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深夜徘徊と思い出

私は夜が好きだ。

独身時代は夜遊びばかりしていたし、今も夜型だ。
この文章も23時に書いている。

そんな私の密かな趣味が「深夜徘徊」。
夜、ふと思い立ってパジャマからワンマイルウェアに着替える。
いそいそと玄関を出たら始まり。

私が住んでいるのは閑静な住宅街。
22時を過ぎると周りはシン、と静まる。

気持ちばかりの防犯対策としてスマホを握り締め、どんどん歩く。
目的地はだいたい少し先のコンビニ。
近くの道路では絶滅危惧種の暴走族がバイクを走らせる。


こうして、深夜徘徊をしているといつも思い出す景色がある。




それは、私の祖母宅。
祖母宅には高校を卒業するまで毎年、盆と正月に泊まりがけで行っていた。
田舎なのでネットをするにも電波は弱いし、大人たちは酒を飲んで早々に寝入ってしまう。
枕が変わると寝付けない性分なので、この夜がとても長く感じた。

そんな時、私は夜の田舎を徘徊しに行っていた。

「ぼくのなつやすみ」のような田舎にあった祖母宅は22時を過ぎれば街灯の灯りしかない真っ暗闇。
そんな中、徒歩10分のコンビニへ向かって歩く、歩く。
車も走らず、人もいない。
まるで終末のような世界だけど、どこか非日常感を味わえた。

忘れもしない、高校三年生の夏。
いつものように深夜徘徊をしていた私はあるものを見た。

「え?ホタル?」

コンビニへの道中、私の目の前を淡い光が横切った。
思わず独り言を発する。
確かに空気は綺麗な田舎だが、周りは山だらけで沢や川など近くにない。

あれはホタルだったのか…
それとも、お盆に帰ってきた声を知らない祖父なのか…

翌年からは多忙になったため盆正月に祖母宅へ帰ることは無くなった。
上京してからは一回も会えず、結婚した時もコロナ禍だったということもあり電話で「ゆうみちゃん、ほんとにおめでとう」と会話しただけだった。
そして現在祖母は痴呆が進み、老人ホームに入居している。
田舎の家を手放すという話を父から聞いたので最期までそこで過ごすのだろう。
ということはもう祖母宅に行くことも、あの日見た謎の光の正体を知ることもできない。
老人ホームは面会制限もあるそうで気軽に会いにも行けないそうだ。

もっと都合をつけて顔を見せてあげればよかった。
夫も、ひ孫も見せてあげたかった。

でも、後悔したところで遅かったのだ。


そんなことを考えていると目的地についた。
閑静な住宅地の中に煌々と光る灯り。
 「いらっしゃいませー」
気のない店員の声を聞きながら店内に入り、飲み物とお菓子、明日の朝食用にパンを買って会計した。
「ありがとーございましたー」
再び店員の気のない挨拶を背に家路へつく。


夜は朝を迎えるのに必ず越えなくてはならないものだ。
人は誰しも後悔や悲しみ、葛藤を抱えている。
それでも朝がきたら皆次に向かって行動していくのである。

そんなことを深夜徘徊から学んだ。
今後もこうして何かを学び、悟るために続けるであろう。

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