「魔法少女と麻薬戦争」第1話脚本


深夜の路地裏。ヤクザ風の中年男――高松が、路上に散乱するゴミを蹴飛ばしながら必死に逃げる。全身泥まみれで、肩口からは血が滲んでいる。
高松「ハァ… ハァ…」「クソっ あの化け物が…!」

細い路地に逃げ込み、壁に背をつけて息を整える。
壁から半身を乗り出して追っ手の様子を探ろうとしたとき、いきなり後ろから声をかけられる。
「…あはっ」 

恐る恐る振り返る。
視線の先にいるのは、ブレザーの制服を着た黒髪ショートの少女。先端に星型のオブジェが付いた、子供の玩具のような「魔法のステッキ」が握られている。
少女「やっと追いつきました」

恐怖で腰が抜けた高松。
「ひ…」と小さく漏らしたあと、半狂乱状態で叫ぶ。
高松「ど、どうして俺を狙う⁉」「何者なんだてめえはっ!」

少女はステッキを顔の前でひらひらとさせ、挑発的な視線を高松に送る。
少女「あれ?見てわかりませんか? “魔法少女”ですよ」

氷点下の殺意を瞳に宿しながら、少女は怪しく発光するステッキの先端を高松に向けた。
少女「ヤクの売人を惨殺するのが趣味なんです」

寂れた路地裏に大量の血液が飛び散る。
高松「ぎっ…ぎゃあああああああっ!」


虚ろな目をした痩身の男が、大きく開いた口の中にマーブル模様の飴玉を放り込もうとしている。男は見るからに重度の薬物中毒者といったボロボロの風貌。
モノローグ「その“キャンディ”が現れてから」「この国はおかしくなってしまった」

痩身の男は一瞬にしてトリップ状態に。路地裏の落書きだらけの壁に背を預けて座り、白目を剥き、涎を垂らして快楽に震えている。
モノローグ「主成分は 砂糖・水飴・酸味料・香料・着色料…」「――まあ、ただの飴と何も変わらない」

無造作なパーマのかかった黒髪、南米の血が混じった褐色の肌が印象的な若い男――煤井秋良が、中毒の男を憐れむように見下ろしながら煙草を咥える。
モノローグ「この“キャンディ”にヘロインをはるかに超える快楽作用がある理由は」「世界中の科学者が分析してもまだわかっていない」

煤井は紫煙を吐き出す。
煤井「…で?」

煤井は、顔面蒼白の売人3人組に鋭い視線を向ける。
煤井「今月の売上(アガリ)が30万も足りない理由は?」

売人の一人が、媚びるような笑みとともに弁明する。
売人「す、煤井さん 勘弁してくださいよ」

様々な人種の犯罪者たちが堂々と闊歩する渋谷の裏通り。道端には異常行動を取る中毒者たちが集まっており、明らかに現実の東京よりも治安が悪い。
売人「今や、東京の路上は戦場なんです…!」「敵は同業者(ヤクザ)や半グレだけじゃねえ」「巨大な利権を求めて 世界中からギャングや麻薬カルテルどもが殺到してる…!」
「俺らみたいな弱小は 隅っこでチマチマ商売するしか…」
煤井「あん? 弱小…?」

「あ、いえ…」と口ごもる売人の胸倉を掴み、煤井はゼロ距離で怒鳴りつける。
煤井「おれの聞き間違いだよなぁ…?」「まさか今の 山科組(ウチ)のことを言ったわけじゃねえよなあ⁉」

胸倉を掴まれたまま宙に浮かされ、半泣きの売人は何度も首を縦に振る。
煤井「なあ、そうなんだろ⁉」
売人「そ、そう! 聞き間違いですっ!」

感情を爆発させ、片手で男を壁に投げつける煤井。
煤井「てめっ おれの聴力をバカにしてんじゃねえーーーーっ!」

売人をボコボコにする煤井の背中を、残された2人が呆然と見つめる。
男A「お、おっかねー…」「パワーが日本人のそれじゃねえよ」
男B「父親が南米のギャング出身って聞いたぞ」「喧嘩でこの人に敵うヤクザはいねえ」

煤井は売人にヘッドロックを浴びせながら、解放感に満ちた笑顔を2人に向ける。
煤井「あ、お前らも連帯責任な 楽しみにしてろ」

2人の男は涙を流しながら、辛うじて「………ハイ」と答える。

完全にノックアウトされた男たちを椅子代わりにして座りながら、煙草に火をつける煤井。
煤井「しかし上納金(ノルマ)どうすっかな…他所の売人でも襲っちまうか?」

ジャケットに入れていたスマホが鳴る。気だるそうに電話に出るが、一瞬で表情が固まり瞳孔が開く。
煤井「…え?」「本当ですか?」


二階建ての古びた一軒家に、喪服を着た強面の男たちが集まっている。こじんまりとした祭壇にはシーン①で殺された高松の遺影がある。

精進落としの場で、神妙な顔をした中年男たちがビールを呷りながら話している。
男A「…しかし “麻薬戦争”ってのは誇張じゃなくなってきたな」「今月だけで何人のヤクザが殺された?」
男B「会長は報復を指示すると思うか?」
男A「バカ言え。相手がイカレた麻薬カルテルだったらどうする」「山科組なんて求道会(ウチ)じゃ末端の団体だろ 若頭の高松が殺されたくらいで危険は冒せねえ」

向かいの席で男たちの会話を聞いていた煤井がビール瓶を持ってそちらへ向かい、ビールを男Aのグラスに注ぎながら呟く。
煤井「…まあ安心してくださいよ 若頭(カシラ)の仇は必ず討ちます」
煤井は凍てつくような視線を二人に向ける。
煤井「…どんな手段を使っても」

ビールの注がれたグラスをお膳に叩きつけ、男Aが苦々しく呟く。
男A「…イカレた南米野郎が」「カルテルやギャングどもに常識は通じねえぞ」「奴らを怒らせたら一族郎党皆殺しだ」

煤井は一歩も引かず、男Aを睨みつける。
煤井「求道会は関東最強のヤクザでしょう」「カシラを殺ったのが何者だろうと 探し出して丁寧にブチ殺すのがウチの流儀だ」

2人は沸騰寸前の表情で煤井をにらみ返す。
男B「…てめえ 下っ端の分際で」

臨戦態勢となった煤井だったが、背後からの声で我に返る。
「その辺にしとけ 煤井」

スキンヘッドの大柄な男――柏木が、煤井の頭を掴んで謝罪させる。
柏木「兄貴方 申し訳ありません」「このバカが大変な粗相を…」
煤井「叔父貴…」

溜飲を下げた様子の男たちは、柏木を睨みながらもビールを飲む。
男A「柏木… こいつに礼儀作法を叩き込んどけ」
柏木「…はい すみません」
意味深な視線を床に向ける柏木。


首都高を飛ばす黒塗りの高級車の車内。
運転席でハンドルを握る煤井が叫ぶ。
煤井「叔父貴! あんな連中に頭下げる必要あったんすか⁉」

後部座席に座る柏木は紫煙混じりの溜息を吐く。
柏木「煤井 死にかけの野良猫が道端に倒れてたらどうする」「いくらお前でも少しくれーは可哀想に思うだろ」「機嫌がよけりゃ最期を看取ってやるかもしれねえ」
煤井「…いったい何の話ですか」

柏木は窓の外を睨みつける。
柏木「…いいか ああいう腑抜けた連中は近いうちに淘汰される」

倉庫に集められた大量の重火器と、軍隊式の訓練をする若い男たちのイメージ。
「求道会(ウチ)が今 重火器を大量に買い漁ってるのは知ってるか? 有望な若手を海外の傭兵会社に派遣して実戦経験を積ませてることは?」
煤井「…初耳です」

柏木は口の端を吊り上げる。
柏木「会長は 戦力を増強して麻薬戦争に備えるつもりなのさ」
柏木「“キャンディ”の商売にはそれだけの旨味がある」「同業者(ヤクザ)や外国のギャングどもを敵に回してでも 東京の覇権を握らなきゃならねえ」

路地裏で惨殺された高松の死体のカット。
柏木「高松のカシラも しょせん器が足りなかったのさ」「こんな弱小団体の若頭で満足してるようじゃ とてもこの先の戦争に適応できたとは思えねえ」

柏木はぎらついた目を運転席の煤井に向けた。
柏木「…お前は違うよな、煤井?」
煤井(まさか この人がカシラを…?)

柏木「2年前に拾ってやった頃 お前は暴力に憑りつかれた野犬だった「だがおれなら上手く使ってやれる」

柏木が耳元で何かを囁いてくる。
柏木「いいか煤井 実はな…」

煤井は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに表情を引き締めた。
煤井「…はい 望むところです」


柏木を高級マンションまで送り届けたあと、煤井は一人で夜の繁華街を歩く。尾行を警戒しながら入り組んだ道を進み、いかがわしい雑居ビルの階段を昇る。
『激安 DVD・おもちゃ』というボロボロの立看板の前に到着。煤井は黒いのれんを潜り、狭苦しい店内をかき分けるように進む。

そこで制服姿の少女とすれ違い、肩を少しぶつける。慌てる少女の手から零れ落ちるエロDVD。こんな店に似合わない彼女を怪訝に思うが、煤井は無視して進む。
少女は、煤井の背中に意味深な視線を向けていた。

煤井はカウンターに座る男店主に話しかける。
煤井「…矢島さんは?」

店員は目も合わさず、震えながらレジカウンターの奥にある扉を指差す。
煤井が事務所に入ると、応接ソファに座ってAⅤ鑑賞している眼鏡の男――矢島が手を挙げてきた。
矢島「やあ 煤井巡査部長」「今日もお勤めご苦労さん」

煤井は向かいのソファに腰を下ろし、テレビで流れているAⅤを嫌悪感たっぷりに見ながら煙草に火をつける。
煤井「…迂闊な発言はやめろっつってんだろ クソ野郎」

矢島はヘラヘラと笑う。
矢島「大丈夫だって」「ここの店長には 盗聴でもしたらブタ箱にブチ込むとキツく言ってある もちろん児童ポルノ禁止法違反でね」

煤井は拳銃を取り出し、矢島の脳天に向ける。
煤井「…あんまふざけてっと 店長の掃除の手間が増えちまうぞ」
矢島「よしよし すっかり極道が板についてきたねえ」

煤井は座り直し、言葉と表情に殺意を込める。
煤井「わかってんのかよ?もし潜入捜査がバレたら、おれは速攻で深海魚のエサだ」
矢島「ははっ そう怒んなよ煤井く~ん」

舌打ちして煙草を吹かす煤井。
モノローグ「厚生労働省直属の麻薬取締官――それがおれの正体だ」

名刺を差し出してくるスーツ姿の中年男、気絶した不良の胸倉を掴んだままそちらを見る18歳の煤井。
モノローグ「高校卒業と同時に非公式でスカウトされ」「広域暴力団・求道会の下部組織に潜入することになった」

矢島「子供の頃から有名な狂犬だったきみを 潜入捜査官だと疑う奴はまずいない」「“キャンディ”の売人に対する強烈な憎悪と 容赦のない暴力も高評価ポイントだね~」「こんな危険な仕事 まともな人間には任せられないから」

煤井は無表情のまま矢島からリモコンをひったくり、AⅤを流し続けるテレビへと全力で放り投げる。液晶が粉々になり、画面はブラックアウト。

「あの ぼく一応上司…」とドン引きする矢島を殺意たっぷりの目で睨みつける煤井。
煤井「…さっさと本題に入るぞ」
煤井の目が冷たく光る。
煤井「求道会は今 着々と麻薬戦争の準備を進めてる」

矢島の表情から軽薄さが消え、目の色が変わる。
矢島「…! 何かきな臭い動きでもあるの?」
煤井「奴らは、キャンディの“製造者”と直接取引をするつもりだ」

大量の冷や汗をかく矢島。
矢島「…今、日本で流通してる“キャンディ”のほとんどは 中南米の麻薬カルテルからヤクザや半グレが仕入れたものだろ」「そこをすっ飛ばして直接取引⁉正気じゃない!」
煤井「利権を奪われるカルテルは怒り狂うだろうな」「間違いなく この東京で最悪の麻薬戦争が始まる」

矢島「クソっ!イカレてる…!」
煤井「…でもこれは “製造者”に近付く絶好のチャンスだ」

交錯する視線。
矢島「まさか…取引に同行することになったのか」
煤井「ああ」
矢島「…気をつけないと死ぬよ 煤井くん」
煤井「今更そんなことにビビらねえよ」

煤井は煙草をテーブルに押し付けて立ち上がる。
煤井「最初の取引は一週間後だ …また連絡する」

夜の街を歩く煤井。
瓶に詰められた大量の飴玉のイメージ。
モノローグ「ただの飴を史上最悪の麻薬(キャンディ)に変える方法を知る唯一の存在」「“製造者”と呼ばれる連中を見つけ出すのが 麻薬取締部の最終目標だ」


5台の黒い車が一列になって山道を走る。煤井は運転席で真剣な表情。後部座席には煙草を吹かす柏木。
モノローグ「“製造者”の情報はほとんど明らかになっていない」「世界各国の麻薬捜査官が血眼になって探しても 手に入るのは真偽不明の噂ばかり」

山間部にある廃墟に到着。後部座席のドアを開け、柏木が車から降りるのを待つ煤井。目の奥には覚悟。
モノローグ「確かな事実は2つだけだ」「“キャンディは世界中に広がり、今も地獄を量産し続けている”」「――そして」

一瞬だけ、こちらに包丁を向けてくる血塗れの中年女性の記憶がフラッシュバック。
煤井は目を閉じて後部座席のドアを閉じる。

煤井はこれから向かう廃墟を睨みつけた。5台の車からは黒服の男たちが続々と降りてきている。
モノローグ「“キャンディ”を作って売り捌く外道どもは 全員まとめてくたばるべきだ」


十数人の男たちとともに、廃墟の内部(壁や床の至る所に弾痕がある)を進む。
荒れ放題の廊下の途中で柏木が呟く。
柏木「…運命ってもんについてどう思う 煤井?」

煤井は少し考えて答える。
煤井「…靴の裏についたガムみたいなもんです」「どれだけ擦っても剥がせない」
柏木「はっ お前らしい見解だな」

ゴミが散乱する狭い部屋で、虚ろな目で立ち尽くす瘦せた少年(13歳)と、彼にしがみつく幼い妹のイメージ。
柏木「コロンビアから出稼ぎにきた親父とソープ嬢の母親が 避妊に失敗した結果がお前だ」「両親は揃いも揃ってキャンディ中毒」「兄妹は当然のように無戸籍児」

柏木は立ち止まり、煤井に憐れみの目を向ける。
柏木「大量の借金をこさえて 精神を病んだ結果が一家心中か」「13かそこらで路上に放り出されたお前の苦労は …計り知れないものがあっただろう」

煤井は照れくさそうに頬を掻く。
煤井「どうしたんですか 昔話なんて…」「叔父貴らしくもねえ」
柏木「いや…おれは納得してんのさ」
煤井「え?」

柏木が銃口を向けてくる。
柏木「だからお前は “キャンディ”を憎悪してんだろ?」

目を見開く煤井。
間髪入れずに銃声が響く。左太腿を撃ち抜かれ、鮮血が弾ける。
野太い悲鳴を上げながら膝をつく煤井は、血が溢れる太腿を手で押さえて痛みに耐える。

いつの間にか黒服の男たちが彼を取り囲み、一斉に銃口を向けていた。
煤井は脂汗を滲ませて柏木を睨む。

煤井「どういうことですか…?“製造者”との取引は…」

柏木はニヤニヤと笑いながらしゃがみ、煤井の脳天に銃口を向ける。
柏木「…何を寝惚けてる」「潜入捜査官のてめえが そんな取引に同席できるわけねえだろ」
煤井「は…? どうやってそれを…」
柏木「最初からだよ ネズミ野郎」

柏木がチラリと後ろに目を向ける。
曲がり角から顔を出したのは、麻薬取締部の上司・矢島だった。正気を失った狂暴な笑みを浮かべている。
矢島「てめーは用済みなんだよ! 煤井ィィ…!」

矢島はキャンディを口に放り込み、バリバリと嚙み砕く。すぐに白目を剥き、正気を失って喚き散らす。
矢島「上層部がてめーを潜入捜査官に任命したときは肝が冷えた…!」「“キャンディ”への憎悪が強すぎて どんな見返りを与えても寝返りそうにねえからな」「どうせ“こっち側”に引き込めねえなら さっさと殉職させてやるしかねえよな⁉」

なおも喚く矢島をバックに、柏木が至近距離で囁いてくる。
柏木「…まあ つまりそういうことだ」「あのクズは随分前から“キャンディ”で調教済み」「警察内部の情報をせっせと流してくれてる」

柏木は顎を掴んで持ち上げてくる。
柏木「いいか? おれはこんな末端の組に収まるような人間じゃねえ」「てめえの首を会長に献上して 求道会をのし上がってやる」

銃口が煤井の脳天に突き付けられる。
柏木「光栄に思えよ てめえは覇道の礎となって死ぬんだ」

煤井は、絶体絶命の状況には不釣り合いな笑みを浮かべていた。拳銃のスライドを強く握りしめる。
煤井「…いやあ むしろ助かった」

すさまじい力で、銃口が明後日の方向に向けられる。
柏木(こいつ… なんて力だ…!)

煤井は柏木から拳銃を奪い取った。
煤井「ちょうど面倒臭かったんだよ」「身分を隠してコソコソ暗躍して… てめえみたいなクズに頭下げるなんて性に合わねえ」

壮絶な笑みとともに、煤井はトリガーを引く。
煤井「…なあ もう全員ブチ殺して構わねえんだよなぁ⁉」

銃弾は肩を掠める。傷口を押さえながら、柏木が叫ぶ。
柏木「てめえ… 楽には殺さねえぞ…!」

四方八方から放たれる銃弾。何発かが身体に着弾し、右手も撃ち抜かれて銃を取り落とす。
それでも煤井は暴れ続け、数人の黒服をなぎ倒していく。
そのまま包囲を抜け出して柏木へと突進。血だらけの右手で顔面を殴り飛ばす。

なおも銃弾を肩に浴びている最中、トリップ状態の矢島と目が合う。
煤井「…そうか てめえが一番の害虫だったなぁ」

逃げようとする矢島の側頭部に飛び蹴りを食らわせ、そのまま馬乗りになる。
トリップ状態の矢島は、自らをタコ殴りにする煤井を恐ろしい怪物のように幻視した。
矢島「ひっ ばばば化け物っ…!」

顔面に重い拳を数発浴び、「ぺぎっ」という間抜けな悲鳴とともに沈黙する矢島。
顔面が崩壊した元上司を見下ろし、煤井はやり切った表情。
煤井「はっ 最低限の仕事はしたかな」

背後からは、柏木が振り下ろす鉄パイプが迫ってきている。

後頭部に一撃を受ける直前、煤井は苦々しく呟く。
煤井「…くそっ」

画面が暗転。


荒れ果てた狭い部屋で、包丁を向けてくる母親。後ろでは父親が首から血を流して倒れている。
母親「だって… もう“キャンディ”を買うお金がないの」「全部終わらせるしかないじゃない?」

怯えた顔で母親を見上げる13歳の煤井。彼は血塗れの妹の遺体を抱き締めていた。
煤井「やめて… お母さん…」

母親「ごめんね… 一人で死ぬのは寂しいから」
母親が泣きながら包丁を突き出してくる。


悪夢から覚め、目を見開く煤井。
息を荒らげて周囲を見渡す。窓もない廃墟の一室で、天井からぶら下がった裸電球だけが周囲を照らしている。薄暗い部屋には、柏木や黒服の男たちもいた。

視線を下に向けると、手足がロープで椅子に拘束されていた。
上着を脱いだ柏木が、血塗れの手を布で拭きながら近付いてくる。
柏木「…やっと目ェ覚めたな」「じゃあ拷問を再開しようか」

ここでようやく、煤井の全身が露わになる。
椅子に拘束された両足の爪は全て剥がされ、両腕は万力で固定され、服を着ていない上半身の至る所に釘が刺さっている。夥しい拷問の痕。

煤井「…高松のカシラを殺ったのもあんたか」
柏木「違えよ まあいずれ消すつもりではあったが…」「てかよ――」

柏木がノコギリで煤井の左腕を切断しにかかる。
柏木「そんな下らねえこと考えてる余裕あんのか? ああ⁉」

飛び散る鮮血。絶叫する煤井。吐き気を堪える部下たちを尻目に、「はははははは!」と哄笑する柏木。
ついに左腕が切り落とされる。柏木は部下に持ってこさせたガスバーナーを手に取る。
柏木「さっさと止血してやらねえとなあ…! すぐに死なれちゃもったいねえからよ!」

切断面に炎を放ちながら絶叫する柏木。
柏木「これからてめえを考えうる限り最も残酷な方法でブチ殺し!」「汚え死体を東京のど真ん中に展示してやる!」

開ききった瞳孔のアップ。
柏木「ポリ公どもは恐れ戦き 二度と俺たちに対抗できなくなる…!」「わかるか? これから日本もメキシコみてえな国になるんだよ!」「麻薬(キャンディ)を大量に売り捌く者だけが全てを牛耳る 悪党どもの楽園にな…!」

煤井(まさか… おれは終わるのか?)(こんなところで?)

煤井は涙を流し、ぎゅっと目を閉じた。
煤井(クソ 死んでたまるか…!)(外道どもを皆殺しにするまでは 絶対に…)



「…あはっ」
突然の声に、煤井は目を開ける。

DVD屋ですれ違った制服姿の少女が煤井の顔を覗き込んで悪戯っぽくわらっていた。煤井は目を見開いて硬直する。
少女「これは痛そうですね…」「助けてあげましょうか?」

煤井「…お前 店にいた…!」
少女は穏やかな笑みを浮かべ、掌を前に突き出す。何もない場所から出現させた魔法のステッキを握りしめた。
凛々「どうも 久しぶりですね」「わたしは星名凛々――“魔法少女”をやってます」

柏木は動揺してバーナーを取り落とす。
柏木「何なんだてめえっ…! さ、さっきまで誰も…!」

凛々は飄々とした態度で笑う。
凛々「ずっといましたよ? あなた方には認識できないだけで」

柏木は半狂乱になって叫ぶ。
柏木「撃てっ! 煤井もろとも撃ち殺せっ!」

四方八方から放たれる銃弾。凛々は余裕の表情を崩さず、ステッキを突き出す。
銃弾の雨が届く寸前で、中央に【◀◀】のマークが描かれた魔法陣が前方に浮かび上がる。

無数の銃弾が空中で停止。一つ一つに発光する文字列が纏わりつく。
逆再生されたかのように、銃弾が黒服たちの拳銃に戻っていく。
凛々「…“キャンディ”の正体を教えてあげましょうか」

発光する文字列は拳銃にも纏わりついていく。
凛々「あれ実は 何の変哲もない飴なんです」「魔法少女の魔力が込められてることを除けばね」

全員分の拳銃が、組み立て前の細かい部品に分解されていく。
凛々「ただ…普通の人間が摂取すれば 精神(こころ)なんて簡単に壊れちゃうみたいですね」「人類の歴史上 最も上質な麻薬の出来上がりです」

悲鳴を上げて逃げ惑う男たち。凛々は呆然とする煤井に近付いていく。
煤井の鼻先にステッキの先端が向けられる。
凛々「“巻き戻れ”」

魔法陣が椅子を取り囲むように浮かび上がり、文字列が煤井の全身にまとわりつく。
床に落ちていた煤井の左腕が断面に吸い寄せられ、全身に刺さっていた釘やナイフが抜け、あらゆる傷が急速に再生されていく。
拘束に使われているロープが独りでにほどけて自由になっても、煤井はまだ驚愕で動けない。

凛々は天真爛漫な笑み。
凛々「“対象物の状態を任意の時間まで巻き戻す” ――それがわたしの魔法です」

絶句して口をパクパクさせる煤井。
凛々「なに驚いてるんですか?」「魔法少女なんだから そりゃ魔法くらい使えますよ」

煤井は混乱する。
煤井(魔法少女⁉ 何を寝ぼけたこと言ってんだ…⁉)(い…いや、でも今のは…)

凛々は煤井のネクタイを掴んでぐいっと顔を近付ける。
凛々「本題に入りましょう 煤井秋良さん」
煤井「な…おれの名前…」
凛々「命を助けてあげる代わりに ちょっと取引しませんか?」
煤井「はあああ⁉」

二人の背後で連続した銃声が響き、会話が中断。
出口に走っていた黒服の男が、後頭部を撃ち抜かれて倒れ込む。

短機関銃の銃口から白煙を立ち昇らせながら、柏木が怒りに震えていた。
柏木「逃げようとした馬鹿は おれが直々に殺してやる」「このガキどもを肉塊に変えた後でな…!」

溜息とともに立ち上がり、ステッキをかざす凛々。
凛々「ふう… 大事な商談の途中なのに」

ステッキが発光すると、床・壁・天井の至る所に魔法陣が浮かび上がる。
恐慌状態になった柏木が短機関銃で撃とうとするが、文字列が銃身にまとわりついてバラバラのパーツに分解されていく。スーツの袖までもが繊維に戻っていく。
柏木「う…うああああああっ!」

凛々は瞳の奥に殺意を宿らせる。
凛々「わたしの邪魔をした代償は大きいですよ 粗大ゴミのみなさん」

何もない空間から銃弾が殺到し、柏木を含む男たちは蹂躙されていく。凄まじい轟音で、悲鳴すらも掻き消されていく(見開きの大ゴマ)。

銃弾の雨に晒される男たちに冷たい笑みを向ける凛々。
凛々「部屋全体の状態を12時間前に“巻き戻し”ました」「その頃廃墟(ここ)に来て 至る所で銃を撃ちまくっておいたんです」

凛々「そうそう さっきの話の続きでしたね」
誰一人として原型を留めていない血の海を背景に、凛々が振り返る。
凛々「わけあって、わたしは一人では活動できません」「だから手を組みませんか」

返り血に染め上げられた顔で、凛々は笑う。壊れた壁から差し込む光に彩られて、その姿はどこか神秘的だ。
凛々「一緒に、“キャンディ”の製造者どもを皆殺しにしましょう」

笑顔のまま至近距離で脅迫してくる凛々。
凛々「安心してください 勝算はちゃんとありますよ」「ちなみに若頭の高松さんを殺したのも計画のうちです」

モノローグ「その少女は、さも当然のように――自らを“魔法少女”と名乗った」

凛々「というか、あなたに拒否権はないんですけどね」「わたしが魔法を解いたらズタボロの肉塊に逆戻りですし」「たぶん余命10分くらいです(コマの外で小さく)」
モノローグ「いやいや、魔法少女? 意味不明だ」「死の淵で幻覚を視ているだけなのか?」

煤井は胸ポケットをまさぐり、煙草に火をつける。
凛々「あの、話聞いてますか?」「あなた今脅迫されてるんですよ?」
モノローグ「だが――これがたとえ悪い夢でしかないとしても」

煤井は紫煙混じりに呟いた。
煤井「…わかった 乗ってやる」「計画のために おれを好きに利用してくれていい」

煤井と凛々はお互いの目を見つめ、不敵に笑い合う。
モノローグ「おれたちの目的は 笑えるほどに一致していた」

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