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〘新話de神話オープニング記念〙冥王に捧ぐ

 
 
 
矢口れんとさん主催の
『My-Mythology』に参加

(ただし数分で書いた粗筋だけ)
 
 
 

暗く冷たい地の底で、彼は冬を待っていた。

必ず戻って来る、暖かい冬を。

 これは、ふたりの弟と袂を分かったひとりの神の物語。

 そして、そんな彼の花嫁になったひとりの女神の物語。

 末弟と天界の覇権を争って敗れ、すぐ下の弟とは海の覇権を争って敗れ、哀れ、今は暗い地の底に追いやられ冥界の王となった神──ハデス。

 それは表向きのこと。

 本当は争いを避け、自ら地の底へと降り去ったのだと言うことは、彼の親しい者以外は誰も知らない。

 彼に地底に連れ去られ、無理やり花嫁にされたひとりの女神──ペルセフォネ。

 それも表向きのこと。

 本当は父から申し受け、自ら地底の女王になると決めたのだと言うことは、彼女と彼女の父しか知らない。

 地の底で、ひとり静かに過ごすハデスの唯一の慰めは、年に数ヶ月訪れる冬。

 地上に冬が訪れる時、地底のハデスの元には春のように暖かい冬が訪れる。

 一定の温度を保つ地底は、夏は涼しく、冬は暖かいが、暗く冷たい印象しかない。どんなに寒さを感じなくとも、春の訪れもない。

 そんな場所にいる彼を、彼の心を暖めるもの──それは、唯一無二の存在。

 生涯、諦めたはずの春の訪れ。

 娘を奪われたと思っているデメテルによって、一年のうち数ヶ月しか共に過ごせなくなっても、その刻は永遠に価する。

「争いを避けるため、すべてを手放したあなたに、私は私のすべてを捧げます」

「なれば、それが私のすべてだ」

 ふたつの影が重なるのを見ていたのは、傍らに灯る蝋燭の焔。

 それは、人々にとっては長い冬が、ふたりにとっては短い冬が始まりを告げた日。

 春のように暖かく、春よりも尊い冬の訪れを告げた夜。

 これは、それまでのすべてと引き換えに、それからのすべてを手に入れたひとりの神の物語。

 これは、それまでのすべてをハデスに捧げ、それからのすべても捧げたひとりの女神の物語。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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