言いたかったのそういうこと!大体合ってる!」
「間接的にわたし褒められた!?やったあ!!!」
「あんたは本気出したら大胆になりすぎなんだけど」
「そんなこと言うんならわたしのも見てよ〜」
わいわいと女子4人がベランダへと出て行った。
久幸はそれを見送って、再びキャンバスに向かった。

ベランダから花観と由姫が戻ってきた。
「まさかシュワチが指で直接描いてるとは思ってなかった。」
「うん、普通にあいつドジだからキャンバスとかパレットとかうっかり触ったとかで手汚れてたんだと思ってた。」
そう話しながら、2人は廊下に出ようとしていた。
「あのっ、雲山先輩、中窪先輩!」
振り返ると、自分たちを呼び止めた本人、一年生の後輩がもじもじとしながら立っていた。
「どしたの?」
「えっと、絵を、見て欲しくて…」
「ウチらに?」
「はいっ…!あの、さっき室井先輩と話してるの聞いちゃってて、それで、教えて欲しくて…」
彼女はこちらを見つめながら喋ると、またすぐに下を向いた。
2人は悟った。おそらく先程のやりとりを見て教えてもらいたいと思ったはいいが、サボりがちで、更には口が悪い2人である。話すのには相当ビビるだろう。
そこを勇気を振り絞って話しかけた後輩を無下にできるはずがなかった。
「OK、見せて見せて」
「めちゃくちゃ主観でよかったら全然アドバイスするから、遠慮なく言って」
「あ、ありがとうございます!」
廊下へ戻るにはもう少し時間がかかるようになってしまったものの、2人はどこか満足げだった。

体育祭も終わり、いよいよ文化祭までのカウントダウンが黒板にチョークで書かれるようになった。
この時期になると、美術部は部活延長期間に入り、遅くまで作業をするようになる。
文化祭の課題は、最低キャンバス1枚とパネル1枚とクロッキー1枚。
クロッキーは夏休みの間に全員仕上げられているので心配はないが、例年キャンバスとパネルはギリギリまで作業が続いていた。
しかし今年は、
「キャンバス、完成―!!!」
由姫が珍しく眩しい笑顔を振りまきながら飛び上がっていた。
「ゆっきー、本気出したら丁寧で早い仕事できるんだ…」
芽衣が横で呟いた。
2人の目の前には、サインまでしっかり入った《風景画》のキャンバスが2つ並んでいた。

これまで天邪鬼はあんなことを言っておきながらあまり部活に顔を出すことはなかった。たまに様子を見に来ては、傍で頷いて「願い事、考えときなよ?」と耳打ちするばかりだ。
「全然見にも来ないのに、誰が一番熱心だったとかわかんのかな」
今日は雨だ。花観と悠菜は美術室の机で並んでパネルの線画を描いていた。
「知らない。千里眼的なアレで見張ってんじゃない?」
やはり会話はしているものの2人の手が止まることはなかった。
「まあ、あの先生ならありそうだな。」
「あれっ、はなみんそんなに声低かったっけ」
「あたしじゃないんだけど」
「…俺だよ」
「あ、室井か」
顔も上げずに言い放つ2人に呆れながら、久幸はその背後で少し奇抜になったキャンバスにサインを入れていた。
「そう言えばさ、あたし室井の塗り方ちょっと参考にさせてもらったんだよな」
ふと思い出したかのように、花観が言った。
「そうなのか」
「うん、あたし、結構塗りがぼやーっとしてたからさ。」
「へえ」
「室井、塗分けしっかりしてるじゃん」
「…そうか」
そう言うと、久幸は席を立ってそのまま部屋を出た。
なんとなくその背を少し見て視線を戻すと、
「…絶対照れてたよね室井」
小声で悠菜は呟いた。
「あいつ、今までほんと影薄かったし。あんまアドバイスとか褒め言葉とかそういうの言われ慣れてないんだろ。あんたがいろいろ言ってた時もそんな感じだったでしょ」
まるで興味がないかのようにそっけなく花観が返す。隣を一瞬ちらっと見て、悠菜の顔はにやけた。
「…はなみんも照れてるよね。」
「……はあ…!?」
「はなみんがあんなデレることないもんね〜」
「いや、そういうんじゃないからマジで」
「あはは、そういうんじゃないのは分かってんだけどさ!なんて言うの?青春を謳歌してるな〜ってかーんじ」
「…なにそれ」
鼻で笑ってあしらう彼女のパネルの中でジャスミンの花に囲まれる少女は満面の笑みを浮かべている。

「なんかさ、ずっと作品やるときは真面目にやれ!無駄口叩くな!みたいなムードになってたじゃん。まあ、ウチら無駄口しかなかったけど。」
「そうだね」
完成したキャンバスを眺めながら由姫が言うと、芽衣は相変わらず少し暗い声で答えた。
まだ外は雨が降っている。下校する気も失せる、憂鬱な空。
その雨音は第2美術室にこだましていた。
「あんまし上下の繋がりなかったし、アドバイスも先生に頼りっきりだったし。」
「うん。」
「…ウチさ、なんか賑やかな方が好きなんだよね。」
「知ってる」
「だよね。でさ、最近ウチら同士でアドバイスとかするようになったじゃん。先生あんま来ないし。」
「うん」
「ウチらはまあ、あの先生のせいで真面目にやんなくちゃいけなくなってやったけどさ、それで周りも色々ちゃんと言うようになったし、後輩も色々聞いてくるようになったじゃん。」
「うん」
「なんか、ウチが小学生の時とかに思ってた『楽しい部活』ってかんじがしてすごいいいっていうか」
「うん」
「…さっきから『うん』しか言ってないし」
由姫がいつになく静かに笑う。
芽衣はその顔を見やった。そして、ゆっくりとその頬を緩めた。
「はは、そうだね!」
今度は由姫が弾かれるように芽衣を見た。芽衣は既にいつもの少し無に近い表情で視線を窓に移していた。
「私はさ、どっちかっていうとやるなら孤高に、っていうか、誰にも何にも言われずやりたいってくらいに思ってたんだけど、なんか最近こうやって教えたり教わったりする方が捗るなあ、とか。あと、愚痴言いながら描いてると案外それをぶつけれてスカッとするっていうか。」
「へえ。」
しばらく2人とも何も話さなかった。やがて芽衣が画材を片付け始めた。由姫もならって画材を片付けた。
「…季節変わるまでに描けてよかったよね」
「…うん」
「…何言ってんだろうね」
「…さあ?」
2人は顔を見合わせると、声を上げて笑った。
その声はカーテンを揺らし、残響をかき消した。

文化祭まで、残り2日となった。
明日には展示の準備があるため、作業ができるのは今日がラストである。過去二年、『終わらない』と泣く泣く作業をしていた日。
「でも今年は違う!!!」
「シュワチ何大声出してんの」
「だってさ、今年は既にキャンバスもパネルも終わらせて無配のストラップ作ってるんだよ!?すごくない!?」
「言っとくけど、このデザイン案あたしのってこと忘れないでよー」
「なら、この企画私の案っていうのもお忘れなく」
この日、部員全員がどの課題に追われることもなく、芽衣の案で作ることになったプラ板のストラップに取り掛かっていた。花観がデザインした丸いうさぎの型紙をなぞっては、模様を描き、切って、トースターに入れて、紐を通す。それを全員で分担して行っていた。そしてそれは文化祭当日、展示を見に来た人たちに配られるのだ。
「てか、よく2人ともこんないいの思いついたよねえ」
「いや、シュワチもいつの間にか漫画描いてたじゃん」
「それならゆっきーもフィギュア作ってたじゃん!何あれ!!!」
「前から趣味で作ってたんですうー」
由姫と悠菜が競い合いながら模様を描いていく。
それを受け取り、黙々と切り続けているのは久幸だ。
「てか、室井もなんか作ってなかったっけ」
「…切り絵」
話しかけるな、と言わんばかりに緊張した声色の一言。
しかし、その壁をぶち破って悠菜は振り返った。
「ウッソ、すげえ!」
「どうりでこれも切るの丁寧だと思ったわ」
花観がトースターの中を見ながら分厚い画材カタログと割り箸を手に言葉を投げた。
「…最近花観、室井に優しくない?」
「は!?なんでメイまでそういうこと言う!?」
「顔、真っ赤だけど」
「うるさい!!!」
そこへ、今となっては懐かしい、あの音が聞こえた。前よりはまだ音量はマシだったが。

バアンッ!!!

「…天邪鬼先生、今ズレたら先生のせいなんですけど」
悠菜がじとーっと目線をあげる。視線の先には黒づくめの男、天邪鬼だ。
「あはは、大丈夫大丈夫。ズレることなんてありえないんだから」
「は?………あれ」
5人は手元を見て気づいた。
ペンも、ハサミも、ウサギも、割り箸も、トースターもカタログも、丸っ切り消失していた。
それどころか、他の部員たちもいない。
「保健室の時の…」
「うん、君たちには結果を教えてあげないといけないと思ってね。『こっち』に連れてきたってわけさ。」
5人が静かになった。
それぞれ、これが競い合うものだということをほとんど忘れていた。
誰がいちばんでも納得がいくが、いちばんじゃない人間がいるなら納得できない。
5人はそれほどまでに互いに士気を高めあって作品を作り上げた。
それなのに。
耳鳴りがするほどの静けさに、5人はうつむいた。
「…みんな、いちばんだよ。」
顔を上げる。
天邪鬼はにこりと微笑んだ。
「何考えてるんですか」
「うん?君たちやっぱりナイアーラトテップが完全に悪い奴だって思い込み過ぎてない?」
5人の眉間に皺が寄る。
「そりゃ思い込みますよ、だって、邪神なんでしょ」
「俺もあれからいろいろ調べたんですけど、なんかよくないことばっかり書いてましたよ…?」
「あはは、じゃあ疑われて当然だ!本当なんだけどなあ!」
ひとしきり笑うと、天邪鬼はすっと真顔になった。
「いや、ほんと君たちのエネルギーすごかったからね。順位なんてつけてられなかったよ。それで、願い事の件なんだけどね。」
思わず息をのんだ。なんだかこの邪神を打ち負かすためにやろう、という気持ちが強かったために、ほとんど願い事なんてものは考えていなかった。
「予想外なことに、お釣りがくるまでに君たちの『エネルギー』が集まったからね!ちゃんと全員分、願いを叶えてあげよう!」
天邪鬼が拍手をする。本当に気まぐれな男だ。
「…本当に?」
「ああ、本当さ。さあ、誰から行く?」
顔を見合わせる。どうすればいいものか。その中でただ一人、じっと天邪鬼を見つめる者がいた。
「じゃあさ、わたしから叶えて貰ってもいいですか?」
悠菜が手を挙げた。
「志和池さん、うんいいよ、何かな」
悠菜が席を立ち、天邪鬼のもとまで行く。
「今、わたしが頭で考えてること、叶えて貰っても?」
「なにそれ、シュワチ願い事秘密ってこと?」
「えへへー」
「まあいいよ、志和池さん。じゃあその願い事を強く思って?」
天邪鬼と悠菜が向かい合う。
4人はそれを固唾を呑んで見守っていた。

「あはは、ばーか。」

4人は気が付けば目を瞑っていた。何が起きたかわからない。
なんとなく、眩しくて目を瞑った気はする。
恐る恐る目を開ける。
「え、なにこれ…?」
目の前は真っ赤に燃え上がっていた。
その熱にじわじわと額に汗が出る。
あたりが燃えているのにも関わらず、焦げ臭いにおいや、煙の臭いはまるでしなかった。
紅蓮の中、天邪鬼と悠菜が先ほどのように向かい合って静かに立っていた。どこか悠菜の髪色が紅く見える。
「志和池!!!」
久幸が叫んだ。
「んー、ナアニ~?」
どこか声が無機質だ。友人に恐怖を覚え、暑さに関わらず鳥肌が立つ。
「やられたなあ、せっかくほとんど無力化してたのに。」
天邪鬼がぽつりとつぶやいて、
そのまま前のめりに倒れた。

「!?天邪鬼先生!!!」
駆け寄ろうと思うも、炎のせいで前に進めない。
その間にも、悠菜の髪は炎に染められ、やがて瞳からも炎を発していた。
「そいつは、クトゥグア。僕がいちばん嫌いな奴さ。まさかこんなところに紛れてるなんてね。」
「甘イですネ、先生?」
4人は目の前で友人が化物に変わっていく姿にただただ震えた。
「なんだよ!?ク、クトゥグアって!!!」
「…火を司ってる旧支配者。ナイアーラトテップの天敵で、ナイアーラトテップが暴れてたら味方についてくれはするけど、同時に自分たちも関係なく消してくるような奴。詳しくはググって。」
「確か放射線浴びまくってて狂って話通じない奴だった気がする………あっ」
そういえば、彼女はいつもマイペースで話が変な方向へいくこともしばしばあった。クトゥグアも、話が通じない。
そして何より、彼女は天邪鬼を嫌い、4人の味方だった。
「あ…!」
「前にこいつを完全に消滅させようと思って、なんとか無力化までいったことがあってね。ここでエネルギー使って完全に消滅させようと思ったのになあ…」
天邪鬼の身体がだんだん透けていく。
「先生ッ!」
「あの、先生」
芽衣が一歩前に出た。炎が彼女の鼻を掠める。
「私たちに熱心に作品作らせたのって、その『エネルギー』が関係してるんですか」
「察しが良いね、そう。君たちの熱心に取り組む努力を僕のエネルギーに変換してたんだよ。そのおこぼれとして、君たちの願いを叶えるつもりだった。つまり、今回に関しては本当に君たちには何もしないつもりだった。僕は気まぐれだからね。」
消えかかった身体を仰向けにして笑う。
「でも結局巻き込むことになってしまったね。」
「…」
「あーア、オ喋りナ先生」
段々と人の姿からかけ離れていっている悠菜もといクトゥグア。
「悠菜ぁ!!!」
花観が叫んだ。
「なんでそんなことすんだよバカ!」
「そうだよ!ウチらさ、一緒の高校行こうとかも言ってたじゃん!」
「何ノ話?」
にまりと笑って、やがてその笑顔はぐにゃりと歪む。もう、彼女は人ではない。
「…悠菜…」
「志和池…」
芽衣と久幸もそのおぞましい姿に段々と疑心暗鬼になる。
これは夢で、目を覚ませば彼女はいつも通り笑っているのではないか、と。
「これは夢なんかじゃない。ああちくしょう、こうとなったら仕方ない。君たちにこいつを倒してほしい!」
「…えっ?」
倒す。その言葉に戸惑う。
それはつまり、彼女を『殺す』こと。
「君たちには、僕の残りの力を分ける!どんな力を与えられるかは分からないけれど、それでそいつを倒してほしいんだ!頼む!!」
そう言うと、天邪鬼は光り輝き、そしてその輝きとともに四散した。
その輝きの破片は4人の胸へと飛び込む。
「…なんか、魔法的な力使えるやつ、なのかな。」
「わかんない。…どうすればいいんだろあたしら。」
「倒すしかないんだよ、な…」
対外的な暑さとはまた別の熱を胸に感じながら彼らはクトゥグアを見る。

「…やるしかないんだよ、私はもう覚悟決めた。」
「メイ!?」
彼女が足を一歩前に踏み出すと、モーゼのように炎は道を開けた。
「あんなに仲良かったのにね。倒すなんて私もしかしたら狂ってるのかも。でもさ、あんなのシュワチじゃない。もういい、私たちが知ってる志和池悠菜はもういないんだよ。」
「メイ…」
「…いいかな、付き合ってもらっても」
芽衣がまっすぐクトゥグアを視線の先に捉えながら言った。
3人は顔を見合わせ、頷いた。
「いいよ、やってやろう」
「俺らの部活仲間の志和池は、絶対にこういうこと嫌うはずだ。」
「…クトゥグアを倒して、シュワチを助けよう」
4人とも、涙に汗にと顔がぐっしょりとしていた。
それでも、4人は突き進む。
もう彼女に声は聞こえない。
でも、それでも。
かつて『友人』であった彼女を救おう。
踏みしめる一歩一歩が強くなり、やがて4人はその恒星のような形をした何かに向かっていく。
第一次美術部邪神戦争、開幕である。

「…ナニコレ」
「え、頑張ったくない!?」
「中二病全開すぎでしょこれ。嫌いではないけど。」
美術室には2人の女子生徒。
「てか、この『花観』っていうのあたしだよね」
「そうだよ!ひなみんが、はなみん。よくない?」
「なんでそんなモデルバレバレなネーミングにしたの…」
そう言いながら、雲山 日南(くもやま ひなみ)は頭を抱えた。
「こんちゃー、あ、それ原稿できたんだ」
「うん!見る?」
「見せて、…あ、待って、もう中二病感すごい」
「さっきあたしも言ったわそれ…」
じっくりと原稿用紙を見始めたのは田淵 舞衣(たぶち まい)。
田島中学校美術部部長である。
「お前ら来るの早いな、…あ!お前マジでそれ俺がモデルのキャラも描いたのかよ!」
「描いたよ~ん、荷物置いたら見に来なよ」
室井 浩之(むろい ひろゆき)は慌てて飛んで行った。
「貸せ!!!ってなんで俺と雲山に恋愛フラグ立ってんだよ!」
「あ!ほんとだ!どういうことコレ!?」
「ちょっと、廊下まで聞こえてるしー、うっさいんだけどー」
「あ、るっきー、見て、漫画完成したって」
「マジで!?見たい見たい!」
荷物も置かずに中窪 瑠季(なかくぼ るき)はすっ飛んできた。
「なんだろ、3割くらいは実話だねこれ。」
「うん、そこが好きだったりするかな、私は。」
「あの先生来てからだいぶ変わったもんな」
「ん?誰の話?」
5人が振り返ると、そこには黒服のスレンダーな男性が立っていた。彼の名前は鳴門 哲(なると てつ)。この美術部の主顧問である。
「先生じゃん、びっくりしたあ」
「はは、すごいな。作るのってあとストラップだけでしょ。」
「まさか去年までは自分がこんなにちゃんとやると思ってなかった。しかも一週間前に全部終わるっていう…」
「せんせーあざーす!」
彼が来てから、気だるげな部活の雰囲気を明るくしたのだ。
この、漫画のように。
「じゃあ、これも増刷して展示の準備だな!」
「いいの、こんなイタい内容展示して」
「ちょっと、ひなみん酷くない!?」
そして、笑いながら友人に突っ込む彼女。
彼女の名前は志和池 春香(しわち はるか)。
この漫画、『第一次美術部邪神戦争』の作者であり、この部活を誰より愛してやまない、ちょっとマイペースな中学三年生の女の子である。
彼女たちの戦場は、一週間後だ。



現在のゆずとものひとりごと

なかなかにイタい本作ですが、個人的にはわりと気に入ってます。
こんなん今だと酒入らないと書けない…嘘、書けるわ。まだまだ中二病患ってるので。

短編集最後のあとがきにも書いてるんですが、このお話は中学生の時に考えた漫画のプロットが元ネタです。
プロットでは部員の同級生モデルのキャラ全員分出そうと思って書いてたんですけど、書き直すうえで「短編でこんなに出せるわけねえべ」ってなってキャラクター半数以上減らしたんですよね…。
しっかしこの雰囲気の漫画を本当に文化祭で出そうとしてたから恐ろしいですよねマジで。
この頃はこんなに自分が病むなんて思ってなっかっただろうに…。

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