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第10話 明治転生録 -下着じゃありません、水着です。-

 海岸沿いにある浜辺のある旅館に、療養という名のバカンスに泊りがけで来ている咲夜御一行の三人は、初日の昼すぎに美知留が美緒に水着を作ったことが好評になっていた。
 一部アクシデント?【第9話おまけを参照】も起こり、美緒とたかやの距離がグッと接近。それと同時に、母の咲夜は娘が意中の相手とまるで恋人のようになっていることで、ほっとしたような表情をしていた。

「もう少し、早くあなたと出会っていたら……」
「えっ?」
「いや、何でもないわ。」
「気になるじゃないですか、咲夜さん。」
「しかたないわね。」

 複雑な表情をしながらも、咲夜はゆっくりと話し始める。それは、ゆっくりと流れる潮騒の音に乗って、美知留の耳に聞こえてくる。遠くを眺める咲夜の顔は、ここにはいない誰かの影を追っているようだった……
 その視線の先では咲夜の娘の美緒と、使用人で美緒の思い人のたかやが、楽しそうに話をしている姿があった。

「ちょっと昔話をするわね。」
「はい。」


「これは、ある少女の物語。」
「その少女は、親の連れてきた許婚<いいなずけ>と、結婚することになっていました。」
「恋愛に憧れていたその少女でしたが、親が決めた許婚と精いっぱいの“恋愛の真似事”をしていました。」
「当時、できるだけのおしゃれをして、精いっぱいの身だしなみをして、許婚を誘惑していました。」
「そして、その少女には、愛の結晶となる、子を宿しました。」

 淡々と話す咲夜の表情は、時々感情的に、それでいて涙をためながら語り続けていた。そして、咲夜の語る物語は後半へ……

「ところが、世界は二人の幸せを祝う間もなく引き裂くことになりました。」
「戦争です。」
「徴兵によって、許婚はお国のためという名目の元、旅立っていきました。」
「遠くの海へと旅立った許婚は、それ以降。帰ってくることはありませんでした。」
「それでも、その少女は、悲しむことはありませんでした。」
「何しろ、その少女には、“恋愛の真似事”だったとしても、大切な証が残っていたのです。」
「そして、いつしか、その少女はこう思うようになっていました……」

 気丈に話す咲夜の横顔は、遠くを眺めたままで誰かに報告するかのような表情で、こう締めくくった。

「あの戦争がなかったら、もっと楽しい恋愛が、真似事じゃない本当の恋愛ができたんじゃないかと……」

 咲夜は自分のことではないということは、前もって言っていたものの、明らかに自分にあった出来事を、別の子の体験として話していることが、美知留にもわかった。すると……

「あら。泣いてくれるの?」
「えっ?! あ、これは……」
「やだよ、もう。ほかの子のことって言ったじゃないか。」

 咲夜の横で話を聞いていた美知留の目からは、自分でも気が付かないほどに、自然と涙があふれ出ていた。

「いや。なんでだろ。辛かったんだろうなぁ~って思っちゃって……」
「あら、そうかい? そう思ってくれただけで、その子もうかばれるね」
「はい。」

 ひとしきり涙を流した美知留は、咲夜に自分の中に巻き起こった気持ちを伝えることにした。それは、美知留の元の世界では当たり前だが、明治の時代ではまずありえない考えだった。

「咲夜さん。」
「なんだい?」
「もし、その人が生きてたら、おしゃれしたいですか?」
「そうだね。あの時は、おしゃれなんて二の次だったし、あんたが作ってくれたあんな着物もなかったし。」

 美知留はその少女が咲夜でなくても、その少女の願い事をかなえてあげたい気持ちになった。そして、美知留は咲夜に提案をした。

「咲夜さんも着ませんか? 水着。」
「は? えっ? あの水着をか? こんなおばさんが着て、誰が喜ぶのさ……」
「喜ぶ人はいますよ。」
「ふふーん。誰だい? こんなおばさんの露出を喜ぶ阿呆は、どこのどいつだい?」

 ニヤニヤといたずらに微笑む咲夜に、美知留は誰かを指摘するのではなく、ごく当たり前のことを咲夜に伝えた。

「いるじゃないですか。ひとりだけ。」
「ほほう。そいつは、誰だい? 言ってみな。叱ってやる。」

 “叱ってやる”と言いながらも、どこか楽しそうな表情をする咲夜は、美知留の次の一言で、ふと我に返る。

「旦那さんですよ。」
「へっ?」
「旦那さんなら、咲夜さんの綺麗な姿を見たら、喜ぶと思うんですが……」
「ふっ。」

 美知留の以外な提案に驚いた咲夜だったが、いつものようにくすっと笑うと……

「あんたには負けたよ。あたしがそんな恰好したら、あいつが黄泉から帰ってくるかもしれないな。なんて……」
「あはは。」

 それから、美知留は更衣室に戻り、美緒用の水着を少しアレンジし、大人向けにデザインしたものを用意した。それを見た咲夜は……

「こ、これを着るのかい? は、ハレンチすぎないかい?」
「これくらい普通ですよ?」
「はぁ~。美知留のいた海外というのは、こんなにハレンチなのかい。」
「でもほら、しっかりと隠すところは隠してますからね。」

 なんだかんだ咲夜も、斬新で目新しい美緒の水着に興味があった。しかし、自分が着るとなると、それは話が別である。しかし、興味の方が勝ったようで……

「お、お母さま?! その恰好は……」
「あ、あんまりジロジロと見ないでくれないか。恥ずかしい……」

 いくらプライベートな浜辺だとしても、ここまで露出したことのない咲夜は、恥ずかしさここに極まれりといった状況だった……

『こ、この格好。まるで下着じゃないか。いや、下着よりも布地が少ない……』
『ううっ。恥ずかしい……』

 美知留の言う通りに、隠すところは隠し出すところは出すという、女性の魅力を最大限に生かした水着のデザインだった。しかし、この当時。下着ですらここまで小さな布地の衣服はない。つまり……

『これじゃぁ、裸と一緒だ! 美知留!!』

 咲夜がこう思うのも無理はなかった。
 そして、美緒とは別のデザインで大人向けの咲夜の水着は、たかやの視線をくぎ付けにしてしまい……

「な、なんだい! その顔は!!」
「さ、咲夜お嬢様。」
「な、なによ。」
「…………」
「何か言いなさいよ!!」

 完全にくぎ付けになっていたたかやの口から出た言葉は、乙女にかける言葉としては最低な言葉だった。

「が」
「が?」
「眼福の極みです。」
「!!!!」
「イラッ!!」

 たかやの最低の言葉は、その場に居合わせた美緒と咲夜の感情を逆なでした。そして……

バチーン!!

 たかやの顔を両端から挟む形での、咲夜と美緒の見事なビンタに、たかやは卒倒したのだった。そして、倒れこんだたかやを、水着のまま足蹴にする二人という滑稽な図になったのだった。

「最低だな!! お前は。」
「そうです!! たかやさん」

 たかやを足蹴にしながらも、美緒はブツブツと独り言を言い出す。聞こえないように言ったつもりの美緒だったが、咲夜にはしっかりと聞こえていたようだった……

『私の時は何も言わなかったのに……』
『美緒ったら…… 大丈夫よ。取らないから、安心して。』

 そんな二人の様子を見て、クスクスと笑っていた美知留を、咲夜は放ってはおかなかった。

「あたしたちだけこの格好なの? 美知留……」
「いや、当たり前でしょう? 咲夜さん。」
「あたしたちだけ、こんな恥ずかしい思いをしたのに、美知留はしないんだって。それってどうなの? ねぇ。美緒?」

 咲夜と美緒は、明らかに攻勢の矛先を美知留に向けると、自分たちだけが恥ずかしい思いをしていることを突き付けてくる。

「そうですよ。どうして美知留さんは、着ないんですか?」
「いや、着るも何も、主役は二人なのに……」

 何とかして、自分が水着になることを避けたい美知留だったが、グイグイと間合いを詰めて来る二人に、仕方なく……

「わ、わかりましたから。もう、ふたりには負けました……」

 美知留の観念した様子に、ノリノリの咲夜と美緒は、この後。自分たちガックリと肩を落としてしまうことになるとは、想像していなかった……
 そして、渋々。水着に着替えた美知留は、念入りに長めのタオルを体に巻き、目立たないようにして二人の元へと戻る。美知留のその姿に当然のように……

「なんで巻いてるのよ。外しなさいよ。」
「そうですよ。こんな布。取っちゃいなさいな。美知留……」
「いや、ダメですって。取ったら……」
「どうしてよ。美知留。」
「どうしても何も……、今取ったら……あっ!!」

 美知留の抵抗もむなしく、美知留の体を覆っていた大きめのタオルが取れてしまう。

「なんということなの……」

 一足先に目撃した咲夜の言葉につられて、美緒も美知留の恰好を見る。そして、同じように……

「どうしたんですか? おかあさ……まっ?!」

 咲夜と美緒の絶句の視線を浴びた美知留は……

「ほら、こんな空気になるから……。だからダメって……」

 咲夜と美緒が絶句するのは言うまでもなかった。
 女性らしさを強調するためにデザインされた水着。最低限の布地で、隠すべきところは隠し、出すところは出すという、咲夜や美緒の時代にはなかった考え方の衣装。
 まして、当時としてはモデルスタイルに位置する美知留が、そんな姿をしようものなら……

「なんなの、この。負けた気分は……」
「くびれた腰。長い手足。お尻も小さいのに、胸はしっかりと主張。」

 美知留の両脇を挟む形で囲んだ咲夜と美緒は、ペタペタと美知留の肌を触って確認する。

「あ、あの。美緒ちゃんに、咲夜さん?」
「はぁ? あんたは何なの? この反則的なスタイルは!!」
「そうです! 私だって、こんなスタイル欲しい……。」
「うあっ、ウエストが細いから、胸が際立って……」

 美知留のスタイルに興味津々な咲夜と美緒。そして、触られるがままの状態になっている美知留。そんな珍妙な図を、唯一の使用人で近親者に近いたかやの目には、まるで裸の女性が目の前で戯れているようにすら見えてしまっていたのだった……

ばたっ!

 たかやが鼻から鮮血を流し、卒倒しても咲夜と美緒は、美知留の肌や体を触るのをやめようとしなかった。さすがに、困った美知留は……

「あ、あの。二人とも。」
「ん? 何よ。美知留。」
「そうです、少しは、私たちに分けなさいよ。このわがままボディー」
「分けれるのなら分けたいですが、あれ。あれ見てください。」
「なによ。アレって……」
「あっ。」

 咲夜と美緒は、鼻から鮮血を流して倒れているたかやにようやく気が付いたのだった……

『まったく、たかやったら……』
『そんなことで、美緒を任せれるかしら……』

 咲夜の親心と、裸体に近いとはいえ、隠すところは隠している三人を見ただけで卒倒するたかやに、あきれ気味の咲夜だった……

【おまけ】

 下着のような小さな布地に身を包んだ咲夜と美緒。美知留の三人を見たたかやの頭の中では……

『お、俺は、女湯にでも紛れ込んだのか?!』
『なんだ。ここは天国か?!』

 ふわふわと鼻から鮮血を流しながら卒倒したたかやは、暖かな枕の感触で目が覚めた。

「あっ、大丈夫? たかや。」
「あっ。美緒さまっ?!」
「ん? どうしたの? たかや。」
「い、いや。何でもないです。」

 たかやが気が付いた時、そこは美緒の膝枕の上だった。それも水着の状態の美緒の膝枕。
 スベスベとした太ももの感触が、たかやの頬に伝わる。必死に見ないようにしようと頭を動かすと、たかやの髪の毛が美緒の太ももを刺激するという状況になっていた。

「た、たかや。あんまり動かないで……くすぐったい……」
「あっ、ごめんなさい。」

ごそっ。
んんっ!!

 単純な膝枕だったが、たかやが動き、くすぐったがる美緒が変な声を出すという状況に、遠くで見守る咲夜の目には……

『あの二人はいったい何をやってるのかしら?!』
『まだ、婚姻すらしてないのに、なにをしてるのかしら?』

 男女のそういうことは、当然どの時代でも結婚してからということは変わらない。ただ、聞き耳を立てる咲夜の耳には、もうそういうことをしているようにしか聞こえなかった。

「んあっ!! だ、だから。ダメだって。たかや……」
「だ、だって。こんな、我慢できない。」
「だ、だから動くと……んんっ!!」

 東屋のような場所でくつろいでいた咲夜だったが、美緒とたかやの様子が気になり、それどころではなくなっていた。

「あんたたち!」
「あっ?! お、お母さま?!」
「さ、咲夜様?!」

 聞き耳を立てていた咲夜が突入すると、それまで膝枕をしていたハズの二人は、ゴソゴソと動くうちに、小さな布地はズレていろいろ危うい状態になっていた。

「た、たかや?! あんた、婚姻前の美緒と……」
「い、いや。これは……」
「問答無用!!」

ベチーン!!

 完全な事故だったが、美知留のデザインした小さな布地の水着だったのが幸いしてか、いかがわしいことをしていたように見えてしまっていたのだった……

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