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里伽子さんのツン☆テケ日記〔10〕

 
 
 
 翌朝7時半。

 土曜日とは言え、いつもより遅い時間に目覚めた。寝過ぎた感はあるもののスッキリはしている。昨夜は課長を見送った後、顔だけ洗ってすぐにそのまま眠ってしまったから、かなりしっかり睡眠。

「ん……ん~~~~~~!」

 思いっきりノビをして起き上がる。

 すると、ふと、目が吸い寄せられる左手。昨日の帰り際、課長と繋いだ指先。課長もぐっすり眠れただろうか。少しは疲れが取れただろうか。

 そんなことを考えながら、左手に意識を持って行かれること、しばし。

「……よしっ!」

 気合いを入れてベッドから出ると、洗濯機を回しながらシャワーを浴びてお湯に浸かる。でも、ホントは私、朝風呂派ではない。

 その後もガンガン洗濯機を回す。片っ端から洗って干しても、次から次へと乾いて行くから気持ちがいい。スーツを少し風に当て、靴を磨いて干し、シャツやハンカチにアイロンをかける。

 そうだ。今日は買い出しも行かなくちゃ。冷蔵庫の中をチェック。お米も買わなくちゃダメだ。エンゲル係数の高い私……。

 そんなこんなしていると、もう11時過ぎ。一段落したし、買い出しの前にお茶でも淹れようとヤカンを火にかける。

 そこでふと、私、何で今朝は7時半まで目が覚めなかったんだろう、と思い、よくよく考えたらアラームが鳴った記憶がないことに気づいた。

 携帯電話をアラーム代わりに使っているのに……枕元にない。そう言えば、昨日、帰って来てから触った記憶もない。まさか、落とした!?焦る、焦る、焦る!

 慌ててバッグの中をゴソゴソ探すと、ちゃんと入っていてひと安心。昨夜はそのまま寝てしまったからすっかり忘れていただけだった。

 ……と、ひと安心したのも束の間。着信ランプが点滅していたので確認すると……。

(な、何っ!?この着信数は!?)

 仕事ですら携帯電話への着信が少ない私は、まとまったその数に思わず引く。

 着信ランプは最終着信の相手の色を示す、つまり、この色は課長なんだけど……って、メール5通に着信6回!?これが全部、課長だし!!

 何、何、何、何っ!?いったい、課長に何があったの!?

 開いてみると、その文面の全てが私の安否を心配している内容。

『おはよう。昨日はすまなかった。調子が今ひとつに見えたけど大丈夫か?』

 ……から始まり、

『休みの日に何度もすまない。具合は悪くないか?大丈夫か?』

『大丈夫か?とにかく、無事かどうかだけでも連絡をくれ』

 ……などなど。

 電話もその合間合間に入っていて、留守電も『大丈夫か?』ばっかりだった。それが、ほぼ、20分おきくらいにメール、電話、メール、電話……。

 課長の中で、何で私の具合が悪いことになっているのかさっぱりわからないんだけど……そう言えば昨日、『もしかして具合悪い?』みたいなことを訊かれたような気もする。私、何で具合が悪いと思われたんだっけ?

 ……って、そんなこと冷静に考えてる場合じゃなかった。理由はわからないけど、とにかく課長がそう思い込んで心配してくれているなら、早く連絡して安心してもらわなくちゃ!

 と、と、と、と、とりあえず、メールを!

 そう思い、急いで返事を入力していると、こう言う時に限って、邪魔をするかのようにインターフォンが鳴る。

(もう!こんな時に誰よ!邪魔しないでよ!今、急いでるんだから、ちょっと待ってて!)

 心の中で叫ぶも、当然ながら来訪者にわかるはずもない。私が無視してメールを打っていると、『諦めません!』と言っているかのように再びインターフォンが。

 もしかして、宅急便の時間指定が今日の午前中だったかしら、なんて頭の片隅で考えながらも、私は必死でメールを入力。……後でよくよく考えたら、どう考えても電話の方が早かったと気づく。

 すると、さらにもう一度インターフォンの音。うわっ!かなりしぶとい!と思った途端、扉をノックする音まで聞こえた。ノックと言うよりは完全に叩いてる感じだけど。

(あ~!もうもう!ここまで返事しないのに、何で不在と思わないかな~!)

 仕方なく先に宅急便を受け取ることにした私は、ヤカンの火を弱め、携帯電話を置いて玄関に走った。

「は~い、お待たせしまし……」

 答えながら、鍵を回して扉を開けた私は……。

「…………た?」

 思わず目を見開き、ドアノブを掴んだまま固まった。

 え、え、え、え、宅急便の人じゃない!?

(……だ、誰?)

 扉の前には、前髪で顔が半分くらいしか見えない、ものすごく息を乱した背の高い男の人が立っていた。

 知らない男の人が息を荒くして目の前に立ってるなんて、ハッキリ言って最大級警戒注意報発令モノだ。だけど驚きすぎて反応が出来ない。

 ドア枠に掴まるように立っていたその人も、何だかすごく驚いたように目を見開いた顔で私を見ていて、完全にお互い固まったまま沈黙。いや、ホントはあんまり顔がわからないんだけど、前髪の隙間から見える目が、見開かれているように感じる。

 数秒、経って。

「……はぁぁぁ~~~~~~……」

 大きく息を吐きながら、その男の人がヘナヘナとしゃがみ込んだ。

「……無事かぁ……」

 と項垂れながら呟いた、その声。

(えっ!?この声って!?)

 私はしゃがみ込んでいるその人をマジマジと見下ろす。

(ま、ま、ま、ま、まさか、まさか、まさか……)

「……か、片桐課長……?」

 恐る恐る、確認するように呼んでみる。

 すると、ゆっくりと顔を上げたその人は、ガン見している私を前髪の隙間からじっと見つめてから、もう一度ガックリと項垂れた。

「心臓が停まるかと思った……」

 切らせた息の下から呟くように聞こえて来る声。

「え、え、え、え?いったい……」

 何だか事態がちゃんと飲み込めないでいた私なんだけど、ふと向こうを見ると、三軒向こうの部屋の人が、私たちの様子を眉をしかめてガン見しているのに気づいた。とっさに営業スマイルで挨拶。

「課長。とりあえず、入ってください」

 少し大きめな声で言い、とにかく、変な事態でないことをアピールしておかねば、と課長の腕を掴む。課長はやっと息が整ったみたいで、ゆっくりと立ち上がり、私に促されるまま、躊躇いがちに足を部屋に踏み入れて来た。

 リビングのソファに座ってもらい、まず熱いおしぼりと冷たいおしぼりを渡す。それからジョッキみたいに大きなグラスで氷水。その間に、淹れようとしていたミルクティーを準備。

 課長は気持ち良さそうに、熱いおしぼりと冷たいおしぼりを交互に使いながら、何故かたまに苦笑いを浮かべていた。何なんだろう?

 それから一気にお水を飲み、少し落ち着いたようだ。

「はぁ~~~……」

 そう言ってるとこを見ると、どうやらひと息ついたらしいので、ちょうど入ったミルクティーのマグカップを課長の前に置く。

「今、ちょうど淹れてて……コーヒーじゃなくてミルクティーなんですけど……」

 課長がミルクティーを好きかどうかもわからず、ちょっと疑問形の私の言葉に、

「……サンキュ……」

 そう答えて、課長はゆっくりとマグカップに口をつけた。思わず課長の反応をガン見している私。

「あ、うまい……」

 お世辞じゃなく、自然に洩れたように聞こえた言葉が本心に思えて顔が緩んだ。

 普段の朝は、私もティーバックをポットに放り込んで淹れるんだけど、休みの日はお気に入りの茶葉をブレンドしたりする。基本は、濃ゆくてコクが出るブレックファーストが好き。そこにアッサムやニルギリを足したりすることもあるけど、ダージリンはあまり使わない。

 今日のは私の一番のお気に入りだ。私もミルクティーを含む。うん、おいしい。課長の方を見ると、いつもみたいに優しく笑ってる。

 課長と顔を見合わせながらミルクティーを飲む。

 今日も暑くなりそうなんだけど、こんな風にあったかいミルクティーを飲める朝も……いや、もうお昼に近いけど……悪くないわね。
 
 
 
 
 
~里伽子さんのツン☆テケ日記〔11〕へ つづく~
 
 
 
 
 
 
 
 

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