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たぶん、生き抜くのに必死だった。

今考えると、幼稚園からなりたいことを見つけ、小学生で確立する人もいれば、高校の時に進路に悩み、大学生になり決める人もいる。

私の場合は社会人になってから視野が広がり、自分の可能性を見つけていっているパターンだと思う。

高校の記憶、中学の記憶といえば

学校行きたくない、実家に帰りたくない、死にたくない、生きたくない、明日が来てほしくない。人に会いたくない、死にたい、生きたい、怖い。

その繰り返しだったなぁと。

明日を生きるか死ぬか、そんなことばかりを考えてて、自分がしたい仕事で食べていくという考えに至ってなかった。
とにかく安全な場所にいたい。怒鳴り声を聞きたくない。人から離れたい、親から早く離れたい。

自治体で働こうなんて気持ちにならなかったし、日本を毛嫌いしてて海外に行ったし。、

高校の思春期の時、皆んなおんなじ服装の監獄だってずっと思ってた。

大人になればこれが一生続くのか、合わない人たちに合わせて陰で発散する毎日になるのか、過呼吸と永遠に向き合わないといけないのかと絶望してた。

でも、そういえば過呼吸になってない。
約一年くらい。

社会を冷静に見るようになった。
家族の中の自分を見るようになった。
男性にトラウマを持つ自分に気づき、付き合うのに距離を置くようになった。
傷つき、もうどうでもいいと投げやりになってた自分を大切に、労わるようになった。

今日、ひじきの煮物を作った。
この頃じゃがりこを食べないと気が済まないと姉にいうと、黒豆がいいと言われ、
黒豆はあんまり食べる気にならないのでひじきの煮物を作った。
おばあちゃんからもらった茄子と豚肉の炒め物と大学芋も作った。
胃が温かくなった。

今日は誰とも喋らなかったけど、めちゃくちゃいい日だった。
落ち着いて読書が出来、散歩をして、ピアノを思う存分に弾けた。

死にたいって思わなくなった。生きたいとも思わなくなった。
気づいたら私は、毎日をちゃんと自分で暮らせるようになっていた。

高校大学ワーホリ時代は生き抜くのに必死だった。安全に住むところと、誰にも頼らずに生きる方法を探した。
大きな傷を背負いながら癒すことがわからなくて、意味わからないままに奔走してた。

けど意味がわかってきた。ちゃんと周りが見えてきた。

気づいたら貯金を始めてた。他人と自分を比べなきゃ気が済まない自分にもこの頃気がついた。

あなたはあなたでいい、と私が私に言った時、私は今の地点から自分を生かす方法を思いつき出した。

誰の力も要らなかった。
ただ、自分の足元を見たら色んなものがあった。

私、高校一年生。
これから進路を決めていく。
これから自分の人生始めていく。