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魔都に烟る~part4~

 
 
 
 何にせよ、決めてしまった以上は仕方ない。

 二人は、お互いのことを第三者に訊かれた場合の、最低限の辻褄合わせをしておくことになった。

 まず、ローズが驚いたのはレイの年齢。初めて灯りの下で顔を見た時に、考えていたよりずっと若いとは思ったものの、まさか自分より歳下とは。

 (19歳って……私より二つ下!?)

 おとなびてはいるが、そんな歳の男にされるがまま手玉に取られたと言う事実は、ローズの自尊心を激しく揺すぶった。再び燻り出した炎を何とか奥底へと鎮める。

 さらに彼女を驚かせたのはレイの身分。何と爵位持ち、しかも伯爵位だと言う。どうりで、こんな立派な屋敷に住んでいる訳である。

 「きみのことは外国から帰国した婚約者、と紹介します。ずっと離れていたけれど、このたび帰国した、と……」

 「ちょっと待って。何も婚約者じゃなくても……」

 ローズが思い切り不満気に訴えると、レイが少し溜め息をつくように応じる。

 「……最初は姉弟と言う方法も考えましたが……私たちが姉弟に見えますか?」

 そう言われると返す言葉がなかった。

 漆黒の瞳に髪の毛のレイと、金色がかった紅い瞳にプラチナブロンドに近い髪の毛のローズ。顔立ちも違い過ぎる二人では、片親が違っているとしても難しいかも知れない。

 「……何か他にいい案が?」

 いちいち癇に障るレイの言葉に、ローズも苛立ちを隠せない。

 ……が、そう言われても、確かに他には浮かばない。彼の身分柄、友人、親戚、ではあまり意味をなさないだろう。

 「……なければ、それで宜しいですか?」

 黙りこくったローズに、またしてもレイのダメ押しが追い討ちをかける。

 「……あなたの好きにすればいいわ」

 腹立たしさも極まれり。そう返すのが精一杯だった。ローズの不機嫌な顔を気にする様子は全くなく、レイはただ頷く。

 「どこの国から、などの細かいことは、一切、だんまりを決め込みますので。産まれた時からの婚約者と言うことにすれば、それ以上の詮索も最低限に出来るでしょう」

 「……そうね」

 もう、どうでも良かった。何か反論するたびに嫌みで返され、腹立ちが増すだけだと諦める。

 「あとは……」

 多少の趣味嗜好。

 簡単なことほど訊かれやすい。好きな食べ物や趣味など、本来ならどうでもいいようなこと。

 他人とは、こう言ったどうでもいいことにほど興味を持ち、詮索したがる生き物であるから。

 半ばうんざりしながら、ひとまず打ち合わせを終える。レイはローズに外出の用意をするように言って、一度解放し、その後、昼過ぎに外へと連れ出した。

 エスコートされながら、もうローズには、いちいち逆らう気力も、どこへ連れて行かれるのか訊ねる気力すらない。

 不貞腐れ気味の顔のまま連れて行かれたのは、見るからに高級そうなブティック。

 「あとはよろしく」

 「はい、伯爵」

 レイは手をわきわきさせている店主の方にローズを押し遣り、自分は別室の扉を開けてさっさと消えてしまった。

 残されて唖然としているローズは、数人の女性スタッフにフィッティングルームに引っ張り込まれ、服を脱がされて身体中の寸法を測られる。

 それが済むと、スタッフのひとりが呼んで来たレイに、店主が大きな箱をひとつ渡した。

 「こちらが今ある既製のものでございます。残りは近日中に仕立て、お届けに上がります」

 「……よろしく」

 レイは短く答えると、箱を従者に渡し、ローズを連れて移動する。

 次に連れて行かれたのは美容サロン。

 「あとはよろしく」

 「おまかせください、伯爵」

 レイは再び、嬉しげに答える店主と思しき女性の方にローズを押し遣ると、自分は振り向きもせずにさっさと部屋を出て行こうとする。

 「……ちょっ……!」

 ますます訳がわからないローズが、レイを引き留めようとした途端、

 「ローズ様、どうぞこちらへ」

 有無を言わさずに引っ張って行かれ、ありとあらゆる手入れを施される。

 「何てお綺麗なお肌とお髪!少し手を入れればさらに見違えるようになりますわ」

 そう言いながら、ローズに口を挟む余裕すら与えずに髪の毛をカットし、肌に何やらペタペタと張り付けては蒸しタオルで拭いて行く。

 彼女は再び諦めモードになり、不貞腐れた顔のまま、されるがままになっていた。

 ひとりペラペラとしゃべりながら、ローズの手入れをしている店主を眺めてみれば、まあ、やはりそれなりに手を掛けてはいることがわかる。

 こんな店を開いているくらいだから、もちろんそれほど若いとは思えないが、顔立ちは悪くないし、全てが小綺麗で、かと言ってケバケバしくもない。

 強いて難を言うなら、良くしゃべる。まあ、これも商売柄と思えば致し方ないのか。

 先ほどのブティックから持って来たらしいドレスに、まるでマネキン人形のように着替えさせられる。

 さらに化粧を施され、髪の毛を結わえられたところで、呼ばれたレイが入って来た。

 「如何でしょうか、伯爵」

 レイの黒く冷たい瞳に、品定めのように上から下まで見られ、あまりの居心地の悪さにヒステリーを起こしそうになる自分を必死に抑える。

 「……いいですね」

 「ありがとうございます、伯爵!」

 狂喜乱舞と言う言葉が相応しいくらいの勢い。店主が満面の笑みを浮かべる。━と。

 「ひとつだけ。口紅はもう少し赤みが強い方がいい」

 その言葉を聞くや、店主はローズを半ば強制的に鏡の前に座らせ、少し濃い色味を重ねた。

 再びレイの前に立たされ、品定めを待つ。もうローズは疲れ果ててグッタリし、言葉を発する気力さえなかった。

 じっと眺めるレイの視線。ふいに手を伸ばして来る彼に、ローズは思わず硬直する。

 人差し指でローズの顎を掬い上げ、真っ直ぐに見下ろす。恥ずかしさと、見下ろされている悔しさ。必死に目を逸らさないように見返す。

 そんなローズをからかうかのように、口元に微かな笑みを浮かべたレイが顔を近づけて来る。

 慌てたローズが顔を背けようとすると、耳元に顔を寄せ、店主に向かって言い放った。

 「結構。なかなかの仕上がりです」

 「恐れ入ります!」

 嬉しそうに声を張り上げた店主が、棚から何やら小さな箱を持って来る。

 「ご注文戴いておりましたお品です」

 頷いたレイは、中から瓶を取り出し、その瓶の中身━何かの液体━をローズの耳の後ろと鎖骨の辺りにのせた。

 微かな花の香りがふわりと立つ。

 「行きましょう」

 そう言ったレイはローズを連れ、さらに次の目的地へと馬車を走らせた。既に日は沈みかけ、宵が近づいていることを知らせている。

 疲れ果てているにも関わらず、ローズはそのまま、ある宴へと連れて行かれた。

 打ち合わせ通り、ローズはレイの婚約者として大々的に紹介され、色めき立つ男たちの視線、そして女たちの好奇と羨望、嫉妬の視線の中にデビューすることになる。
 
 
 
 
 
 
 

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