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最近の【ほぼ百字小説】2024年5月25日~6月5日

*有料設定ですが、全文無料で読めます。

【ほぼ百字小説】をひとつツイート(ポスト)したら、こっちでそれに関してあれこれ書いて、それが20篇くらい溜まったら、まとめて朗読して終わり、という形式でやってます。気が向いたらおつきあいください。

5月25日(土)

【ほぼ百字小説】(5228) 柔らかい泥を薄い蓋で覆っただけのあの地面の下にはガスが蓄えられ、さらに日光で熱せられた状態で、点火されるときを待っている。当初の予定にはなかった薪までたっぷりと用意された。カウントダウンは続いている。 

 なんともぶっそうな話ですが、素人目に見てもいかにもヤバそうな感じです。いや、ほんと、どうするんでしょうね。何とは言いませんが。

【ほぼ百字小説】(5229) 甲羅干しをするために、日当たりのいいところへと自分で移動する。そんな小さな自走式発電ユニットたちが、並んで甲羅を干しているところを想像する。自走式というより自歩式か。そんな景色の中に人間はいらないな。

 カメというかメカというか。メカのカメですね。亀はもともと鉱物っぽいから、メカとの相性もいいんじゃないでしょうか。そして、そういう連中が勝手にやってる世界になると、人間は余計ものだろうなあ、とか。まあ『カメリ』とか、そんな感じですね。

5月26日(日)

【ほぼ百字小説】(5230) ゲラが来るたび、げらっげらっげらっげらっ、と口ずさみながら、それを歌っていたアイドルのそれとは違う持ち歌が流れる暗転の中で定位置につき、頭の上で明かりが灯るのを待っていたことを思い出す。狸の役だった。

 本当にあった話、というか、今がそれです。実際にそういうことがあって、そしてこういう順序で思い出す。超人予備校という劇団の『木の葉オン・ザ・ヘッド』という芝居でした。狸です。「ハッパかけたげる、さあカタつけてよ」から「ハッパ」の部分がループして、そして明かりが入る、という段取りでした。暗転板付き、というやつ。頭の中で歌いながらノリノリで暗転の中スタンバイしたのを憶えてます。ゲラからそこまで一瞬で行ってしまう人間の記憶の繋がり具合と絡まり具合はほんとに不思議でおもしろくて、実際それが小説を小説にしているものなんだろうと私は思うんですが、それはまたいずれ。

【ほぼ百字小説】(5231) 子供の頃から繰り返し見た夢で、その頃のテレビがそうであったように色のない白黒の映像だったが、最近になってそこに色が着いて、送り出される自分に向かって振られているたくさんの小さな旗が日の丸だとわかった。

 本当にあったこと。と言っても、夢じゃなくて、これはウルトラQの「あけてくれ」なんですよ。とにかくあの最初のところがほんとに怖くて、悪夢そのものでした。電車の周りに自分の知り合いが見えるところ。もうこの人たちに会えない、というのがはっきりわかる感じ。そして、大人になってからウルトラQに着色したカラー版が出て、それでこれを見直したら、そうだったんですよ。そういう映像が入ってた。モノクロだから他の映像に紛れてわからなかったんですが、カラーだと赤がくっきり見えるんですね。あと、夢って、昔は白黒だったんですよ。私は子供の頃そうだったし、なんで夢は白黒なのか、みたいな話をしてたこともある。色のついた夢が当たり前になったのは、テレビがカラーになった頃で、そしてそれは実際にかなり関係が深いんじゃないかと思ってます。

5月27日(月)

【ほぼ百字小説】(5232) 朝起きて空を見ると、筋のような雲が何本も並行に伸びて、どこまで行っても青と白の縞模様。それが見る見る降りてくる。何日か前から近所のいろんなものが縞模様になっていたのはこのためか。縞に紛れて生きるのか。

 まあうっかり者あるある、みたいな感じですね。みんな、もうとっくに準備していたのに、そのときになって初めて、ああ、そういうことだったのか、と思って、そして思ったときにはもう遅くて見事に取り残される。連れてってくれーっ、みたいな。

【ほぼ百字小説】(5233) またしても鼠が侵入。どうやってか一階と二階を自由に行き来している。秘密の通路があるのだ。この家のことを我々よりずっとよく知っている。まあ自分の中にいる何かのほうが、自分のことに詳しかったりするからな。

 ほとんど日記です。このあいだ出て行ってくれたとほっとしたのに、まただ。鼠は、何を齧るかわからないんで怖いんです。光回線とか齧られたことがあるし。それにしても謎だ。秘密の通路なんてものが自分の住んでる家にあるとはなあ。

5月28日(火)

【ほぼ百字小説】(5234) 雨の降り始めにはいつも、台所から張り出した小さなトタン屋根が、とん、とん、とん、と鳴る。誰かがノックしているようにしか聞こえなくなったのは、いつからなのだろうな。つい返事をしてしまったあのときからか。

 トタンが鳴るのは本当で、それはこの【ほぼ百字小説】に何度も出てくる。もう定番のひとつになってます。降り始めたのがわかるからけっこう便利でもある。今朝はそれがノックみたいに聞こえて、そこから逆算した話。ネットで『ノックの音が』の感想を読んで、そうそう、あれはおもしろいよな、と思ったのもたぶん入ってる。

【ほぼ百字小説】(5235) 雨の中、高校の制服姿の男女が列になって歩いている。誰も傘を差していない。ずぶ濡れなのに、晴れた空の下の遠足みたいに男も女もきゃらきゃらとはしゃいでいる。高校生ではなく、新しいタイプの狐の嫁入りかもな。

 今朝、実際にそういう光景を目にした。そして傘を差してない。今降り出したんならわかるけど、だいぶ前から降ってたのになあ、とか思いながら通り過ぎるのをぽかんと見てた。狐に化かされるってこんな感じかなあ、とか思いながら。何だったのかなあ、というそれだけをそのまんま書いて一本になるんだから、マイクロノベルって便利でしょ。

5月29日(水)

【ほぼ百字小説】(5236) 昔から占いに使用されたように、亀からは未来の情報が引き出せる。正確には、この世界を甲羅に載せている亀とこの世界にいる亀が甲羅に載せている世界とは相似形だから、シミュレーションに使える、ということだが。

 まあそういうゲラをやってたんで、基本的に亀のことばっかり考えてます。そんな今朝、亀のことを書いたツイートが流れてきて、そしてそれを引用リツイートして、それをしたせいで頭の中で勝手に組み上がったやつ。
ということで、林壌治さん、ありがとうございます。さっそくゲラに組み込みました。というか、もうゲラは返してたんですが、どうしても組み込みたくてメールしました。いやまったく、往生際が悪くてすみません、です。でもまあそういうちまちましたことやってるのが小説ですよ。大説じゃない。

5月30日(木)

【ほぼ百字小説】(5237) 水底での冬眠ですっかり藻に覆われて緑色になっていた甲羅を今頃になって亀の子束子で磨いてやったのは、そんなことが書いてある小説のゲラが来たからだが、それを亀が喜んでいるのかどうかは、やっぱりわからない。

 そのまんま。ゲラやりました。亀だらけのゲラです。というか、亀しかいないゲラだ。頭の中も亀だらけなので、そろそろ亀を抜きたいところ。いや、抜かなくてもいいか。そもそも抜くのは無理なのか。

【ほぼ百字小説】(5238) 二人きりになった途端、封筒に入った蒟蒻のようなものを手慣れた動作でポケットにねじ込まれ、まいったなあ、どうしよう、とぼやきながらも緩んでしまう口もとを引き締め帰宅して、封筒から出てきた蒟蒻を見ている。

 ちょっとしたコント。落語の「禁酒関所」が入ってるかな。「この正直者めが」ですね。蒟蒻ですよ、と渡されたらそうなりますね。でもまあこの通りということはなくても、これに近い勘違いはけっこうあるあるなんじゃないかなあ。噂に聞いてて内心期待していると、きたーっ、となりますからね。

【ほぼ百字小説】(5239) ゲラが来た。ゲラは昔の自分に似ていて、そこが懐かしくもあり恥ずかしくもあり。何日かを共に過ごしてから、ゲラはまた旅立っていった。あのときのゲラでございます、と見違える姿でまた訪ねてきてくれたらいいが。

 まあそんなわけで、ゲラを返しました。ゲラをやるのは好きです。やればやるほどよくなるわけだしね。ゲラになったからもうひと安心。これでまず間違いなく本が出ます。【百字劇場】の続刊です。この先もなんとか続けたいので、よろしくお願いします。いや、それにしてもあいかわらず私は往生際が悪かったなあ。

5月31日(金)

【ほぼ百字小説】(5240) 夜を背景に使おうと思っていたが、そうか夏至も近い今の時期、この時刻はまだ明るいのだ。何年もやっていることなのについ忘れてしまうなあ。地球の上にいることも、それが公転していることも、その自転軸の傾きも。

 このあいだの【まちのひ朗読舎】でのこと。月にいちど、中崎町のカフェの二階でやってる朗読の会なんですが、私はいつも暗くしてヘッドランプを付けてやってます。いや、単に暗くして読んだらおもしろいんじゃないかと思ってやってるだけですけどね。後ろに大きなガラス戸があって、外が見えてる。それがいつもは梅田のビルの夜景とかになってちょうどいいんですが、このあいだはまだ夕方で明るくて、だから暗くせずにやりました。ちゃんと憶えとかないとな、ということで。いや、べつに支障はないんですけどね。

6月1日(土)

【ほぼ百字小説】(5241) またあのテントがやって来た。夜の中に赤い灯が浮かんでいる。夜に包まれたテントの中から見る夜は、普段の夜とはずいぶん違って、いつまでもどこまでも続くかのよう。もちろん、いつまでも続くものなど無いのだが。

 「どくんご」という劇団の公演を観て。毎回観に行ってて、そのたびにいくつか百字で書いてます。だから、この【ほぼ百字小悦】に出てきたテントはほとんどがこのどくんごのやつだったりする。小さな欠片を並べて見せるそのやり方にもかなり影響を受けてると思う。よくもまあこんなことができてるなあといつも思う。テント公演はかなり過酷なライブですからね。むしろ、やれてることがちょっとした奇跡みたいなもんだと思う。今回も観ることができてよかった。

6月2日(日)

【ほぼ百字小説】(5242) 次々にいろんなところが綻んで、これまで覆い隠していたところが見えてしまいそう。自分たちの身体であわてて覆い隠そうとしているが、そっちのほうが見られてはまずいものだということに当人たちは気づいていない。

 今ココ、でしょうね、いろんなものが。ちょっとでもいい方に転がったらいいんですけどね。これ以上は悪くならないと思ってても、まだまだ悪くなりますから。

【ほぼ百字小説】(5243) 下水道に潜んでいた。下水道に潜むのは、人目を避けてこっそり力を蓄え、身体を大きくするためだったが、もはや隠れる必要などなくなった。充分な力と大きさを手に入れた今、誰が支配者なのかを教えてやるとしよう。

 下水道に棲んでいるものの話は多い。私もいくつも書いてます。やっぱりあれは井戸と同じで、無意識とかそういうイメージとそのまま繋がってるんでしょうね。そういうものの視点から書いてみました、というのもあるんですが、実際はミャクミャクの絵のついたマンホールの蓋を見たんですね。大阪にはけっこうあります。そういうものが力を持って表舞台に出てくる、という話はいいんじゃないかと。


【ほぼ百字小説】(5244) 雨が降ったら電車が止まる。ことわざにでもなりそうなほどの土砂降りだったが、一転今朝はからりと晴れて、いい事があったわけでもないのに、何かいい事でもあったような気分。いや、これがそのいい事、ではあるか。

 まあ人間の気分って、このくらいの感じですよね。お天気くらいで左右される。上方落語の『貧乏花見』(江戸では『長屋の花見』ですね。)は、雨が上がって日が射して、仕事に出そびれた連中が妙に浮かれて、金は無いけど花見に行こう、というところから始まります。私はこの始まり方が大好きなんですよ。変な高揚感と暇を持て余してる感じに妙な説得力がある。小説も、そういうことが大事なんじゃないかな。


【ほぼ百字小説】(5245) 雨の降り始めにとんたんとんたん鳴り出すのは宇宙船の外壁のトタン板。無重力の宇宙空間に雨が降るのか、と首を傾げる者もいるが、宇宙は広いのだ、ところによっては降る。その場合は大抵、船の進行方向が上になる。

 うちの台所のトタンが雨で鳴る話は、これまで何度も書いていて、まあこれはその宇宙編。トタン板宇宙船はなかなかいいと思う。ところによって雨、という天気予報フレーズを入れて、そしていちおう静止している雨粒の中を宇宙船が通過すれば雨になるだろう、というちょっとハードSF的な理屈を。大抵の場合はそうだけど、例外もある、というところを押さえておくのもいちおうハードSFっぽさ(だと私は思う)。

6月3日(月)

【ほぼ百字小説】(5246) 黒い世界に白いものがちらちらと舞い落ちてくる。雪ではない。桜でもない。灰でもない。それらは小さく切られた紙片で、どの一片にも一文字が書かれているらしい。すべて繋ぎ合わせると、この世界の台本になるとか。

 一昨日、劇団・突劇金魚の『贋作・桜の森の満開の下』を観に行って、それで書いたやつ。いや、べつにこんな内容じゃない。私は舞台での紙吹雪が好きで、あれはすごい発明だと思う。あんなに綺麗な嘘はちょっとない。嘘の雪とか嘘の桜だからいいんですよね。その舞台も景気よく紙吹雪が舞ってました。で、それを観ての妄想。紙ですからね、やっぱり文字が付き物でしょう。

【ほぼ百字小説】(5247) 赤青緑、茶色紫、黄に抹茶。鬼にもいろんな色がある。そして鬼の数以上に角があるのは、角は一本とは限らないから。いろんな数のいろんな色のいろんな形の角がある。おや、あんなところにも新しい鬼、と思ったら鹿。

 これもそう。そしてこれも芝居の内容とは関係ない。いや、ちょっとはあるか。いろんな鬼が出てくるんですね。変わった角の鬼もいて、それがおもしろかったから、それで書いた。羊みたいな角の鬼。で、そういう目で鬼を観ていると、鹿も鬼みたいに見えてくるんじゃないかと。

6月4日(火)

【ほぼ百字小説】(5248) あの更地、何が建つのかなと思っていたら、建てた端から傾いて沈み始め、今では「底なし沼予定地」という看板と完成予想図が。最初からそういう計画だった、で乗り切ろうという対策も含め、かなりの底なし沼らしい。

 あるある、というか、なんかこんなことばっかりなんじゃないかという気がします。そして、それに失敗を認めない。まともに何もできなくなってるんじゃないか、としか思えない。「軟弱地盤」というのが、その象徴という感じはしますね。

6月28日(水)

【ほぼ百字小説】(5249) 長いなー、と感じてからが長くて、でもそれが誉め言葉になる、というのがそのおもしろさだが、長いなー、が退屈さを表す言葉になる場合のほうがはるかに多い、というかそっちが普通で、つまり普通じゃないんだろう。

 こういうことを思ったのでした。このあいだ観た『どくんご』のテント公演で。小さい話というか、いろんなシーンがばらばらで次々に展開されるのがどくんごのやり方なんですが、その中の一幕。延々反復が行われるんですが、普通に考えると明らかに長い。そしてもうこのへんで次にいかないと、とか思うんですが、そうなってからがさらに長くて、そしてそれが「いったい何をやってるんだ」感がどんどん高まってきて、わけがわからなくておもしろい。それを観てるときにおもったことをそのまんま。いや、こんな説明なくて、何のことだかわからない、というのがおもしろいんじゃないかと思って書いた。それなら説明しないほうがいいんじゃないか、とも思うんですが、どうせこの説明を読んでも体験しないとわからないから、わからないことには変わりない。

【ほぼ百字小説】(5250) いつも自分だけが生き残るのは、体験を語る役だからか。前から漠然とそう感じてはいたが、こうなってしまうともう語り聞かせる相手もいない。いや、これから来るのか。なんにも無い地上に立って星空を見上げている。

 なぜかいつも生き残る、というのは戦争物にはよくありますね。まあ生き残りがいないとその戦場を語れるものがいないから、それが成立しなくなってしまう。だからそういう役目が自分に振られている、という妄想はありそうです。でも、例えば人類が滅亡してしまったら? そうなったとき、語り手役の語りを誰が聞いてくれるのか。その解決としてのファースト・コンタクト、というのはけっこういいアイデアなんじゃないでしょうか。

【ほぼ百字小説】(5251) 幼い頃から胡瓜にはなんにもつけず食っていた娘が、今朝は塩をつけていて、大人になったからか、と尋ねると、いや、今の胡瓜はまだ甘くないねん、夏になったらそのまんま食べる、と。世の中、知らないことだらけだ。

 今朝あったことそのまんま。うちの娘は、保育園くらいのころからいちばん好きなものはなんにもつけてない胡瓜で、それは今も変わらない。だから、塩をつけて食っているのを見て(朝ごはん代わりに)、ちょっとびっくりしたんですよ。やっぱり大人になるとなんにもなしだとものたりないよな、きっと、とか思った。でも返ってきた答えがこれでした。そうなのか。胡瓜の甘さの違いなんか考えたこともなかったなあ。

ということで、今回はここまで。

まとめて朗読しました。

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【ほぼ百字小説】(5228) 柔らかい泥を薄い蓋で覆っただけのあの地面の下にはガスが蓄えられ、さらに日光で熱せられた状態で、点火されるときを待っている。当初の予定にはなかった薪までたっぷりと用意された。カウントダウンは続いている。

【ほぼ百字小説】(5229) 甲羅干しをするために、日当たりのいいところへと自分で移動する。そんな小さな自走式発電ユニットたちが、並んで甲羅を干しているところを想像する。自走式というより自歩式か。そんな景色の中に人間はいらないな。

【ほぼ百字小説】(5230) ゲラが来るたび、げらっげらっげらっげらっ、と口ずさみながら、それを歌っていたアイドルのそれとは違う持ち歌が流れる暗転の中で定位置につき、頭の上で明かりが灯るのを待っていたことを思い出す。狸の役だった。

【ほぼ百字小説】(5231) 子供の頃から繰り返し見た夢で、その頃のテレビがそうであったように色のない白黒の映像だったが、最近になってそこに色が着いて、送り出される自分に向かって振られているたくさんの小さな旗が日の丸だとわかった。

【ほぼ百字小説】(5232) 朝起きて空を見ると、筋のような雲が何本も並行に伸びて、どこまで行っても青と白の縞模様。それが見る見る降りてくる。何日か前から近所のいろんなものが縞模様になっていたのはこのためか。縞に紛れて生きるのか。

【ほぼ百字小説】(5233) またしても鼠が侵入。どうやってか一階と二階を自由に行き来している。秘密の通路があるのだ。この家のことを我々よりずっとよく知っている。まあ自分の中にいる何かのほうが、自分のことに詳しかったりするからな。

【ほぼ百字小説】(5234) 雨の降り始めにはいつも、台所から張り出した小さなトタン屋根が、とん、とん、とん、と鳴る。誰かがノックしているようにしか聞こえなくなったのは、いつからなのだろうな。つい返事をしてしまったあのときからか。

【ほぼ百字小説】(5235) 雨の中、高校の制服姿の男女が列になって歩いている。誰も傘を差していない。ずぶ濡れなのに、晴れた空の下の遠足みたいに男も女もきゃらきゃらとはしゃいでいる。高校生ではなく、新しいタイプの狐の嫁入りかもな。

【ほぼ百字小説】(5236) 昔から占いに使用されたように、亀からは未来の情報が引き出せる。正確には、この世界を甲羅に載せている亀とこの世界にいる亀が甲羅に載せている世界とは相似形だから、シミュレーションに使える、ということだが。

【ほぼ百字小説】(5237) 水底での冬眠ですっかり藻に覆われて緑色になっていた甲羅を今頃になって亀の子束子で磨いてやったのは、そんなことが書いてある小説のゲラが来たからだが、それを亀が喜んでいるのかどうかは、やっぱりわからない。

【ほぼ百字小説】(5238) 二人きりになった途端、封筒に入った蒟蒻のようなものを手慣れた動作でポケットにねじ込まれ、まいったなあ、どうしよう、とぼやきながらも緩んでしまう口もとを引き締め帰宅して、封筒から出てきた蒟蒻を見ている。

【ほぼ百字小説】(5239) ゲラが来た。ゲラは昔の自分に似ていて、そこが懐かしくもあり恥ずかしくもあり。何日かを共に過ごしてから、ゲラはまた旅立っていった。あのときのゲラでございます、と見違える姿でまた訪ねてきてくれたらいいが。

【ほぼ百字小説】(5240) 夜を背景に使おうと思っていたが、そうか夏至も近い今の時期、この時刻はまだ明るいのだ。何年もやっていることなのについ忘れてしまうなあ。地球の上にいることも、それが公転していることも、その自転軸の傾きも。

【ほぼ百字小説】(5241) またあのテントがやって来た。夜の中に赤い灯が浮かんでいる。夜に包まれたテントの中から見る夜は、普段の夜とはずいぶん違って、いつまでもどこまでも続くかのよう。もちろん、いつまでも続くものなど無いのだが。

【ほぼ百字小説】(5242) 次々にいろんなところが綻んで、これまで覆い隠していたところが見えてしまいそう。自分たちの身体であわてて覆い隠そうとしているが、そっちのほうが見られてはまずいものだということに当人たちは気づいていない。

【ほぼ百字小説】(5243) 下水道に潜んでいた。下水道に潜むのは、人目を避けてこっそり力を蓄え、身体を大きくするためだったが、もはや隠れる必要などなくなった。充分な力と大きさを手に入れた今、誰が支配者なのかを教えてやるとしよう。

【ほぼ百字小説】(5244) 雨が降ったら電車が止まる。ことわざにでもなりそうなほどの土砂降りだったが、一転今朝はからりと晴れて、いい事があったわけでもないのに、何かいい事でもあったような気分。いや、これがそのいい事、ではあるか。

【ほぼ百字小説】(5245) 雨の降り始めにとんたんとんたん鳴り出すのは宇宙船の外壁のトタン板。無重力の宇宙空間に雨が降るのか、と首を傾げる者もいるが、宇宙は広いのだ、ところによっては降る。その場合は大抵、船の進行方向が上になる。

【ほぼ百字小説】(5246) 黒い世界に白いものがちらちらと舞い落ちてくる。雪ではない。桜でもない。灰でもない。それらは小さく切られた紙片で、どの一片にも一文字が書かれているらしい。すべて繋ぎ合わせると、この世界の台本になるとか。

【ほぼ百字小説】(5247) 赤青緑、茶色紫、黄に抹茶。鬼にもいろんな色がある。そして鬼の数以上に角があるのは、角は一本とは限らないから。いろんな数のいろんな色のいろんな形の角がある。おや、あんなところにも新しい鬼、と思ったら鹿。

【ほぼ百字小説】(5248) あの更地、何が建つのかなと思っていたら、建てた端から傾いて沈み始め、今では「底なし沼予定地」という看板と完成予想図が。最初からそういう計画だった、で乗り切ろうという対策も含め、かなりの底なし沼らしい。

【ほぼ百字小説】(5249) 長いなー、と感じてからが長くて、でもそれが誉め言葉になる、というのがそのおもしろさだが、長いなー、が退屈さを表す言葉になる場合のほうがはるかに多い、というかそっちが普通で、つまり普通じゃないんだろう。

【ほぼ百字小説】(5250) いつも自分だけが生き残るのは、体験を語る役だからか。前から漠然とそう感じてはいたが、こうなってしまうともう語り聞かせる相手もいない。いや、これから来るのか。なんにも無い地上に立って星空を見上げている。

【ほぼ百字小説】(5251) 幼い頃から胡瓜にはなんにもつけず食っていた娘が、今朝は塩をつけていて、大人になったからか、と尋ねると、いや、今の胡瓜はまだ甘くないねん、夏になったらそのまんま食べる、と。世の中、知らないことだらけだ。

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以上、24篇でした。

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