第二話 クラリティア人と癒しの能力

 坑道の奥の奥。坑員の休憩所を利用する形で築かれた盗賊のアジトは、弧を描くようにくりぬかれ、坑道の終着点につくられたいた。
 ところどころに炭坑の名残のトロッコが横倒しになっていたり、線路の痕跡が残っていた。

『やっぱり、ここは元炭鉱か。匂いでそんな気はしてたけど……』

 アリスは、周囲の匂いとトロッコの状況。線路の朽ち具合で、おおよその予想が付くほどに、メンテナンスがされていない様子だった。
 ネザーラビットも、クラリティア人から技術は学んだ可能性はあったが、それでも技術の継承がうまくいっている様子もなかった。

「それで、クラリティア人に会いたいとか?」
「はい、こちらにいると伺ったのですが……」
「それなら、こいつだ。ほら……」
「この方は……」
「あぁ、クラリティア人だよ……」

 アリスたちの前に現れたのは、見た目こそクラリティア人の特徴でもある、横に着いた耳。隠されてはいるものの、小さな尻尾が確認できてしまうという、お粗末なものだった……

「想像していたものとは違いましたが……」
「やっぱりか……」
「気が付かれましたよね。親方さんは。」
「あぁ、気が付かないとでも思ったか?」
「いえ、そうではありませんが、この方はあまりにもお粗末すぎますから……」

 中央の一段高くなったところに座った親方は、頬杖を突きながらことを見据えていたようだった。

「それにしても、クラリティア人が行商人に身をやつすというのも、滑稽だなぁ。」

 親方の発言に、周囲にたむろしていた輩たちは、どよめきの声を上げる。アリスの見た目は、変装こそしているが、立派な耳と尻尾が付いている。
 しかし、その耳と尻尾は、あくまでも仮初めのモノで、すぐに取り外すことができる。そのため、わかる人には見分けることができる。

「親方。何をいってんですか? こいつは……」
「あぁ、クラリティア人さ。正真正銘のな。だろ? アリスとやら。」
「親方様も、お目が高いようですね。」
「だてに親方やってないからな。」

 その言葉とともに、親方が手を上にあげると、アリスたちの周りを他の輩たちが囲む。それぞれ、農耕器具や炭坑器具などを持ち、盗賊といっても名ばかりの装備ばかりだった……
 その中でも、アリスと対峙したのは、それなりの装備をした騎士かぶれで、それなりに腕が立ちそうな身なりをしていた。その姿に驚いたのは、アリスではなくラフィアだった……

「ラフィラス……、あなた。何してんのよ!!」
「お嬢様。お久しぶりです。こんな姿で再会できるとは思っていませんでした」
「ラフィアさん、知り合い?」
「えぇ。それは……」
「私がご説明します。アリス様。」

 ラフィラスはアリスと対峙し、剣先をアリスに向けたまま、ゆっくりと語り始める。それは、過去の歴史で、悲しい彼女の歴史でもあった。

「ラフィア様のお付きとして仕えていた私は、母国であるネザーラビティアの窮地に、駆け付けることになりました。」
「それからは、悲惨の極みでした。私がたどり着いたときには、惨殺された両親と両親を殺めたという、クラリティア人がとらえられていたのです。」

 必死に涙をこらえながら、それでいて淡々と話すラフィラスは、戸惑いと怒りの間でせめぎ合っていた。

「あとから聞いた話だと、クラリティア人が脱出しようとして、襲ったらしいのはわかったけど……」
「それでも私は……。クラリティア人がキライだ!」

 ボロボロと、大粒な涙を流しながら、アリスに対峙するラフィラスの握る剣は、プルプルと震えてしまっていた。
 アリスたちを取り囲んだ輩たちは、親方に言われた通りに囲んでは見たものの、どうしたらいいのか困惑しているようだった。
 その様子を見た親方は、アリスを挑発する。それは、普通のクラリティア人であれば、この状況ならムリなことを言い始める。

「アリスとやら。目の前のラフィラスの過去を知って、どう判断するんだ?」
「恨みを晴らさせるために、その身を投げるか?」
「それとも、この場から逃げ出すか?」

 親方の投げかけた言葉に、ラフィアやアリナは、一様に同じような意見を持つ。それは、アリスのことを知っているからこその答えだった。

「アリスは、相手が悲しむ選択はしない!!」
「そうよ、アリス様はそんな選択肢は選ばない!!」

 アリスの両脇を固める形で、アリナとラフィアが声を上げる。その姿を盗賊の親方は、鼻で笑いながら一蹴する。

「おうおう。ずいぶん信頼されてるんだな。アリスとやら」
「そうだ。アリス様との暮らしてきた数か月が、すべて物語ってる。」
「あたしは幼いころから一緒なんだ! アリスがそんな選択をしないことくらい、わかる!」

 アリスはそんな二人の言葉を聞いて、自分の決心がついたようで、一歩ずつ歩みを進める。向かい合ったラフィラスは、剣先を向けながらも、歩みを止めないアリスに困惑しっぱなしだった。

「と、止まれ! さ、刺しちまうぞ。」
「ううん。あなたはやさしい子。現にほら、こんなに剣が震えて……」
「こ、これは……。そう、武者震いよ!! いいから、止まって!! じゃないと、刺しちゃう。」

 ラフィラスの忠告も聞かず、アリスは一歩ずつ前に進むと、その震える剣先はアリスの首元を捉える。研がれた剣先には、アリスの首元が少し切れて鮮血が剣を伝う。

「あ、アリス!」
「大丈夫。これくらい……」

 プルプルと震えながらも、決してその剣を引こうとしなかったラフィラスだったが、アリスの怯まない様子に根負けしていた。そして……

「ほら、こんなに泣いてる。ラフィラスちゃん。」
「あ、アリスさん……」

 その様子を見た親方は、いとも簡単に折れた。あまりにも簡単に折れたので、アリスも不思議になってしまうほどだった。

「わかったよ。本当に、腰の据わったクラリティア人だよ。あんたは……」
「わかってくれましたか。」
「あぁ。今まで見てきたクラリティア人というのは、自分のことしか考えず、我先に逃げることしか考えなかった。」
「だから、こんな茶番をしたのさ。」
「親方さん。」
「その耳だって、付け耳なんだろ? 本来の姿を見せてくれないか?」

 喧嘩っ早い民族とは聞いていたアリスだったが、率先して喧嘩をしようなんて思うのは、ごく一部だということを知ったアリスだった。
 そして、親方の申し出により、付け耳と尻尾を外すと、アリスの端正な顔立ちが際立っていた。

「美人だとは思っていたが、これほどとはなぁ~。それに、腰も据わってる。なぁ、俺の嫁にならないか?」
「えっ?!」

 親方の唐突な申し出に、アリスが戸惑っていると、アリナが怒りだしてしまった。

「はぁ? なんでそうなるのよ!!」
「いや、ノリだよ。ノリ。」
「ノリで済ますな! もう。」
「まぁ、まぁ。」

 アリスの首元には、うっすらと剣で切られた跡が残ったが、アリスはまったく気にしている様子がなかった。浅い傷ということもあり、あっさりと傷はふさがったが、ラフィラスは恐縮しっぱなしだった。

「アリス様。ごめんなさい!! なんとお詫びしたらいいか……」
「いいのよ、これくらい平気だから……」
「でも……」

 終始謝り倒すラフィラスと、返事に困るアリス。先ほどまで困惑しながらも相対していた輩たちは、ほっとした表情で胸をなでおろしていた。

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