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薔薇の下で ~ Under the Rose 奇譚 ④ ~

 
 
【~Under the Rose~】 秘密で・内緒で・こっそり

 
 

 
 
初仕事の成功から数度の経験を経て、とりあえず、今のところ失敗や大きな問題もなく進んでいる。

もちろん、今もって目的はさっぱりわからない。

要はターゲットの女性の情報を提示され、その相手に近づき誘い込む。ほとんど美人局の逆バージョンのようなものだ。

そして、誘い込んだ後のことは一切わからない。薔子が『あなたしだい』と言ったのを良いことに、ぼくは部屋まで連れて来た女性には触れていないからだ。

中には、かなりの美人もいたし、見るからにぼくに好意を持ったらしい女性もいた。

……が、好み以前の問題に、全くその気になれなかっただけ。

ただ、仕事さえ終われば薔子に逢える。それだけのために任務をこなしているようなものだ。

今の自分の状況が、ひどく危険なものであることは十分過ぎるほどわかっている。なのに、抜け出すことが出来ないのは━。

何度目かの任務、何人目かのターゲット。

調査書を受け取って目を通したぼくは、何となく手強そうな印象を抱き、いつもよりは作戦を練ることにした。

30歳の会社員女性。見た目で判断するのは良くないが、ガチガチに硬そうな印象を受ける。初見の男となど、絶対に親しく喋りそうもないような。

調査書を見ても、男の影は一切ないようだ。

「……さて、どうするか」

こう言う言い方はナンだが、この手のタイプに関わったことがない訳ではない。

その経験から言えば、この手のタイプは心を開かせるまでが骨だが、堕ちる時は早いことが多かった。

━が。人は十人十色。似たタイプでも、同じ、ではない。

ぼくは誘いをかける前に、彼女の普段の生活圏内で接触してみることにした。

調査書に載っていた、彼女が訪れるいくつかの場所。それはブティックであったり、雑貨屋であったり、カフェであったり。

ぼくは、自分が一番入りやすいカフェで反応を見てみることにした。

彼女の顔と向かい合わせになる席に着く。

本を読むフリをしながら、それとなく様子を窺っていると、彼女はフルーツのタルトとハーブティーらしき飲み物を頼み、タブレットの画面を操りだした。

真剣な表情から察するに、恐らく仕事に関することだろうか?あの調査書の硬そうな印象そのままだ。

しかし━。

タルトと飲み物を運んで来た店員が、目の前に皿を置いた瞬間。

彼女━吉岡怜子(よしおかれいこ)━の表情は一変した。如何にも嬉しそうな『女子』特有の顔。

その顔を見て、ぼくの方針は決まった。

硬そうなのは外壁だけだ、と。

席を立ち、ぼくはわざと彼女の脇を通ってレジに向かった。

その動きに反応し、何気なく向けた彼女の視線に、こちらも何気なさを装おって目線を絡ませる。

その瞬間を逃さず、微かに口角を緩めた。

動きを止めた彼女が、目でぼくを追う気配を感じる。第一段階はこれでいい。

そして、目の端で確認した彼女のタブレット画面。

そこに映っていたのは、今、巷で話題になっている映画の紹介。若い女性に大人気だと言う、あるロマンス映画の上映時間。

第二段階の糸口は決まった。

━夜。

ぼくの顔をくすぐる薔子の髪。こぼれ落ちるそれを片手で掻き上げる。

ぼくを見下ろす顔を覗き込みながら、もう片方の手で腰を引き寄せた。

上気し、潤いを帯びた瞳を向けて来る薔子。その瞳が、ぼくの心を焚き付ける。

さらに押し上げると、薔子は眉根を寄せ、吐息と共に小さく悲鳴をあげた。湧き上がる気持ちを抑え切れなくなり、身体の位置を返す。

背中を反らそうとする薔子の身体を、自分の身体で押さえ込むように重ね、噛みつくように口づける。

昇りつめて行く薔子の姿に嗜虐心を煽られ、さらに追い上げると、声にならない悲鳴を挙げて身体を震わせた。

言葉に出来ないくらいに甘く苦い瞬間。まるで蜜を与えられながら、とろ火で炙られているような。

まさに焦げるように甘い、降伏の一瞬。

乱れた息のまましがみ付いて来る薔子を抱きしめ、そのまま数分。ようやく落ち着いたらしい薔子が、ぼくの顔を見上げて訊ねて来る。

「……大丈夫?」

それが、今回の任務のことだと気づくのに、そう時間はかからなかった。

「……今日、第二段階の当たりをつけて来た。次で終わらせるつもりだ」

「……そう」

呟いた薔子は、睫毛を伏せてぼくの首に腕を回した。その感触で、再び湧き起こる熱い欲望。

薔子の頬から首筋に唇を滑らせ、白い胸に顔を埋めると、彼女はぼくの頭を抱きしめて小さく息を洩らした。

そのまま薔子に沈み込みながらも、ぼくは何か予感めいたものを感じずにはいられない。

━そして。

天井の薔薇の花は、いつものように、ひとつに溶け合うぼくたちを見下ろしていた。
 
 
 
 
 
 
 

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