掌編小説『eraser』 ♯毎週ショートショートnote。
『殺してくれ』
彼は縋る様な視線を、私に向けた。
柔らかな前髪の下に覗く潤んだ大きな瞳。絹の様に滑らかな頬は青白く、結んだ唇が震えているのは恐怖だろうか。
「わかった」
私は彼の首元に凶器をぎゅっと押し付けた。そう、ここで一気に押すか引いてしまえば御陀仏だ。彼は覚悟を決めたかの様に目蓋を閉じ、下ろした両手の力を抜いている。
私は素直に彼の願いも受け入れる事にした。妥協からは何の感動も得られない。彼の言いたい事は充分理解できたから。
私は、さよなら、と唇の動きだけで別れを告げると消しゴムを握る指先に力を入れた。案の定ゴシゴシと二、三回ケント紙の上を擦っただけで、端正だった彼の顔は簡単に消えてしまった。これで彼はもう二度とおしゃべりは出来ない。
いつの頃からだろう、自分が生み出したキャラクター達が二次元の世界で意思を持ち、私に語りかけ始めたのは。そして最後には皆、殺してくれと懇願する。
私は彼が消えた原稿用紙を撒き散らし、嗚咽を漏らした。物語のなり損ない達が、机に突っ伏す私の背中にひらひらと降り積もっていく。
がんばれ。
遥か遠くから 懐かしい声がした。
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