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魔都に烟る~part17~

 
 
 
 (……今……今、なんて……?)

 ローズの心臓が、動悸でも起こしたかのように激しく鳴っている。

 (……弟……?……兄……誰が……?……誰の……?)

 混乱する脳内。ただ茫然としながら、目の前にいる二人の男を交互に見遣る。

 (さっき二人を似ていると思ったのは、私の気のせいではなかったの……?)

 ガブリエルの言葉に対して、レイは何も答えなかった。眉ひとつ動かさず、ただ、見据えている。

 「……ふ……まあ、私にはお前のような“禁断の血”も“呪われた血”も流れてはいないがな。当然、“力”も……」

 笑いを洩らしながら言うガブリエルの言葉に、ローズの耳は釘付けになった。

 (禁断の……呪われた……?血と力って……一体、何のこと?)

 ガブリエルの放つ言葉の中には、ローズの知りたいことばかりが詰まっているように聞こえる。しかも、新たに知りたくなるようなことまでもが上乗せされて。

 「……禁断……呪われた……ですか。ではお訊きしますが、何を以て、その定義になるのですか?」

 「それはお前が一番良く知っているはずだ。お前自身が、呪われた禁断の存在なのだからな」

 静かなレイの問いかけに、勝ち誇ったかのようなガブリエルの言葉。この期に及んで激することのないレイ。

 彼には我を忘れるようなことはないのか……ローズが考えを巡らせていると、

 「……禁断の存在……ね。……私がこの世に生を受けた理由を、あなたはご存知ないでしょう?」

 さらに謎を呼ぶ返しの言葉。

 「……理由?お前が生まれた理由など、私に何の関係がある?」

 少し眉をしかめて問うガブリエルに、しかしレイは何も答える様子はない。

 「……むしろ、お前が生まれたせいで、私の境遇が変わった、と言うのが本当のところなのだが?」

 「……なるほど」

 その抑揚のないレイの返事に、ガブリエルの顔つきが変わる。

 自分から話を振ったかと思えば、返事に対しては無感情を隠さないレイに、ガブリエルはあからさまな不快の色を見せた。

 「……本当にお前と言う奴は、どこまでも不遜な男だな」

 ガブリエルに言われるのもどうなのか、とローズは思ったものの、しかしその場の空気に声を発することは出来ない。

 「……だが、そうこうしている間に準備は整った」

 自信に満ちた冷笑を浮かべながら、ガブリエルが言い放った次の瞬間━。

 「………………!」

 自身が揺れているのかと思ったローズは、部屋全体が振動していることに気づいた。

 「……な、何……?」

 レイの目が一瞬だけ辺りを見回し、すぐにガブリエルへと戻る。

 「……屋敷内の住人全てを……」

 確認するように声を発したレイを、ガブリエルは鼻で笑うように顎をしゃくった。

 「その通り。全員に人柱になってもらった」

 「……なっ……!」

 ローズは驚愕した。

 震動する室内で、レイを拘束している見えない力が、さらに締め付けを強くして行くのがローズにも感じられる。

 彼の表情に変化はないが、微かな口の動きだけは見て取れた。何かを唱えている。

 ガブリエルの方を見遣ると、彼の周りに靄がかかったような黒いものが集まり始めた。少しずつその手に吸い込まれるように消えて行く。

 そのたびにガブリエルから立ち昇る邪悪なオーラが強まって行くのを感じる。その様子は、ローズの目には彼の後ろに暗黒の洞穴でも出来ているかのように映った。

 「人柱になった者たちの念が、私の力をさらに強大にするのですよ」

 言い放ったガブリエルが少し手を動かす。

 「……レイ……!」

 ハッとしてレイを見る。彼が眉がしかめ、微かにその口元を食い縛る様を、ローズは初めて目の当たりにした。

 (……うそ……レイが……)

 恐ろしいほどに尊大で絶対的な顔、そして嫌味な微笑しか見たことがなかったローズには衝撃であった。渦を巻く風圧がレイの頬に微かな切り傷を作り、うっすらと血を滲ませる。

 やがてガブリエルは、再び実体のない黒い槍を手の中に作り出した。先程のものよりも鋭利な尖端をレイに向ける。

 ━それを見た瞬間。

 (……わかってる……!……わかってるわ……!)

 ローズの脳裏にありとあらゆる思考のあれこれが押し寄せた。

 (……これは恋なんかじゃない……むろん、愛でもない……ましてや、情などであるはずがない……)

 黒い槍を構えるガブリエルの動きを、スローモーションのように瞳孔に映しながら。

 (……だけど……だけど、ひとつだけわかっている確かなことは……!)

 それがローズの頭を占めた時、ヒューズに支えられた身体は無意識に動いていた。

 「………………っ!」

 室内にいた全員に、それぞれ違う衝撃が走る。

 「…………あ…………」

 ローズの口からは微かな呻き声と、その唇からは赤く紅い糸のようなひと筋。

 そして、貫かれたローズの華奢な身体から迸り、烟るように飛び散った生命の源流が、レイの目の前を赤く染め上げた。
 
 
 
 
 
 
 
 

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