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変を恋う

懐かしい匂いがした。
だからこそ、私は眩しくて目を細めなくてはいけなかった。

彼が独自の言語で独自の理論を語る時、
彼女が会話中に地の文を挿む時、
彼らが宇宙のはじまりに想いを馳せる時、
埃っぽい教室の匂いがした気がした。

私の過去に彼らはいないのに、
過去の私にきっと彼らはいた。

狭い箱庭のすみっこで、変人が集まって話していた。
イタイも異体も気に留めず、
いびつな世界観をぶつけ合った青い日々。

まだ私を監視る私が未発達だったころ。

そんな痛々しい輝きに再会して、
思わず眩んでしまったのだ。

私は必死に背伸びをしようとしたけれど、
どこを探してもつまらない形のセカイしかなくて、
私のつま先は疲労困憊した。

後天的に覚えたコミュニケーションで
プロトコルな返事をした私を、
私はいつまでも悔やみ、憎むだろう。

せめて、地の文に対して韻文、
即興で韻を踏んで返せばよかっただろうか?
対称性の破れは太陽系の外れまで及び、僕は外傷性の愛情に飢える。


なんて、またつま先を酷使したところで、
私はもうあの青い箱には戻れない。

彼らと同じ目線でセカイを混ぜ合わせることができない。
過去を見つめるような遠い目を細めることしかできない。


変、でありたい。
普遍ではなく、不変でもなく。

自分ですら掴みどころのない子供の私に、
いつまでも心の手綱をにぎらせていたい。


しかし、子供の飼いならし方を誤った私は
ドメスティックなバイオレンスを働いて、
その自由意志を奪ってしまったのだ。

その暴力とは何か。
メタ認知である。
私を監視る私である。

ではそれを育てたのは何か。
いつから私は青を失ったのか。

それは、具体的にはわからない。
思い出せない。
しかし、おそらく身の回りではなく、
身体の届かない遥か遠くのことばかり考え続けたせいなのではないだろうか。

その未知の原因を、
今は仮に「X」とでも呼んでおこう。


何だか知らないが、罪深い存在だ。
しかし、そうした身体の外だからこそ出会えた人も、
言葉にできたこともいっぱいあるのだろうけれど。


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