あの日
割れたフロントガラスを通して噴き出すように立ち上るエンジンからの煙をぼんやり見ている自分に気づいたのは、事故の瞬間から少し時間が経ってからの事。
混乱して何も思考できなかった頭がようやく今の自分が置かれている状況を教えてくれる。
「あ、事故に遭ったんだ」
その直前の記憶は、
「あと少しで今日の勤務も終わって、2時間くらい仮眠をとってもうひと仕事。それで一日休みが取れる」ということを、大して美味しくも無いジュースを飲みながら信号待ちの車内で考えていたという事。
断片的に覚えているのは、そのジュース(直前に入ったコンビニで買ったパイナップルジュース)が車内を飛び交っている映像。
とりあえず身体は動くようだ。エンジンからの煙が激しくなってきたことに怖くなってエンジンを切った。
エアバックをどかして(初めて見た)ドアを開けようとするけど開かない。
二度三度、押してみるけど動かない。
全身で押してみる。
「痛い!」
身体のどこと言わず、痛みがある。
でも、その痛みには現実感が無い。
どこか遠くで響いているみたいな痛み。
まるで麻酔が利いているみたい。それに甘えてもう一度強く押してみる。
ようやく開いたドアからよろめきながら降りてみて初めて状況を理解した。
後方100mくらいのところで10トンの大きなトラックが炎上している。
「あぁ、あのトラックに激突されてここまで飛ばされたんだ」
文字通り足を引きずりながら、燃え盛るトラックに近づく。
今思うと何故そんなことをしたのか分からない。
燃え盛るトラックと、そのトラックに潰されて燃えている軽自動車。
巨大な炎の塊。
近くに人が苦しみながら倒れている。
その横に歩道に乗り上げた外車がある。その車の運転手だろう。
まだ現実感が戻らない。
その倒れている人が繰り返す「痛い、痛い」という言葉が何かの呪文のような気がしてきたほどに。
僕もその場にへたり込みたかったけど、身体がうまく動かない。
座ることができなかった。
僕に声を掛ける人がいる。
「大丈夫!?」
とりあえず頷く僕。
「車は任せて」と何かの紙を手に差し込んだ。
レッカー車の業者だった。
救急車より先にレッカー車が来ているなんて。
突然、大きな爆音が響いた。
トラックの燃料タンクに引火して爆発したようだ。身体が反射的に逃げていく。
倒れていた外車の運転手は僕よりも早く走って逃げていく。
燃える車の中に人がいるのが分かったけど、助ける余裕が無い。
これ以上身体を動かせない。
映画などでは助けようと行動しているけど僕には無理のようだ。
全然動けない。
炎上しているトラックと車の向こう側に救急車が到着した。
救急車に乗るために炎の脇をすり抜けていかなくてはいけない。
ハードルが高すぎる。
それでも、他に選択肢がない以上行動するしかない。外車の運転手がストレッチャーに乗せられて救急車に乗り込んだ。僕もその救急車に乗り込む。
救急車は二度目だけど、相変わらず乗り心地は良くない。もう少しサスペンションがどうにかなればいいのになど考えてみる。
幸いだったのは、病院がとても近かったこと。
事故があったバイパスを降りてすぐのところだった。
自分に何が起こったのか、それが何だったのか、
まだぼんやりとしか分かっていなかった。
少しずつ理解していったのは、病院についてからのことだった。
(続く)
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