ひとり言ではとめられない〜社内事情シリーズ〜
〔瑠衣目線〕
*
「結婚するですって!?」
里伽子からの連絡を受け、私の口から出た第一声(しかも叫び声に近い)はそれだった。
別に里伽子の結婚自体がおかしいと思ってるワケではない!何年もフリーでいた方が不思議なくらいだ。
「しかも結婚退職する!?」
第二声がこれ。
里伽子が耳から受話器を遠ざけているのが丸わかり。だけど、つい先日まで社内で起きていた大事件より、むしろこっちの方が、私にとっては大問題で。
……だって、私にとって、近年稀に見る衝撃的な話だった。
(まさか里伽子が結婚退職するなんて!)
同期で入社して以来、里伽子とはずっと一緒に仕事して行けるんだ、って、私は心のどこかで信じ込んでいて。何故か、そこだけは疑いもしなかった。
(休職は仕方ないにしても、まさか退職だなんて!)
茫然とする私の耳に次なる衝撃。
「相手は片桐課長!?」
これが第三声。
まさか、里伽子が『あの』片桐課長と──。……ってことは、一時帰国した去年の夏、里伽子の部屋に感じたオトコの気配は気のせいではなかった、ってことなのね。さすがに、相手が片桐課長とは思わなかったけど。
だって、もし里伽子が誰かとつき合うとか結婚する、って話になったら、その相手は絶対に『彼』だって思ってたから。
『彼』って言っても、私もその人のことを知ってるワケじゃない。ただ、入社してすぐの頃、里伽子には誰かつき合ってる風な男性(ひと)がいた、と言う、その存在を知ってるだけだ。そして、すごくいい雰囲気だった、ってことを。
いつの間にかその男性(ひと)の気配がなくなり、「ああ、わかれてしまったのかな」って漠然と思ってはいたんだけど、その頃は私も自分のことで手一杯で。颯とのこと、仕事のこと。
でも、何だか問題があってわかれた感じではなかったから、いずれヨリが戻るんじゃないか、なんて思ったりもしていた。……けど、ハズしたのね、私。
*
……話は少し前に遡る。
突然、林部長から連絡が入ったのだ。私の後任がやっと決まり、でも4月早々には着任出来そうにないから、少し赴任期間を伸ばして欲しい、って。
その後任も、てっきり里伽子か沢田くん辺りだと思っていたのに、何と津島課長だと言う。課長なら経験者だし、人選的に間違いはない。だけど、何で突然そうなったんだろう、って不思議だった。
そして、つい今しがたのことだ。里伽子からの連絡を受けたのは。
珍しく里伽子から電話が入り、不思議に思いながら繋いだ私の耳に飛び込んだニュース。そこで、冒頭の叫び声に戻るのだけど。
……ってことは、当初はやっぱり里伽子が次は赴任の予定、だったのよね、部長の中では。私だって順当に行けば、当然そうなると思っていた。
──けど。
(……そっかぁ……里伽子、退職しちゃうのかぁ……)
たぶん、片桐課長にそうして欲しい、って言われたワケではないだろう。思っても、口にするような課長とは思えない。
第一、もしそう言われても、辞めたくなければ里伽子がすんなり言うこと聞くとは思えない。……ってことは、里伽子は自分の意思で辞めるんだ。
彼女には私みたいな、何て言うか……欲とか野心とか、そう言うものは昔からなかったから。きっと、仕事に対しての未練もないんだろうな……。
「……私が考えてるみたいなコトは……里伽子の方は思ってくれてなかった、ってコトなんだよね……」
思わず口を衝いて出てしまった本音。
ああ、私、ガッカリしてるんだ。そして、同時に嫉妬してる。里伽子に、じゃなくて、里伽子にその決心をさせた片桐課長に。
(里伽子と、どこまでも張り合って仕事して行きたかったのにな……)
入社した時から一緒だった。もちろん、私は半分以上赴任してて、傍で仕事した期間は短い。でも、離れていても同じ部署で、関連した仕事をしていた。
こっちが必死の形相の時も、いつも涼しい顔して仕事を熟して行く。そんな里伽子にだけは負けたくなくて。でも何故か、勝てるとも思ってなくて。ある意味では、颯よりも身近な存在で。
私が誰よりも意識していたのは里伽子だし、いつも目の前にいたのも里伽子だった。
「……ついに里伽子には、何ひとつ勝てないまま……か……」
携帯電話を握りしめ、膝を抱えた私の耳に新たな着信音。彼からのメールだった。
『瑠衣さんの赴任が少し伸びたから、出張の帰りにもう一度そっちに寄るね』
それを読んだ途端、私の胸に妙に希望じみた気持ちが湧き上がった。
そうだ!私にも皆を驚かせるニュースがあったんだわ!
顔がニヤリとする。驚かされてばかりではいないわよ。日本に帰国した時には待ってなさい、里伽子!
どうやって報告すれば一番皆が驚くか、ほくそ笑みながら考えつつ、私は彼への返事を打った。
~おしまい~
#ひとり言ではとめられない
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