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魔都に烟る~part11~

 
 
 
 夢か、現実か。

 夢ならば間違いなく悪夢━の中で身悶える。

 現実であるならば、死んだ方がマシかも知れない。

 ローズが目を覚ますと、その目に映るのは見覚えのある天蓋。

 「……ここ……私……?」

 訳がわからず、混乱している記憶を手繰る。最後の記憶は?

 (……確か……アレンを追いかけていて見失って……それから……それから……?)

 何者かに背後を取られ、その姿を確認すら出来ずに記憶が途切れている。一体、自分に何が起きたのか……考えても考えても、答えは出て来ない。

 気だるさの残る身体を返し、起き上がろうとした時━。

 「何故、あの場所から動いたんですか?」

 不意に耳に飛び込んで来た声。恐ろしいほどに感情のこもっていないその声に、ローズは心臓を掴まれたような気持ちで声の主を見遣る。

 腕を組み、窓枠に寄り掛かっている声の主。黒い前髪と同化したような漆黒の瞳が、まるで射抜くかのようにローズに向けられていた。

 「何故、動いた?」

 黙ったままのローズに、再度、向けられたその言葉。

 元々、敬意は感じられなかったとは言え、丁寧ではあった言葉遣いが消え、冷たい威圧の響きだけがこもる。

 「……あ……あの……アレンを追いかけて……」

 無意識のうちに声が震えていた。初めて会った時とは比べ物にならないくらいの恐怖感が、身体の奥底から湧き上がって来るのを感じる。

 「……アレンを追いかけて……ね。あれほど、言ったはずだが……動くな、と……」

 「……でも……」

 何とか理由を説明しようとしたものの、再び向けられた視線の刃に、ローズは息と共に次の言葉を飲み込まざるを得なかった。

 「……きみは、自分がどんな状況に置かれていたかわかっているか?」

 「……え……」

 質問の意味がわからず、答えに詰まる。

 「おれがきみを見つけた時、どんな状況だったか、だ」

 わかるはずもなかった。ローズには、アレンを見失った後の記憶は一切ない。

 「……私……?」

 しかし、レイの言い方に辛辣な含みを感じ、嫌な予感に震えが増す。

 「……自分の身体を見てみればいい」

 冷たく響くその言葉に、恐る恐る身体を起こす。

 「………………!」

 ローズは目を見開いて息を飲んだ。至るところに残る、不可思議な模様とも文字ともつかない何か。そして手首に残る痣。

 「……これは……」

 驚愕に震えが止まらない。

 「魔の呼吸(いき)を吹きかけられたな。あと一歩遅ければ、その身は完全に……」

 レイは言葉をフェードアウトさせた。しかし、聞かずとも、ローズにはその言葉の続きが予想出来た。

 「……最初に言っておいたはずだ」

 自分の身体につけられた跡を、震えながら見つめるローズの耳を、凍り付きそうな声音が突き刺す。

 「もし、面倒な行動を起こすようなら……」

 寄りかかっていた身体を起こしながら言うレイの言葉に、ローズの全身が総毛立った。

 「死ぬほどの屈辱を味わってもらう、と……」

 一歩踏み出し、少しずつ近づいて来るレイ。逃れようと、ローズが必死に後ずさろうとするも、あまりの恐怖に指先すら動かせない。

 「……や……」

 目の前に男が立ちはだかり、ローズの視界に影を落とす。

 唇を、全身を、恐怖に震わせるローズを、冷ややかに見下ろす男の目。

 ━その目。

 「………………!」

 ローズの瞳は、再び驚愕に見開かれた。

 漆黒を映す右目。そして━。

 月を映したような金色の左目が妖しく光った。

 その目が、見えない力でローズの身体を縛りつける。

 (……見間違いじゃなかった……!)

 呼吸も、そして瞬きすら忘れてレイの目を凝視したローズは、声を発することも出来ぬまま、再び、一瞬で闇に飲み込まれた。
 
 
 
 
 
 
 

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