「異世界レトルト料理人~料理の鬼と呼ばれた男~」第3話

 怒りを沸かせながらエリーヌはゆっくりとラーメンを見た。湯気が立ち昇り味噌が香る。

「あ、あれ? これはどうやって食べればいいんだ?」

 エリーヌは食べる前に自身の前に置かれた黒い2つの棒、つまりは箸の使い方が分からず困惑をしていた。

「あぁ、そうか……これを使え」

 店の奥から店主がフォークを彼女に渡した。不機嫌そうにそれを受け取りながらラーメンにフォークを向ける。

「ちゃんと音を立てて食べるのよ。そうじゃないと色々と分からない事が多いから」
「か、かしこまりました……」
「でも、パスタに似てるわね……味とかは全然違うけど」

 姫であるエリザベスの命令により、誇り高い騎士であるエリーヌはラーメンをすすりながら音を立てて食べることになった。

 エリーヌは苦渋を舐めるような顔をしながらフォークでカップ麺の麺を巻く。麺から味噌のスープが容器に落ちていく。ふーふー、と息で冷ましながら彼女はラーメンを音を立てながらすすった。

「ずるるるるるルッ」

 口からは味噌の深い優しい味わい、すする事で香りを口と嗅覚で思いっきり吸い込む。より、味が深く伝わる。麺は細麺だがもちっとしており、食感も楽しいと思えるほどだ。

 こしこし、もちもち、もちもち。

 麺の僅かな粘着性が癖になりそうだった。噛み切った面の間に入り込むスープ、元から染みこんでいるスープが更に入って味が更に「味わいやすい」。

 こってりとしながらも、独特なコク、旨味、彼女は知らないだろが、これが『和の味』なのである。

「……ふ」
「あ、美味しいんでしょ。笑ってるじゃない」
「ッ! い、いえ、決して美味しくて笑ったわけではありません!」
「ふーん、で? すすると何かいいことあるの?」
「……恐らくですが香りも一緒に食べるためにと言いますか……この、その、大した事のないスープの――」
「――美味しいスープを?」
「多少は堪能するために」
「よりよく味わうために?」
「香りを一緒に鼻から食べると一気に多少は美味しく食べられます……空気を吸う事で自然と音が出るということかと」
「ふーん、なるほどね……私もやってみようかしら」
「い、いけません! 姫様のような高貴な方には絶対に」
「いいじゃん。誰も居ないし」
「そう言う問題ではありません! 絶対にいけません!」
「私がやりたいと言っているの」

 音を立てながらすするように食べると言うマナー違反の行動は高貴な者達は許さない。特にエリザベスのような王女になるとそう言った事にはさらに厳しさがある。

「ダメです、絶対にやめて頂きます」
「え? なに? 王族に楯突くって事?」
「え!? い、いや、そのようなことは!?」
「そう言えばお父様が辺境の警備が最近足りないって言ってたわねー、だーれか、優秀な騎士を一人飛ばしてもいいかもしれないわねー」
「いやいやいやいや! やめてくださいよ! 私が姫様の護衛騎士になる為に一体どれほどの努力をしたと思っているのですか!? しかも辺境だとお父様が居るんです! 知ってるではないですか! 凄い喧嘩してて気まずいって!!」
「じゃあ、目を瞑りなさい。飛ばされたくなければ」
「ううぅ、わ、分かりました……」

 エリザベスはエリーヌを黙らせるとフォークを手に取って、麺を巻く。そして、彼女は同じように音を立てて麺をすすった。

「つるつるつるずるっ」

 ゆっくりと麺のこしを味わいながらゴクリを飲み込む。食べながらも笑顔になっていたが、喉を通過して飲み込むと感激のように眼を輝かせた。

「美味しい!! やっぱりすっごく美味しいわ!! なにーこれー! びびるじゃない!! パスタとは全然違うのね! 驚きよ!! エリーヌも素直じゃないけど、この子は滅多に笑顔を見せないの! この子をここまで笑顔にするなんて凄いじゃない!!」
「ひ、姫様、別に私は……」
「もう、あんまり素直にならないのは可愛くないのよ! 音をすすって食べたのが恥ずかしかったのは分かるけど、そろそろツンツンするのは止めなさい!」

 ぴっと人差し指を向けられて黙るエリーヌ。何とも言えない複雑な表情のままに彼女はフォークで再びラーメンを食べ始めた。

 エリーヌは寡黙になるべく音を立てずに食べ続ける。それを見てニヤニヤするエリザベスであったがそう言えばとあることを思い出す。

「あ、店主」
「……なんだ?」
「その黒い二本の棒だけどさ」
「箸のことだな」
「箸って言うのね。それの使い方気になるから教えて。特別に私の手を握って良いから、アンタの手で教え込んで」
「ひめさまぁ、しょよのおうなおふぉおふぉにいふぇいません!!」
「口の中に大量に入れたラーメン、食べてから注意しなさいよ」

 もぐもぐと食べながらエリーヌはエリザベスに注意をする。そうしながら店主を睨む。

「まぁ、エリーヌは置いておいて。そう言えば店主、アンタの名前は?」
田中鉄人たなかてつひと……」
「そう、タナカね。覚えておくわ。タナカ、私の手を取って橋の使い方を教えて」
「……別に使える必要はないと思うが」
「あるわ。気になるんだもの。私、産まれた時から思い通りで知らない事も全部分かっちゃう生活だったから未知が好きなの。だから、教えて」
「……そうか。まぁ、それくらいなら」
「王女の手を握るのが不敬とかは考えなくて良いからね、分かった?」
「うむ」
「あ、でもこんな可愛い王女の手を取るのは緊張するのかしら? 気にしなくて良いのよ! 分かったかしら?」
「……うむ」
「ふふ、でもお父様以外に手を異性に握られるのは初めてなの。誇りでしょ? 名誉なのだから、はいと言いなさい」
「……はい」
「……ところで、私の専属コックになりなさい」
「断る」
「あーあ、この流れなら行けると思ったのに……意外とガード堅いのね」

 エリザベスの手を握って、大将鉄人は箸の握り方を教えてあげた。彼女は覚えが早く、直ぐに使えるようになった。

「へぇ……なるほどねぇ。確かにこれは良い食べ方ね」
「……そうか」
「やるじゃない」
「いや別に」
「いやいや凄いわよ」
「普通だ」
「普通じゃないわ、あなたは凄いのよ」
「そうか」
「……ところで私の専属料理人になりなさい」
「断る」
「……まぁ、店は覚えたし。別に今日は良いか」

 エリザベスは話を散りばめながら急に専属料理人に成れと言ってくる。話の流れで鉄人が承諾をするようにしていたのだが、失敗に終わった。

 そんな彼女達を横目にしながら出し忘れていた無料の水を出す。

「あら、水? 頼んでないけど」
「水は無料だ……」
「嘘!? 水が無料ってアンタ……しかも、この水、透き通ってるわね……ちょっと一口……ごくごく……」

 水、ただの水。しかし、透き通る。口の中にあった油を全て流し、口をさっぱりさせるような僅かに甘味すらあるような水。

「美味しい……精霊の泉とか、森の賢者の雫とか……エリーヌ! 飲んで!」
「は、はい! ごくごく……ッ! この水は……」
「そうよ! 分かったわよね!? エリーヌ!」
「は、はい」
「店主、アンタ凄いわね! これはかなり美味しい水よ。私みたいな王族だと常に美味しいの飲めるし、エルフの国には大樹があってね。伝説の大樹の雫はほんの少ししか飲めないんだけど! それ以上に美味しいわ! どこで買ったの!」
「業務用スーパー……」
「ぎょうむよう、すーぱー? どこ? エリーヌ知ってる?」
「いえ、全く」
「未開拓のダンジョンとかかしら? どうなの?」
「いや、その、格安で売られてる……」
「……店主。私が王女で世間知らずだと思って適当なことを言ってるでしょ。この水はそこら辺の水とは違うわ、それにさっきのラーメンなんて、私食べたことないわ。あれだって、普通じゃない……まぁ、秘匿にしたって事ね?」
「い、いや、真実……」
「まぁ、いいわ。また来るし、その時に話して貰えれば……さて、そろそろ帰らないとね。お父様に怒られそうだし。お代は100万ゴールドでいいかしら?」
「……いや100ゴールドだ」
「「ッ!?」」

 エリーヌ、エリザベス、二人して驚愕と言う顔をする。ラーメンの美味しさは明らかに100ゴールドと言う値段ではすむはずなかったからだ。

「アンタ、100ゴールドって本気なの?」
「俺は基本的にそうする、だから、100ゴールドでいい。お金が目的じゃない」
「……なによ、カッコいいじゃない! 益々気に入ったわ。流石は私の専属料理人ね!」
「いや、それは断る」
「ふふ、いつかは受けてもらうからね。それじゃ、200ゴールド置いて行くわ。またね、タナカ」
「姫様! お、覚えてろよ! タナカ! 私と姫様に音を立てて食べさせたと言う非道な行いを、絶対覚えてろよぉ!! ……また来る」

 エリザベスとエリーヌ、二人は去って行った。残った田中鉄人は一人で片付けを始めた。

◆◆

 いやービビったぁ。王女様が来日してきたのは初めてだ。専属料理人とかは無理だろ。俺はお湯淹れたり、レンジ使ってるだけだし。

 俺は現在は30歳の社会人、平日は企業で働いているが休日になると異世界に渡る能力を使ってレトルトを出している暇人なのだ。

 王女の専属は無理。お金を積まれても無理だ。お金が欲しいんじゃなくてコミュ障だったから改善の為に異世界で店をやっているのである。

 それを好意的に解釈していたが……まぁ、いいか。それにしても変わった客だったのかは間違いない。エリーヌとか言う騎士は突っかかってきたが企業の味には勝てないようだったし。

 ――つまり、カップラーメン味噌はやはり旨い。

 なんだかんだで丸く収まってるし……

「大将! 大変だ! 料理バトルで負けたら店を没収されるらしい! アンタの料理でどうか黙らせてくれ!!」

 え!? ナンデ!? 俺がバトルするの!?

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