見出し画像

北加賀屋から、再出発|KITAKAGAYA FLEA日記

運転席に座る彼の、
力の入りきっていない優しげな目元と、すこしあまっているふにふにな頬が特徴的な横顔のそばを、
視線の一部が通り過ぎる。

大阪の懐かしい街並みが、視界の隅に入ってくる。

ごちゃごちゃした、ところどころすりきれている、
色んな人が暮らしていることが顕れている街並み。

徳島から大阪まではクルマで約2時間半。
彼は大阪で親族の集まりがあるということで、便乗して大阪へ向かう。
私は久しぶりのひとり、ぶらりさんぽだ。

その日は以前から気になっていた北加賀屋で、
ちょうど先日うだつのあがる古本市で購入した雑誌の編集社のIN/SECTSさんが主催の
本やカレーのイベントがあるそうなので、
そこを目指すことにする。

“こーば”のにおい

北加賀屋に近づくと、街は工場の色が濃くなってくる。
目的地は近いはずなのに工場だらけで分からなかったので、一度路肩にとめてもらう。

あとでね、と顔を近づけそのマシュマロみたいに柔らかい頬に触れたあと、手を振りながらクルマのドアを閉める。

あまりの工場感にここなのか…?と訝しく思いながら、
しかし顔をあげるとかなり古そうで大きな建物にかかる
『KITAKAGAYA FLEA』の大きいたれ幕が目に飛び込んできた。
造船所の跡地がクリエイティブセンターになっているらしい。
写真を2枚ほど撮って、意気揚々と中に入っていく。



時刻は10時半。明らかに準備中だ。
インスタを急いで確認すると12時openだった。


ならば、と気をとりなおす。


ずっと気になっていた北加賀屋のチャイの店『Talk with_』に行く運命だったのかも!

スマホでgoogle mapをひらき、検索する。
低速やん〜〜。
loading中、ふらっと周辺をさんぽする。
すると、聞き覚えのある会社名が目に飛び込んできた。

好きではないけれどただただ懐かしい、"こーば"の匂い。
アブラとキンゾクの匂いなのか、なんなのか分からないが、鉄工所特有の匂いがあるのだ。

うちの父は一人で小さな町工場をしている。
たしかこの会社名は、父の取引先の名前ではなかったか。
2週に一度くらいペースで配達に来ているはずだ。
大学も関係のない専攻に進み、父のセカイとは関わることはないと思っていた。
ぜんぜん違う目的でおなじ場所にたどりついているって、これが“かぞく”なのかなあ、
なんてことを静かな高揚感とともにぼーっと考える。

小さい頃父のこーばではあんなにできるだけ息をとめて鼻腔に入り込まないようにしていたのに、
深呼吸をしながら、アブラとキンゾクの匂いを存分に味わう。
そしてチャイ屋さんに向けて歩きだした。

チャイ専門店『Talk with_』

『Talk with_』に着いた。

チャイ専門店なので、チャイをいただこうとメニューを見る。

4種類あり、それぞれのブレンドに名前がついている。
スパイスの種類も、甘みを引き立たせているもの、
辛さを引き立たせているものなど色々な種類があった。
それに、和紅茶、ほうじ茶、烏龍茶など茶葉も種類があるみたいだ。

最近、ずっといた居場所を離れてどうしようかなあと思っていたところだったので、
『ここから、再出発』というブレンドにした。

基本的なシナモン、クローブ、カルダモンに加えてマスタードとブラックペッパーが使われていて、辛めであることが伺える。
茶葉に烏龍茶が使われているのも気になるポイント…!!
せっかくだし金土日限定の『スパイスと食べるレアチーズケーキ』もたべることに。

レアチーズケーキをフォークでひとすくい取り、そのままたべる。
クセの抑えられた、ヨーグルトの酸味はあまりなくまろやかな味がしっかりと感じられる、やさしいレアチーズケーキだ。
これは、なかなかスパイスを楽しめそう!

まずはアムチュールをつけてみる。
青マンゴーを乾燥させた酸味の強いスパイスだそうだけど、初めて見た。

口に含み、目をとじ、舌に意識を集中させて、
ゆっくり、しっかりと味を確認する。

マンゴー感は分からないけど、フルーティーなきつすぎない酸っぱさが感じられた。
(食レポはにがてなのでぜひ食べてみて!)

チャイを飲んでみた。濃厚なスパイスの味とミルクのなめらかな舌触りに、じんわ〜り後からスパイシーさが来て、身体がぽかぽかしてくる。
烏龍茶なのでふつうのチャイともなんか風味がちがう気がする。

珍しい風味で新しい道を示し、スパイシーさで背中を押し、でもちゃんと温かく包んでくれる。
『ここから、再出発。』というネーミングセンス…!!
人生で立ち止まった時、飲みたくなる味だった。

クローブ、シナモン、カルダモンなどは予想通り、ちゃんと美味しかった。
五香粉は中華料理にしか使ったことがなかったけれど、意外とチーズケーキに合っていて発見だった。

そして、ペッパー2種類がくる。絶対辛い。
と思って、お腹にグッと力を込めて気合いを入れたけど、そんなにだった。
チーズケーキが、それ自身は主張が強くないのにシゲキの強いものを中和してくれる。

スパイスをまた順番につけて食べていく。すると、わりと早めにチーズケーキがなくなってしまった。

さっきのペッパーを今度はフォークでそのまま掬って口に含む。ブラックペッパーをしばらく含むと、じんわ〜りと辛みが口の中に広がる。辛すぎないくらいで美味しい。

次に真っ赤なチリペッパー。
ここまでよゆうだったから、お腹のちからはゆるゆるだった。  口に入れて、5秒くらい舌に載せる。
からっっ!!
あわててチャイを飲む。そういやこっちも辛めだったんだった!

チーズケーキは偉大だ。

KITAKAGAYA FLEA

12時頃になり、気を取り直して会場に向かう。
入場料を支払って手の甲にINSECTSのスタンプを押してもらった。いざ、出発!

会場に踏み入ると、スパイスカレーの香りが鼻腔をくすぐる。
スパイスってあんなに種類があるのに、ちゃんとまとまっていい匂いと美味しい味になる。
とがった個性と協調性を持ち合わせた、生き方の大先生だ。

お昼どきということで、とても賑わっていた。
さっきチャイを飲んだので、一旦ごはんは後回しにして上の階へ。

2階を一周し、アフリカの楽器をポコポコしているのを聴きながらガラスの仮面を見つける。
たしか49巻まで一気読みしたのに完結してなくてうそや〜〜んとなったのを覚えている。
最新巻出ないかなあ。

そして今回お目当ての、3階へ。
いろんな出版社さんやお店がならぶ。
いろんな感性、表現、生き方、人生がならぶ。

生活の批評誌vol.4

入ってすぐの2つめのブースで
『生活の批評誌』という見たことのある雑誌が目に飛び込んできた。

『わたしたちがもちうるまじめさについて』

“まじめ”という言葉に反応し、
見本を20秒ほどパラパラして、すぐに買ってしまった。

小中学生の頃の「まじめだね」という言葉は、
“先生や大人の言うことに従順な子” という意味合いで、
相手を揶揄したり、ラベリングして壁を作るために発された言葉が多い気がしていた。
それがイヤで、ワルぶったりすることもあって、
“まじめ”というキーワードはわたしの子ども時代にとってなかなか引きずってきた言葉だった。

この雑誌では、“まじめ”という言葉を人との関わりにおいて使っている。

「他者に踏み込みすぎないまじめ」

私は親しい人とのキョリは近くなりがちだった。より相手を精一杯知ろうとすること、
より相手のすべてを理解すること、
自分も相手に対して精一杯相対し表現すること、
それが他者に対して真剣に向き合うことだと思っていた。

けれど、それはとても傲慢だし、相手の自由さを侵してしまうかもしれないんじゃないかと、最近なんとなく考えていた。

人との関係性を考える上で少しずつ読みたい雑誌だ。

少し足を進めて、レザークラフトのブースで足をとめた。
レザークラフトが趣味の彼から聞いた話を少しだけしてみる。

「友だちにレザークラフトが趣味の子がいて、革に穴をあけて縫っていくのだけれど、穴あけの作業がとても大変なんだよなあ、というのを聞きました」
「そうなんです〜!自分のペースを掴むまでには時間がかかるし、集中が削がれるとまっすぐあけれないからトイレとかには先に行って万全に整えるんですよ。」

レザークラフト、ただ単純作業ってわけでもなくて、
集中して、ととのえて、全力をだす。
面白そうだなあ。
自分のペースを掴むまで、継続できるかはあやしいけれど、やってみたい。

プールサイド

少し進むと、身長が高めの、髭を生やしてくっきりとした顔立ちの人がオーラをはなっていた。
足を止めると、これまたオーラをはなつ本が目に飛び込んできた。

表紙の『プールサイド』の文字がとても気になる。
オーラを放ってる方に、これはどう印刷したのか聞いてみると、
彼は著者で、隣にいる方が出版社さんだそうで、
出版社さんの方が答えてくれた。
一度印刷したものを破いて、またすこしズラして貼り合わせてスキャンしたらしい。
なるほど、表紙から手がかかっている。

本を開くと、目次には日付が並ぶ。
さらにページをパラパラと進めると、写真と文章が出てきた。
元々大阪で一緒に働いてた2人が、東京と大阪とバラバラになり、
東京での日常の写真と、大阪での日常の文章を
綴じたものだった。

自分の誕生日の日付でとまる。
文章を読んでみると、大阪市立科学館の話が出てきた。
小学生のとき何度も行った場所で、理科は一向に得意にはならなかったけれど、
特に惑星や漢方が好きで、科学館は大好きな場所だった。
本によると、なんとリニューアルしてるらしい。

「読む人がその日自分は何してたなあとか重ね合わせて読んでくれると嬉しい」

と著者の方が言う。たしかに、自分の過去の1日を思い出しながら、ほかの人は何をしてたんだろうと思いを馳せると、面白い。
あの時カフェにいたお兄さんは何をしてたんだろう、とか、そういや友達何してたんだろう、と考えると、
この世界にはほんとに色んな人がいて、自分が知ってることなんてほんとに少ないんだなあ、と思う。

まだ一日分しか読んでなかったけど、もっとこの方の日常を知りたい、読みたいと思う文章だった。

それに、一人ちょうど東京出身の大切な人友人のことを思い出した。
今は少し離れてしまったけれど、いつか本を一緒に書けたら楽しそうだなあ、
読み終えたらこの本をプレゼントするのもいいかなあ、とか思い、購入してその場をあとにした。

後から、彼からその本が天アンカットであることを聞いた。
本の上方だけ断裁されてなくてギザギザになっている装丁のことで、ふつうの装丁より手間がかかる。
とってもこだわってつくられた本だ。それに、もうこのイベント以外では手に入らないらしい。
友人にプレゼントするのが惜しくなってきたから、読み終わってから考えなおそう。

紅茶とマフィン『sakuri』

会場ですこし進むと、京都の本屋さんのところで小さい子どもたちが雑貨を販売していた。
一番小さい3歳くらいの子が重いポットを持って頑張ってチャイをいれてくれて、
さっきのスパイシーなチャイとはうって変わってあま〜い、童心に戻れるようなチャイだった。

そこのお店でかわいいキーホルダーを売っていたので、彼とのお揃いで買うことにした。

2周くらいぐるぐるしたところで、休もうと思って外に出た。
大通りに沿ってすこし歩く。買った本に心を踊らせて、自分好みのカフェを探す時間はたのしい。

大通り沿いなのに隠れ家的なカフェを見つけた!
いろんな種類の紅茶があるようで、おいしいフレーバーティーを飲みたくなり店内へ。

ソファ席には、ひとりはなかなかレトロな革のポーチを身につけている女子高生が3人いたり、
静かに自分の世界に沈みこんで本を読んでいる男の人、若いカップルなどがいた。

ほぼ満席で、カウンターに座る。
いちじくとクリームチーズのマフィンと、柑橘系の紅茶を頼んだ(名前忘れちゃった)。

待つ間、『プールサイド』をひらく。写真を見るだけで、なんだか分からないけど顔がほころんでくるような写真。
はたから見たら私はひとりでモナリザみたいな微笑を浮かべている人だったかもしれない。

このマフィン、ほんとうに美味しかった。
マフィンを食べにもう一回来たい。いちじくのとぅるとぅる感もクリームチーズもマフィン自体もぜんぶがさいこうだった。

ポットで紅茶をいただく。優しいオレンジの香り。紅茶やさんの紅茶しかかたん!

KITAKAGAYA FLEAの会場を回って感じたこと、
そこから思考がとんでいって考える彼のこと、友人のこと、
を徒然なるままにお気に入りの文庫サイズMDノート(透明カバー付)に書いていく。

そろそろ彼が来るということで、会場に戻る。
さっきまではひとりでも十分楽しんでいたのに、いざ来るとなると待ちきれない。
駐車場を探しに一瞬会場の前を通った彼の顔を見て、入口付近であっちこっち右往左往して、
15分くらいしてまだ着きそうになかったので、やっと3階にのぼった。

彼と一緒に。『愛の輪郭』

ハタチになる共通の友だちに、誕プレを買おうと探すことにした。
少し歩いて、私は足をとめなかったところで彼が足をとめる。

百万年書房という出版社さんで、
なかなか力強そうな本が並び、
その前には生命力がつよそうな、背が高めでスキンヘッドの50代くらいの方がいた。
サングラスをかけて黒い革ジャンを着たらほんとうにこわそうな方だったけれど、とても気さくに、やさしくお話してくれた。

彼は『愛情観察』という本をまずは手に取った。
相澤義和さんというInstagramではけっこう有名な写真家の本だそう。

ひらいてみて、パラパラして、一旦とじた。
人前で、どう反応したらいいか分からない本だった。
けれど、もっと見たくなる。何度もパラパラしたくなる。

彼はというと、目尻に皺をよせ、イタズラな満面の笑みで、ゆっくりページをめくっている。

最後に『愛の輪郭』を手に取った。
この本は、実際に著者が付き合っていた方との3年間を時系列に並べているそう。

最初の初々しい感じから、一緒に旅行に行き、日常を過ごす毎日が詰まっていた。

それはあまりに、生々しく、愛おしく、現実の手触りのある、
本人でもないのにわたしのあの日を重ね合わせて思い出してしまいそうな感覚になる、写真たちだった。
「これを見て泣き出してしまう女の子もいるんですよ。」と店主の方が言う。

彼はひとしきり悩んで、やっぱこれやな〜と『愛の輪郭』を手に取った。
すると、店主の方も「センスありますね〜!先に言わなかったけどこれが一番おすすめなんです」と嬉しそう。

帰り際、帰ったあと、彼は友だちに誕プレで渡してしまうのは惜しそうに、何度も何度もページをめくっていた。
私も密かに、何度も見てしまった。
そして、彼との今を愛おしみ、彼との未来に胸を踊らせた。

最後にスパイスカレーをたべた。
今日はスパイスを存分に味わえた1日だった。

夜の南京町

徳島への帰り道に、南京町に寄ることにした。
夜21時頃の南京町は店もほとんど閉まってしまっていて、22時まで空いている店で定食を食べる。
その後夜の赤い煌びやかな街で、写真を撮って遊んだ。

こんなに光が元気に色を発していると、こちらもテンションが上がってくる。
静かな肌寒さのある夜に、とんだりはしったり、光と一緒にエネルギーを周りに発散する。
なんだか、なんでもできる気がしてくる。わたしのための舞台のような気がしてきて、くるくる回る。

この後、ベンチの前で、若者たちがけっこうゆるめに、獅子舞の踊りの練習をしていた。

昼の南京町は人が多くてそんなに得意ではなかったんだけど、
夜はとても好きになった。

北加賀屋から、再出発

この頃、考えていることがうまく行かないことが続いていた。
やらなければならないこともふりかかってきていた。

何か、新しいシゲキはないだろうか。
何か、得体のしれないブラックホールみたいなのにひきずりこまれそうなわたしを引っ張ってくれないだろうか。

そんなことをもんもんと考えながら、北加賀屋に来た。

わたしの背中を押してくれたチャイ。
人との関係性についての新しい考え方をくれた雑誌。
友人との日々を思い出させてくれたエッセイ。
彼とのこれまでの毎日と今とこれからの愛おしさを、再認識させてくれた写真集。

色んなものがわたしに、これまでとこれからの橋渡しをしてくれた。

未知の場所・未知の本にふれることによって、
これまでのわたしを受け入れた上で
新しい・気づいていなかった世界の見え方を仕入れ、
日常の世界をあらためて見て感じ、
わたしを知り、わたしをカタチづくっていく。

“生きる”ということを濃縮して感じられた、とてもたのしい1日だった。

夜中、日付が変わってから徳島に着く。
今日は夕方不定期カフェのためのポップづくりだ。
わたしたちの選書が、誰かのこれまでとこれからに寄り添うものになればいいな、なんて、
夜の南京町での万能感に背中を押されてちょっとクサいことを思いながら、
1日中歩き回って疲れ果てて、しっかりお昼まで、オヤスミした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?