「紅月の殲滅者」第2話

 堂本楽は式紙を使用した。全長メートルの巨大な鶴のようになった。

 彼はそれに乗り、口の中に土御門月と土御門太陽を格納し空を飛んでいた。大空を飛び、既に土御門本殿からは距離をとっていた。

「……これで終わりか。才は認めるが、所詮この程度の奴らに大先生も何を期待しているのかねぇ」

──異変は突然起こる。

 その日は晴れた日であった。時間は正午を越した程度、であったはずなのに既に夕暮れ景色が見えた。時間が急加速で進むように辺りが暗くなる。

「……なんだ」

 何らかの術を行使を自身にされていると感じた堂本楽は辺りを見渡す。しかし、術者が見渡らない。

「術師はどこだ……」

 異変はどんどん大きくなる、暗転した世界。一気に空は黒く染まり、夜空と化した。

 そして、何よりも摩訶不思議であるのは暗闇に紅一点、

──真っ赤な紅い月が浮かんでいたことだ。

「……不気味な月だ。どんな術構造してやがる? 結界……にしちゃ、違和感が大きいな」

 大鶴の背に乗り空を飛び回る堂本楽。その背中を追うように紅い月が徐々に大きくなっていた。

「……瞳のような月だな。そんな訳ないが監視されている感覚に近い。っち、出口はどこだ」

 舌打ちをしながら飛び回るが一向に出口はない。いくら飛んでも飛んでも終着点がない、永遠ゴールが来ないマラソンでもしているかのような違和感。

「……幻術、の類か?」
「──違う」
「ッ!?」

 突然の解答。大空から世界を見下ろしていた彼が空を見上げる。そこには一人の少年が見下ろしていた。

「お前、堺黎明か……?」

 髪の色が黒から白に変わり、瞳の色も同様に黒から紅に変わっている。
 だが、顔つきは確かに堺黎明のそれであった。

「お前、術師だったのかよ」

 堺黎明は空に浮かんでいたのだ。無重力のように浮き続けるなど人であればあり得ない。このような現象を説明するには陰陽術しかなかった。

「それで、この世界はなんだよ。結界かそれとも幻か」
「ここでは話しにくかろう。場所を変えようか」
「──ッ」

 手の平を向けられた堂本楽は大鶴ごと地面に向かって吸い寄せられるように落ちた。地面と激突しするが、すぐさま眼を頭上に向ける。

 紅い月を背中に、赤い光によって照らされた彼は神のように神々しくすら見えた。

 堂本楽は体を起こし、上に向かって言い放つ。

「そろそろ、降りてこいよ。見下ろされるのは大先生以外にされるのは癪だからなぁ!」

 強く地面を蹴り、『堺黎明?』の元に飛ぶ。拳を強く握り、彼の顔面に向かって殴りかかった。数センチほどに拳が近づいた時、衝撃の光景が眼に浮かんだ。

 既に己は殴り飛ばされていたからだ。

「時間が飛ばされた……? いや、そうと錯覚するほどに速いとでも言うのか…ッ」

 気づけば彼は地面に背をつけていた。首を振り、口元の血を拭いながら腰を上げようとする、がしかし、彼は再び腰をついてしまった。

(あの一撃で、この俺が立てぬほどに毀損されているとでも言うのか……ッ? まさか、この男、大先生よりも……そんなはずはない。あってはならない)

 息を大きく吐き、自らの体に対して治癒の陰陽術を発動する。ものにして数秒により彼の体は元の丈夫な体に復元を成功させた。

「術式・剛鬼童体」

 堂本楽の体に黒い帯のような刻印が刻まれる。ゆっくりと息を吐いて彼はもう一歩踏み出す。

「お前の身体能力も大したもんだが、俺には決して及ばない! 決してな!」
「……」

 彼はゆっくりと上から降りてきた。まるで重力に逆らうようにゆっくりと風に飛ばされた綿毛のように。

(……風系統の術か。いや、ならなぜ体に刻印が刻まれない? 術師は刻印を刻まなければ術は発動できないはずだが)

 黎明の姿を見て、堂本楽も眉を顰め首を傾げる。陰陽術を使うには術式を体に刻まなくてはならず、その刻んだ証として刻印が体に刻まれるのだ。
 
 だと言うのに彼の顔や手には一切その様子が見て取れない。

「……ふん、考えるだけ無駄か。俺は握り潰すだけだッ!」

 再び、彼は拳を握る。術によって強化された強靭な体を残酷なまでにフル稼働し、黎明に殴りかかる。
 
 その拳に対して、素の拳にて相対をする。黎明は左拳を打ち出し激突させた。二つの拳の激突とは思えぬほどに大きな音を周囲に撒き散らす。

 トラック同士の衝突事故のような重音が二人の鼓膜にも伝わった。

「おい、マジかッ。素の拳だろうがッ」
「……」

 両者一度仕切り直すのように、適度の距離を取る。堂本楽は先ほど打ち出した自らの拳を再び握り返していた。軽く、その後に、強く握り自らの体の状態を確かめるかのように。

(俺の体、どこも調子悪くはねぇ……。寧ろ絶好調だ。術式・剛鬼童体は自身の身体機能を全て大幅な上昇をさせる。その上で強化された身体能力が更に十倍になるんだぞ……)

(あいつ、術式刻んでる気配すらねぇ。マジのマジで、本来の機能だけで俺と撃ち合ったのか? だとしたらどんなバケモンだよ。マジで大先生以上かッ?)

 反対に黎明も体を確かめるように手を握り、首や頭をペタペタと生まれたての赤子が全てに興味があるかのように触れる。

「……この体は、そう言うことか。眼だけでなく、体も特殊とは笑わせてくれる」

 黎明は悟ったように笑うと再び、黎明は拳を前に出し戦闘の構えを取る。自分から動く様子はなく、堂本楽が来るのを待っているかのようだ。

「……疲労でもしたならば、茶を飲む時間をやろうか?」
「いらねぇ、なめてんじゃねぇぞ!」

 三度、両者激突。堂本楽の拳の雨が黎明を襲う。しかし彼は全てを紙一重で完璧に避け続ける。

(お、俺の拳を全部紙一重で……この野郎が。それにこの紅月の世界はなんだ!? 拳同士の衝突、その感触から幻ではないことは間違いない)

(ならば結界と考えたいがその気配は感じられない。だとするならなんの変哲のない『現実』が一番しっくりとくるッ。だが、だが、あの『紅月』がその結論を拒絶するッ)

 ──月は紅くはない。それは誰しもが知っていることなのだ。

「何度も月と眼があうようだが……答えは出たか?」
「この世界はなんだ?」
「ここは我の箱庭。名を紅月世界あかつきせかいと言う」
「……それは冗談か?」
「まさか」

(大先生が言っていた……安倍晴明は紅月世界と言う、もう一つの現実を保有していると。詳細は聞かなかったが、瞳のような紅い月と何度も目が合った……ぼやいていたな)

「お前、まさか……いや、そんなはずがないッ」

 堺黎明の拳を堂本楽が腕にて防ぐ。だが、強すぎる威力に体が耐えられず、投げ出されるように地と足が離れる。

(本来の全く情報と違いすぎる。反応、拳の撃ち合い、判断、全てが一級品ッ! 更にそこに付随する余裕)

(冗談じゃない。冗談ではなく、冗談で済ませていい程の強さでもない!!)

(まさか、まさか、まさか──)

──この男は伝説の

「クソが、加速させりゃ、まだッ」
「瞬きする余裕があるとは、我の姿をとくと拝め」

 気づけば目の前、黎明が迫っていた。防御に備えようとした束の間、既に閃光の拳が振り終えた姿が眼に映っている。

(──なッ、まだ疾さの先があるのかッ!!??)

 思考すら追いつかないほどに疾い、黎明の一撃。彼の右拳が堂本楽の腹部に刺さる。

「あつぇッ」

 痛いよりも先に感覚にあるのは熱いであった。ナイフにて何度も腹部を芯から刺されていると認識を誤るほどに驚愕がある。

(刹那前まで、距離あったのに、既に殴られているッ。ここまでこいつ術使ってねぇってマジかよ!)

(悪い夢でも見てるようだ)

 常識を砕く、閃光の右腕。その動き先刻より疾く、鋭く、力は更に増していた。
 
 

「ようやく、この体に慣れてきた」

  
 力が増していることに気づいた堂本楽も考えを改め、別手段に講じる。殴られたことにより、幸いにも距離ができる。飛ばされるのと同時に地面に手のひらをつき、術を発動する。

(もし、この紅月世界が本物ならば……無駄な殴りが通用するはずもない)

「土地に術式を刻むのは得意ではないが……術式・土広断崖ノ剣どこうだんがいのつるぎ

 彼の手から黒い帯が伸び地面に伸びると、大地に亀裂が走る。その亀裂から鋭く巨大な剣が発生し、黎明の元に向かう。

 しかも、一本ではない。数十、数百。それで済まず絶えず発生する。

「……散漫した剣で我が斬れると思うとは。笑話としては完璧だ」

 一瞬、にて手刀が断崖ノ剣を両断する。だがしかし、耐えず剣は発生し続ける。相対するように手刀にて黎明は切り刻む。

「土地に術式を刻むとは、器用な奴よ」
「バカがッ、それは前菜だよ」

 堂本楽は両手を突き出し、全身に力を込める。彼の体に再び先ほどとは別の刻印が刻まれる。

「術式・竜王ノ息吹おうがッ!」

 
 両手はまるで龍の口蓋、そこに極大の炎が発生する。それを今から黎明に放とうというのだ。勝ちの確信。龍が炎を吹く。

 全ての生命を破壊する光線が放たれる。黎明の体が一瞬にて光に包まれる。そして、辺り一面にあった木々は発生した突風にて飛ばされ、大地は溶岩と化した。

「流石に……いくら伝説いえど、これで死ぬだろ。六千度の炎だ。太陽の表面と同じだぞ……」

 煙が上がり、視界が暗い。炎で焼け始める木々、この場所は既に人が居るべきではない場所になりかけた時、唐突に強烈な突風と雨が発生した。

「な、なんだ。なぜ急にこんな天気が変わるッ」
「──随分と懐かしく、後処理に困る技だ」
「……嘘だろ、なんで生きてるんだよ」
「我からすれば庭が少し荒れた程度、生きていて当然」

 渾身の一手、王手ではなく、チェックメイト。それを行ったはず。慢心もなく傲慢ですらない全力を後処理が面倒と言う言葉で済ませる。

 化け物の中の化け物。理不尽な神とでも言うべき圧倒的な力を持つ存在。それが遂に牙を剥く。

「──さて、若人との話も飽きた。そろそろ終わりにしよう」


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