日記より25-9「開催中止と収穫祭」

   日記より25-9「開催中止と収穫祭」         H夕闇
        七月十九日(月曜日)晴れ+熱中症警戒アラート
 昨夕やっと二回目のワクチンを接種した左肩が、けさから少々痛む。只(前回同様)腕を上げられない程ではない。朝からの暑さで頭が重いが、副反応とされる倦怠感とは別物だろう。
 久し振りにノート型PC(パソ・コン)を下の座敷きへ運んで、階上の(ゴルトベルクやらアベ・マリアやら)ピアノ練習を気だるく聞く。せめて涼感を、と書斎の散乱の下積みから風鈴を掘り出し、窓辺に吊(つ)るしてみたが、ソヨとも風が入らない。網戸越しに庭を眺(なが)めれば、木々の梢(こずえ)が時折り(思い出したように)緩く頽廃的に揺れたのだが。
 (夕方の発熱から逆算すると、ワクチンの副反応だったかも知(し)れない。一日ひどく暑苦しかった。)

 伜(せがれ)が週末ごとに一人ずつ子を連れてキャンプに行くことは、以前から聞いていた。二番目のMがジージ&バーバと行きたいと言うのだが、、、と誘われたのは、確か一月余りも前のこと。家内も行く気になって、近くのキャンプ場に当たったが、このコロナ下、野外活動は大はやりで、予約が取れない。取れても夏休み明けの見通し、と連絡して暫(しば)らく沙汰(さた)已(や)みになった。
 あどけない片言は老人連中を一喜一憂させるが、実現すべく奮闘する内、幼心(おさなごころ)の気まぐれが前言を忘れて、時に無邪気(むじゃき)な罪作りをする。今回も多分そんなケースだろう、と防衛対応で構えていた。
 が、実家の庭にテントを張らせて、と突然むすこから依頼が飛び込んだ。妻は一も二も無くOKしたが、我が家の庭は草ボーボー、蚊がブンブン、とても環境の良いキャンプ・サイトとは言えない。
 かくして、電話の翌日に僕は大車輪。おととい(土曜日)仕事を早く切り上げて昼下がりに来ると言うから、ザッと大雑把(おおざっぱ)に草を毟(むし)る猶予(ゆうよ)時間が午前中の半日は与えられた訳だ。つゆ明け直後の炎天下、僕は大きな麦藁(むぎわら)帽子(ぼうし)に軍手と長靴(ながぐつ)で奮起した。
 所(ところ)が、会社からの追伸では、仕事が捗(はかど)らないとのこと。実際に二人(むすことむすこのむすこ)の車が到着したのは、かれこれ夕暮れ時だった。もうテントを張るのは中止し、室内でビールと焼き肉に一決。いやはや、半日を汗みずくに費(つい)やした草刈りの大仕事が(儚(はかな)くも!)徒労に帰した。尤(もっと)も、飲んだり喰(く)ったりした後、暗くなった庭で久しぶりの花火大会。必ずしも骨折り損(ぞん)のくたびれ儲(もう)けではなかった、と少しく慰(なぐさ)められた。
 久しぶりに訪れた孫は、居間(いま)の鳩(はと)時計を覚えているらしい。折り折りに扉が開いて鳩が登場し、ポッポと時刻の数だけ鳴く仕掛け。これはMの父親(伜)が産まれた時に買った記念品だ。アメリカの童謡「大きな古時計」を知ってか知らずか、Mは口を薄く開けて放心したように時報を見詰(みつ)める。

 埒(らち)が明(あ)かぬ仕事を結局むすこは持ち帰っており、その晩も一人で遅くまで起きていたらしい。それと察した訳でもあるまいが、孫のMは「ジージと寝る。」と言い出した。普段づかいの枕(まくら)をリュックで持参したが、寝床に慣れぬらしい。その上(窓を細目に開けても、)暑さの寝苦しく、小一時間も輾転(てんてん)反側(はんそく)した後、Mは冷蔵庫へ立つ。父親は未だPCに向かって呻吟(しんぎん)中だった。
 これが今はやりの在宅勤務とかリモート・ワークとか云(い)うものか。職場じゃないのに持ち帰り仕事、勤務時間外でも公用電話が来て、昔以上に公私が曖昧(あいまい)でボーダ・レス。けじめを付けてキッパリ気分転換など出来そうにない。要するに、サービス残業か。今日の若者の職業事情を気の毒に思う。
 Mは飲み物を口にすると、間も無く床へ戻って寝付いた。夜中に小さな手足が突然ぶつかって来て、僕の睡眠を寸断。その度(たび)に、寝冷えせぬようタオルケットを腹に掛けてやる。けがや病気などの不幸から何としても守らねば成(な)らぬ、といった子育ての間断なき緊張感(子供たちが巣立ってから永らく忘れていた生活感覚)が思い出された。それに比べ、今は何と気楽な御隠居(ごいんきょ)暮らしか。
 その感慨に耽(ふけ)る内、キシキシと微(かす)かに(だが確かに)断続的な物音が聞こえた。耳を欹(そばだ)てて暗がりを探るに、どうも歯軋(はぎし)りらしい。学校に上がったばかりの小さい子にチョット結び付かなかったが、どうやら孫が発するに違い無い。幼い心理に何が一体(いったい)それ程のストレスとなっているのか。
 勉強が難しいのだろうか。同級生の中には、性の合わぬ相手も有るだろう。それでなくたって、集団生活は気疲れなものだ。糅(か)てて加(くわ)えて、一々マスクと手洗いを強(し)いられ、子供らしい大はしゃぎを禁じられる昨今だ。国の面子(メンツ)でオリ・パラは強行されるのに、運動会など発散イベントは軒並み中止。隣家の小学生Tちゃんは先日どうやら修学旅行へ行けたが、「時短」だったそうだ。
 二道県が(内一県は未曽(みぞ)有(う)の原発事故の被災地だが、)「復興五輪(オリンピック)」の観客を返上。その隣県M知事は観客を一万人も呼ぶと主張し、(多くは県外からの観戦者だろうから、)選挙の近い県庁所在地K市長は(開催中止とは言い出せぬまでも、せめて)無観客を訴えて、県内で対立。この分断とゴタゴタの状況で、(S首相の如(ごと)く)スポーツの感動を記憶に留める素直な子は、果たして居るだろうか。国民の大多数や医療関係者の不安を無視したスポーツの祭典を期に、寧(むし)ろ運動嫌いの少年少女が増えそうな気がする。
 幼子(おさなご)の歯軋り、ストレスの原因は何なのか。兄弟姉妹で玩具や食べ物その他の争いは、昔この家にも日々の恒例だったが、何とか大過なく育ってくれた。紛争国や飢餓地帯と違って、日本では十中八九そうやって大きくなれるだろう。非行、いじめ、引(ひ)き籠(こ)もり等に陥(おちい)ること無く、健(すこ)やかに成長して欲(ほ)しい。あどけない寝顔を眺め乍(なが)ら、そう願った。いやいや、取り越し苦労せぬのが安心立命(あんしんりつめい)の元、この寝相の悪さはノビノビ元気な証拠だ、と一人言(ひとりご)ちて、無為(むい)自然の眠りに落ちた。

 翌朝五時、脇(わき)でムックリ起き上がる気配を感じて、目が醒(さ)めた。起きた途端に、Mは柱時計を見上げて(もう時刻が読み取れるのだが、)「バーバと散歩に行く約束した。」と呟(つぶや)いた。
 家内は大概(体調や天気が悪くなければ、)早朝にN公園へ散歩する。昨夜その話しを孫としていたのだ。小さな足音が階段をヨッコラやっこら昇って行った。父親が居間で未だ寝ているので、間も無くソーッと二人が降りて来た。                             
(日記より、続く)

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