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第20話 見合いと相手の衝撃

「お父さん。これって……」
『お父さんなの!?』
 学園の昇降口で、しゃがんだ状態であさひの制服のスカートをつまんだりしていた。一見すれば、完全に不審者の体をなしている十六夜に、若干、あきれ気味のいずみが呼び声をかけると、あさひの動揺とともに十六夜も立ち上がった。
 自宅で写真を見せられたことで、お見合い相手があさひだということは分かっていた。しかし、あさひのやきもちをやく姿に、ときめいていたいずみはお見合い相手であることをあさひには告げずにいた。
 そんな、あさひといずみには、父親の十六夜には言えないことがあった。それは、すでにあさひに告白してしまっているいずみ。それを、十六夜はもちろんのこと、母親にすら話していないこと。まして、『キス』をしていることを言おうものなら、十六夜は卒倒しそうな内容である。
 そして、一番の衝撃が走ったのはあさひの方だった。
 それまで、ただのダンディな男性とばかり思っていた人が、まさかのいずみの父。つまり、あやのやみやびの父親であることを、初めて知ったことになった。それも、学園の昇降口でのいずみの『お父さん』発言でようやく知った形になった。
 一方の十六夜はというと、あさひがモールで『男子』として十六夜に接していたこともあり、十六夜にとってのあさひは、『男性』であり、学園で『女子』の制服を着ているとは思ってもみなかった。その結果。あさひの横にかがんで、スカートの中を確認する一歩手前の状態になっていた。
 かろうじて、父親の不審者行為を防ぐことのできたタイミングで訪れたいずみは、両親にすら言っていないことが、いずみとの関係のほかにもあった。それは、いずみの学園での『女子』としての行動だった。
 今の状況は、あさひが落ち着かないということで、女子の格好をしていたが、書類上の登録性別は、いまだになぜか『女子』のままだった。
 決して、「面倒」だから、「かわいいから」という意味で、女子のままにしていた……という訳ではなかったが、変更するタイミングを逸脱していたいずみ。当然、学園の生徒会長でもあることから、生徒の書類に関しての若干の管理権限は、いずみにもあった。しかし、あさひのかわいさを目にして、好意を持っていたいずみにとっては、後手に回ってしまっていた。
 その積み上げられた結果が、十六夜が学園に来るという状況で、一気にいずみに降りかかってくる。
「で、お父さん。学園に何しに来たの?」
「なにしにって、一応。学園の役員だからなぁ。そりゃぁ。学園に顔くらいだすさ。」
 いずみの父の十六夜は、学園の上級顧問でもあり、学園システムを作った筆頭責任者の5人のうちの1人でもあった。
 いずみの入学と共に、学園の管理の一部を譲渡していたこともあり、生徒の書類の管理はある程度は、いずみの権限で何とかなるようにはなっていた。あさひの転入当初。書類のミスで女の子となっていたと、あさひには説明していたが、実は。ごく単純なことだった……
『私が、女の子だと勘違いして登録した……』
『なんて、言えない……』
 あの時。制服が送られてくるための必要な書類に、何を間違ったか、いずみはチェックをする前に、女の子だろうと思って制服の発送を依頼してしまっていた。つまり、あさひの入寮時に告げたいずみの言葉は、口実だった。
 それが、十六夜の学園への到着で、そのことが一気にバレてしまう形になっていた。幸いなことに、学園に来た十六夜が『女の子の制服を着たあさひ』に興味津々ということだった。
 十六夜にとっては、『同性』なのだから、スカートをめくろうが何しようが、『女性』のスカートをめくっている訳ではないので、『変態』にはならないことだった。そして、あさひが『女の子』として、仕上がっていたこともあった。
「しかし、よくできてるよなぁ~」
「あの……」
 隙あらば、あさひのスカートをめくろうとする十六夜。そして、ちょっと離れるあさひ。十六夜が一歩進むと、あさひが二歩下がるという、奇妙な光景が広がっていた。
「お・と・う・さ・ん?なにしてるのかな?」
「おっと、好奇心が……」
「はぁ。」
「で、どうして。あさひくんが『女の子』の制服を着てるんだ?」
「そ、それは……」
「学園の外では、ボーイッシュな格好ができるようになりましたけど、学園では女の子のまま……どうして?」
 ミスコンの後から、学園の外で学園関係者以外であれば、『男の子』として活動できるようになっていたあさひ。ただ、学園では、いまだ『女の子』として生活をしていた。
 それを、あさひも仕方なくとはいえ、了承して女の子としての生活を違和感なくこなすことができるようになっていた。それなのに、いずみは、あさひに対して男の子としての学生生活をしないようにとしていた。それは……
『だって、女の子の制服のほうが、かわいい!』
『とは、言えない……』
 最初こそ、いずみの勘違いから始まった、あさひの『女の子』としての生活。しかし、いずみにとってのそれは、魅力そのものだった。
 いずみには、あやのとみやびという姉妹はいるが、姉妹とは違う魅力をあさひに感じてしまっていた。姉妹の妹たちも、それはそれでいずみにとっての魅力だったが、ことあさひはいずみにとって別格だった。
 白百合荘に入寮したことで、いずみは大家として管理してあげる立場となった。それは、大家として当たり前である。しかし、いずみの中では、全く別の感情が生まれ始めた。それは、『男の娘』という位置づけだった。
 同性ではない、異性でありながらかわいく、それでいて大事に保護したい存在のあさひにいずみは、次第に興味を惹かれていった。異性でありながら、同性のような魅力を放つあさひは、それまで姉妹たちを守ることで、ある程度の心の糧としてきていたいずみのオアシスとなった。
 最初は、大家としてしっかりと勤め上げることや、生徒会長として見本になるために、あさひの前でも活動していたが、その心構えは、いともあっさりと崩れ去った。
 いくら女の子の格好をしているからとはいえ、あさひは男の子である。当然、思春期男子のような男っぽい匂いが、どうしてもしてしまうもの。その匂いを学園の中で漂わせては、容易に周囲にバレるのが目に見えていた。そうして始めたのは、洗濯物の臭いチェックだった。
 ……男っぽい匂いをさせてないか?……
 最初は、周囲にバレないようにと始めた『その行為』そのものが、いずみの理性のタガを外すキッカケとなり始めていた。
 いずみも、告白を受けたりすることもあったが、大家として生徒会長として、『恋愛』という言葉は、二の次だった。大家として姉妹たちの面倒を見ること、生徒会長として学園の書類に目を通したりと、恋愛をしている暇がなかった。そんなところに現れたのが、あさひだった。
 大家と生徒会長の仕事に追われていたいずみにとって、あさひの存在はオアシスだった。恋愛をしている暇はない。と、心に決めて仕事に明け暮れていたいずみは、あさひがほかの生徒に『男の子』であることが、バレないようにと始めた匂いの確認作業が、それまで抑えてきていた、乙女としてのいずみの感情を呼び覚ます形になった。
 そして……今。十六夜の前で、あさひが女の子の制服を着ているという結果となっていた。
「それは、その。書類の関係とか。いろいろね。」
「そんなの、簡単にできるだろう。」
「えっ?」
 十六夜は、あさひが知らないことを、一から説明し始めた。説明された内容は、あさひの知らないことばかりだった。
 生徒会役員にはなったあさひだったが、ほとんど手伝いのようなもので、生徒会の内容自体に、そこまで深く触れてこなかった。
 そのため、自分の事に関しては、いずみにまかせっきりだったこともあり、どうして女の子のままなのか不思議で仕方がなかった。
「あさひくんは知らないだろうけど、いずみに管理権限があるからね。変えようと思えば変えられるし、制服の発注の権限もあるからね。」
「えぇっ!」
「う、うん。ある。」
「それでも、あさひくんが女の子の格好をしてるということは……」
「お父さん!それ以上。いわないで!」
「あははは。はぁ~」
 十六夜は、何かを察したのか、口を開けて大笑いを始める。そこは、さすがの父親というべきものだった。
 あさひに対しては、にやにやしたりとデレデレな一面を見せるいずみも、父親の十六夜の前では全くの形無しだった。
 そして、この出来事の後。白百合荘にはしっかりと男子の制服が配送されたのだった。これで、あさひの制服がしっかりとそろったわけだったが、あさひは、別の問題でしっくりと来ていなかった。それは、やっぱり制服の事だった。
 それまで、女の子として学園生活をおくってきていたあさひが、実は『男の子』でした。と言われて、ほかの生徒が納得するかと言われれば千差万別である。女の子としてのあさひを見てきた生徒たちは、男の子としてのあさひを当然のことながら、見たことがなかった。そのため、あさひは女の子であることが、生徒にとっては『普通』になっていた。
 生徒の中には、色々な意見を持つものが多く……
『むしろ、大歓迎よ。男の娘じゃない。』
 などと、生徒たちの趣味嗜好が駄々洩れの声があちらこちらから聞こえてきていた。一方。いずみと十六夜はというと、昇降口から生徒会長室へと移動した二人は、お見合いの話について語り合っていた。
「いいのか?あさひくんは一緒じゃなくて」
「いいのよ。まだ、しっかりとせつめいしたわけじゃないから」
「それで、どうしてあさひくんなの?」
「そんなの、気に入ったからに決まってるだろう。」
「そんな簡単に……」
「簡単さ、恋だって一瞬だろう?」
「それは、ま、まぁ。」
「ん?もしかして、好きな人でもいるのか?」
「へっ!そ、そんな人は……」
「なら、いいじゃないか。」
 いまだに、あさひと告白やキスをしたことを言えずにいたいずみだった。それに、いずみもあさひが女の子の格好をしているから好きなのか、それとも男の子の格好をしてても好きなのかが、いまいちわからなくなっていた。
『あさひちゃんはあさひくんで、男の子なのよね。でも、学園だと女の子として生活していたわけで……』
 そのモヤモヤは十六夜が帰宅した後も続き、生徒会の秘書として活動しているあさひを見てもモヤモヤは収まらなかった。
 そして、次の日。なぜかあさひは「女の子」の制服を着ていた……
「で、どうしてそんな格好をしてるの?」
「えっ?」
「『えっ?』って、男子の制服が支給されたんでしょ?」
「はい。」
「じゃぁ、なんで、女子の制服を使ってるの?」
「それが……笑わないでくださいね。」
 そう前置きをしたあさひは、スカートのすそを抑えながらモジモジと言い訳を始める……
「あの、男子の制服なんですが、ズボンじゃないですか。」
「そうよね。」
「どうも、スカートになれたせいか、太ももが落ち着かないんです……」
 学園に入ってから数ヵ月。女の子として生活が、当たり前となっていたあさひにとって、男子用の制服が来たことで、自分の部屋で着用していた。
 しかし、いつもの癖も相まって、男子用の制服に袖を通すものの、男子としては当たり前の格好ではあるものの、違和感を生んでしまっていた。その結果として、結局。女子用の制服を着るという結果を生んでいた。
 そして、いずみやあやかから指摘されたあさひは、素直に話をするとどうしてもモジモジとしてしまう。そんな姿は、いずみだけでなくあやかも『かわいい』と思ってしまうほどに『女の子』が板についてしまっていた。
 学園の中でも男子として振る舞うことになったあさひは、男子として行動するというよりも、女の子としての行動が板についてしまっていたこともあり、女子用の制服を着ることが多くなっていた。
 しかし、生徒手帳や学園では『男子』ということになっているので、女子用のお手洗いを使うわけにはいかないため、男子用を使うことになっていた。しかし……
「えっ!あぁ。あさひさんか……」
「ん?」
 あさひの性格として、男子の制服を着ることをためらっていたこともあり、女子用の制服を着用していた。その姿のまま、男子用のお手洗いを使うことになってしまったため、他の男子生徒と居合わせた場合、男子生徒のほうが肝を冷やすという事案が発生していた。
 学園内でそんなことがおこり始めているのと同時に、いずみの中では困惑が生まれ始めていた。それは、あさひをかわいくて好意を持ったいずみだったが、それは、女子の制服を着ているあさひが好きなのか、あさひが男子の制服を着ても好きなのかの結論が出ずにいた。
 それから、数日。いずみのお見合い相手があさひであることは、他の姉妹のあやのやみやびにも伝わり、好意を持ち始めていたあやのとみやびも、不服なようで、いずみに対して言い寄り始めていた。
「どうして、いずみねぇが見合い相手なのよ。私が欲しい……」
「そんなこと言われても、お父さんが決めたことだし。」
「それは、そうだけど……」
 あやのも自分があさひと見合いをしたいとは言ったものの、いずみのこれまで自分たち姉妹のために、色々と頑張っていてくれたことを知っていた。それは、みやびも同様で、趣味のイラストである程度小遣いを稼げるようになったのも、いずみの後ろ盾があったからに他ならなかった。
 しかし、この異性に対する『好き』という感情に関しては、ふたりとも納得できてないようで、ふたりの中では、『ゆずる』という選択もあったものの、モヤモヤとした感情が、ふたりの間に渦巻いていた。
「いずみねぇには、色々と面倒見てもらってたけど……」
「ちょっと、あやねぇ。」
「だって、そう思わない?みやび。いずみねぇだけ……」
「思わない……わけじゃ、ないけど……」
「あなたたち……」
 これまでの、学園での生活や白百合荘でのあさひとの生活。そして、白百合島での出来事を考えると、あやのやみやびの中ではどうしても自分たちの中で踏ん切りをつけたいという感情があった。
「だから……」
「たから?」
 それまで、いずみにまかせっきりになっていたあやのとみやび。このままではだめなことを、理解こそしていたものの、踏ん切りがつかずにいた。
 それが、あさひという『異性』の登場をキッカケとして、いずみにまかせっきりからの卒業を、決意するキッカケにもなっていた。そして、ふたりはある答えを導き出した。
「あたしと、みやび。1日、あさひちゃんとデートさせて!」
「えっ!あたしも?」
 半ば強引に巻き込まれる形のみやび。しかし、みやびもあさひに対して、興味を示したことも事実だった……
「いいでしょ!1日だけ。1日だけだから。」
「あたしは……別に……」
「みやびもお願いして!」
「えぇっ。」
 率先して動くことが苦手なみやびは、デートすること自体、初めてなこともあり、戸惑ってしまっていると、あやのが耳元でささやく……
『あなた、ほんとは好きなんでしょ?あさひちゃん。』
「ふえっ!」
『なっ!なんで。それを。』
『だてにお姉ちゃんしてないからね。でも、いいの?このままいずみねぇにとられても……モヤモヤしない?』
『それは……』
 たしかに、みやびとてモヤモヤしないかと言われればうそになる。白百合島でのあの出来事や、学園に戻ってきてからの献身的にサポートしてくれたことなども、心の片隅に残っていた。
「うん。いずみねぇ。私も、あさひさんとデートする!」
「あなたたち。」
「いい?私たちは、それであさひさんをきっぱり諦める!だから……」
「あやの、みやび…」
「いずみねぇ。幸せになってね」
「そう、いずみねぇも、もっと、女の子していいんだから。」
 それまで、姉妹のためと思ってやってきていたことが、いつしか自分を後回しにして姉妹たちをたてるような状態になっていっていた。そのことはいずみにとっては当たり前だった。
 しかし、あやのやみやびが、いつまでもいずみに世話を焼いてもらっているばかりじゃないということを、意見を言い示してくれたことで、より姉妹の絆が深まっていった。それは、いずみにとってもうれしいことだった。
「わかった。あなたたちにまかせるわ。でも、これだけは言わせて。」
「ありがとう。そして、無理して決着をつけなくてもいいんだからね。」
 それは、いずみの精いっぱいの優しさだった。あさひを寮生として受け入れたことで、妹たちもあさひ好きになってしまった異性を、いずみが取ってしまう形になっていた。そのことで、つらい気持ちになっていたいずみだった。今回、妹たちが言ってくれたことで肩の荷が下りたような気分になったいずみだった。

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