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ラジオとTHE ALFEEと9歳の女の子

音楽依存症の原因

私は昔から、精神的にキツくなると何かしらの音楽に依存する傾向がある。
時にHEAVY METAL、時にパンクロック、時にJ-POP。
種類はその時によって異なるが、ひたすら気に入った音楽を聴き続ける。
共通項があるとしたら、そのほとんどがバンドなどの「ユニット」である。

その理由に気付いたのは5年前。
ある曲との再会によって呼び起こされた30年以上前の記憶。

今回は、中の人の昔話である。
長い上に楽しい話ではないが、私という人間を知ってもらう一端になれば。


人生の転換期 その2。

元号が平成から令和に変わった2019年5月。
GW明けに仕事に出た父親がフラフラになりながら帰ってきた。
本人は『軽い熱中症だろう』と数日自宅で静養していた。

少し落ち着いた頃、一人で病院へ向かった父から来た連絡は
「このまま入院で帰れなくなったから悪いけど来て。」
病院へ向かった私を待ち受けていたのは、父の余命宣告だった。

「何もしなければ1か月持つかどうか」

急性骨髄性白血病だった。
既に肺気腫と軽度の肺がんを患っていたため尽くせる手は限られており、どのみち長くはないであろう事を担当医師は暗に告げていた。

父は既に80歳を過ぎていたため、私は担当医師に
『本人が苦しまないようにだけ、お願いします。』
そう告げて、父の居ない日常生活に戻ろうとしていた。

しかし2日後に容体が急変、入院から1週間で父は逝ってしまった。
『俺の事はもういいから、後はお前の自由にやれ。』
そう言い残して。

父を天に送り、遺品整理やこれからの新生活に向けて孤軍奮闘していた頃。
YouTubeを開いた時に目に付いたのがTHE ALFEEだった。
そのハーモニーに心が救われたような気がした私は、知っている曲から知らない曲まで時間が許す限り片っ端から再生していった。
(※本来はよろしくないモノであるが、間違いなく私にとって救いであった事を断言させていただく。)

そこで出会った曲が「PRIDE」だった。

すべての罪が許されることはないだろう
だから今を生きるその誇りを胸に掲げ
迷わず信じた道を真っ直ぐに
君よ闘え

https://www.alfee.com/

この1フレーズに、どれだけの力を貰っただろう。
当時、1日何回この曲を聴いた事だろう。
このフレーズを胸に強く刻み、父が亡くなった1か月半後には本格的に新生活をスタートさせた。

そして、ある曲と『再会』する事になる。
呼び起こされる古い記憶と辛かった日々。
大人になったからこそ分かる、あの時の涙の意味。

それがBE∀T BOYSの『ふたりだけの夜』だった。
BE∀T BOYSとは、THE ALFEEによく似た3人組である。
そして何故かTHE ALFEEのライブでBE∀T BOYSの曲が演奏される事がある。


人生の転換期 その1。

小学校3年生の夏。
強烈な痛みが私の左足を襲った。
最初は肉離れと診断され、数日後に痛みは消えた。
しかし、いつまで経っても足を引きずっている。
おかしいと思った家族により再び病院へ強制連行された。
地元の個人医院から近所の総合病院へ、そして最終的にたどり着いたのは大学病院だった。

そこで『ペルテス病』と診断された。
活発な男児に多い病気であり、女児の発症はなかなかに珍しいようだ。
当時の私は、女の子よりも男の子と遊ぶ方が圧倒的に多かった。
女の子らしいオママゴトや人形遊びには見向きもせず、男の子達と近所をかけずり回っていた。
光GENJI人気から始まったローラースケートブームが落ち着き、その頃は一輪車を乗り回していた。

そのまま入院生活に突入。
夏休みだった8月半ばに入院し、9月の後半に手術が決まった。
手術準備のため、常に牽引具の装着が必要となりベッドの上から離れる事が許されない日々。

数少ない娯楽の一つが、持ち込んだラジカセで聴くラジオだった。
トーク系の番組を聞く事はあまりなく、週末に放送されていたJ-POPのランキング番組を録音し、繰り返し再生していた。


そのハーモニーは何故か私を不安にさせた

消灯後のベッドの上で、ラジカセにイヤホンを繋ぎ録音したカセットを再生する。
そこから流れた、ある曲のハーモニーにとてつもなく惹かれた。
テープの録音時間には限界があり、トーク部分を出来るだけ省いていた為その曲の詳細は分からない。

惹きつけられるハーモニーなのに、聴けば聴くほど不安になる。
手術への不安と恐怖に襲われる。
でも、聴く事を止める事が出来ず何度も繰り返し再生する。

止まらない涙。
布団を被り、そのハーモニーに抱かれながら静かに涙を流す夜を何度過ごしただろうか。


不安の正体

大人になり『ふたりだけの夜』と再会したその日。
あの頃の感覚を思い出し一晩中、涙が止まらなかった。

改めて歌詞を確認するが…
これはさすがに9歳の小学生が理解出来るものではない。
そして正直、一晩中泣くような曲でもないよな、と少し笑ってしまった。

しかし、そこにあったハーモニーはあの頃と変わらず私の心に染みた。

そして気付く。
私を不安にさせていた正体は、このハーモニーの『包容力』だったのだと。
すべてを包み込むハーモニーが、私の中に押し殺していたものを吐き出させていたのだと。
心に染み入るハーモニーから大きな安心感を得ていたのだ。

だからこそ、素直に涙を流す事が出来たのだ。

どうやら私の音楽依存は、ここから始まっていたようだ。


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