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ラストノートが消えるまで

 
 
 
最後の匂いを
あなたにあげる

 香水に、それほど詳しいわけじゃない。

 せいぜい、トップノート、ミドルノート、ラストノートと変化することを知ってるくらいだ。

 トップノートは、香水をつけて20分程度。

 ミドルノートはトップノートの後、2時間程度。

 ラストノートは、さらにその後、半日程度。

 ものによっては、24時間以上香るものもあるらしいから、つけた人間の持つ匂いと混ざり合い、『その人』の香りへと変化する。

 わたしの香りが好きだと、いつも彼は言う。

 特に夕方から夜、そして、朝を迎えるまでの香りが好きらしい。

 仕事帰りの彼は、いつも逢った途端に「いい香りだ」と顔を寄せて来る。

 朝から一緒にいる休日には、「いつもと少し違うね」とは言うけれど、それはそれで悪くない、という顔をする。

 でも、わかるの。

 夕方が近づくにつれ、わたしの香りに引き寄せられて来るのが。

 きっと彼は、『ラストノート』が好きなんだろう。

 だから、ね。

 あなたにわたしのラストノートをあげる。

 どう? これが、あなたにとって、わたしの最後の『匂い』──あなたにとってのラストノートよ。

 あなたが「いい香り」と言っていたのは、わたしから立ち昇った薔薇の匂い。『香り』じゃなくて『匂い』なの。

 わたしは、あなたと初めて逢った時から、香水なんてつけてなかったの。

 最後まで気づかなかったわね、あなた。

 わたしの体内に入ったオトコの血──それが身体中をめぐり、わたしの血と完全に混じり合い、ひとつになる。

 その時、初めて、あなたが好きだと言った香りが生まれるの。

 わたし自身の匂いが──。

 終ることのない薔薇の芳香は、夜の闇が近づくにつれて濃密になるから、あなたはわたしの香水の『ラストノート』が好きだと思い込んでいただけ。

 でもね。あなた、わたしをとても愛してくれたから。

 わたしもあなたのこと、とても好きだったから。

 ラストノートがわからなくなるまで、傍にいてあげる。

 今、あなたから流れ出してる血が、次のわたしの『匂い』になるまで。

 もう少しだけ、こうしていてあげるわ。
 
 
 
 
 
 
 

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