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第14話 思考と羞恥心は紙一重?

 頭頂部にこぶを作った司は、ズキズキさせながら弥生に言い寄っていた。
「で、なんでここに立花さんが?」
「それはね、立花さんのおなかについてなのよ」
「あ、あれね……」
「あっ。司も知ってるの?」
「ま、まぁ……」
 カーテンで区切られた診察用ベッドルームでは、立花が着替えをしていた。その外では、立花の事について親子で話をしていた。どこまで話すか迷った司だったが、さすがに体育倉庫での事は、心の中にしまっておくことにした。
『あのことは、言えないよなぁ~』
「まぁ。しょっちゅう、おなかを抑えてたから、何となく……」
「それがね。立花さんって……」
「や、弥生さん!」
「あら、着替え終わった?」
 弥生がおなかの理由の一端を言おうとしたタイミングで、カーテンを分けて飛び出してきた。さすがに、立花にとって自分の体の事を、気になる相手に知られるほど恥ずかしいことは無い。着替えもそこそこに弥生を静止した立花だった。
「あ、あのね。弥生さんに見てもらってただけだからね……」
「う、うん。うちの母さんは、看護師の資格も持ってるからいいと思うけど……」
 そんな会話をしている最中も、司の頭の中では先ほど見えてしまった下着の色が頭から離れず、思わず目でトレースしてしまっていた。
『あの色だから……上下で別じゃないはずだし……』
『な、なにを考えてるんだ!一体……』
 弥生の肩越しに見えてしまった立花の下着姿。一瞬だったとはいえ、思春期男子にとって、その一瞬はとても長く脳裏に焼き付くには時間がかからない。綺麗なレースのあしらわれた下着は、誰に見せるわけではないが、上下セットで着用すれば女性としての魅力が何倍にも跳ね上がる。
 そんな下着を気になる異性が付けていたとなれば、刷り込みのように記憶に残ってしまう。それを想像しないようにしても、この時の司には無理というものだった。
「ねぇ。立花ちゃんを家まで送ってもらえる?」
「う、うん」
「なに、見とれてるのよ。」
 この時の立花の格好は、慌てて出てきたためにラフなブラウスにスカート。そして、弥生の白衣を羽織った状態だった。学園では見ることのない立花の白衣姿と、見えてしまった下着が司の頭の中で奇妙なコラボを果たしていた。
「ん?あぁ。へぇ~そうなのね、あなたたち。ふぅ~ん」
「なんだよ?母さん」
「どうしたんですか?弥生さん」
「いいえ。なんでもないわ」
 疑問に首を傾げる2人に、弥生は立花を手招きしひとつの質問を投げかけた。
「ねぇ。立花さん。ひとつ。質問していい?」
「えっ?なんですか?」
 手招きに応じる形で、耳を弥生に寄せた立花のおなかは一気に活発に動き始めた。その音は隣に座っている司にまでわかるほどだった。慌ててトイレに駆け込み事なきを得た後、弥生に対して猛抗議している立花を司は首をかしげながら見ていた。
「それじゃぁ、立花ちゃんを送ってあげて」
「わかった。それで、今日も……」
「えぇ。研究があるから帰れないわ。まだ、作り置きがあるわよね?」
「まぁ。あるけど……」
「じゃぁ。それで……」
「わかった。それじゃぁ。立花さんを送って帰るから」
「うん。気を付けてね~」
 2人で帰る後ろ姿を見送る弥生は、研究心が刺激され目を輝かせていた。
『立花ちゃんったら、全く。お年頃の乙女ねぇ……。実に興味深いわ……』
 そんな弥生の想いとは裏腹に、立花の頭の中では司の反応が気になっていた。自分では頭だけ出したつもりだったが、その後の司の反応が妙によそよそしかったことが気にかかっていた。
『司くんの反応、何か変なのよね~あれからよそよそしくしてるし、目が泳いでるし……まさか!』
『見えてた?!』
『そ、そんな!そんなはず……』
『確認しないと……』
 見えたかどうかを何とか聞き出したい立花は、それとなく司に質問を投げかける。
「司くん。今日はありがとね。送ってもらっちゃって……」
「べ、べつに。これくらい普通だから。大丈夫」
 最初は無難な質問から、じわりじわりと確信へと迫っていく……
「白衣にも興味があったのよね。似合ってた?」
「う、うん。似合ってたよ。見違えたくらい……」
「で、見えた?」
 あえて、“下着”というのを濁して聞くことで、遠回しに見えていたかを確認する立花。司も“見えた?”の質問に対して、何のことかは察っしてはいたが、見えたものに対して消去法で見えてはいけないものを除外していく……
 しかし、この時の司の脳内では、黒いレース使いの下着と白衣。そして立花がそれをつけていたことが脳裏に焼き付いてしまっていたために、何を考えてもそのことへ考えがいたってしまっていた。その思考回路が、そのまま返答に出てしまう……
「えっ。く、黒のレース……あっ」
「つ、司くん?!」
 口をついて出た“黒のレース”という言葉に、失言したことを後から気が付く司だったが、時すでに遅かった。
「み、見えてたの?」
「ち、ちらっと、ちらっとだけだから……」
 ここまでくると、火に油。焼け石に水。言い訳をすればするほど、立場を悪くするしかなかった。せめて“ちらっと”とつけることで、事故感を出したかったがまったく伝わっていなかった……
 ビンタされると思っていた司にとって、少しだけ違ったことが起きた。それは、立花のビンタの手は司の頬で止まったかと思うと、その手は司の肩へと置き立花の表情ががらりと変わる。
「お願いだから、今日見たものは、忘れて!いい?」
「えっ……」
「いい!」
「う、うん……」
 この時の立花は、全く違うことを考えていた……
『高校生があんな派手な下着を……』
『それも、司くんに見られるなんて……』
『もう少し女の子らしいものでも……』
『いやいや。そもそも、見せるために下着を着てる訳じゃないし……』
『て、何を考えてるの?私……』
『と、とにかく。司くんには忘れてもらわないと!いろいろと恥ずかしい……』
 結果的に見せてしまったことになる立花の下着は、司の記憶から消したいものがもう1つ増えてしまった。

 それからというもの、2人の間は付かず離れず言葉を紡ごうにも話題が見つからないという状況が続く2人。その最中も、お互いは何とか話を切り出そうと考えを巡らせていた。
『何とか、立花さんと話を……』
『司くんと話しをしないと……』
 お互いの間には、微妙な空気が流れていた……。司の頭の中では忘れてと立花に言われたからか、かえって“黒いレース”という単語が頭の中で堂々巡りをしていた。それは立花のほうを見るだけ、記憶がよみがえってしまう。それは立花も同様で、間接的にも見られたかもしれないということで、司の顔をどんな顔で見たらいいのかわからなくなっていた。
 そんな互いの微妙な距離は、足元にあった小さな小石で縮まるもので、足元がふらついた立花はふらふらと司の方へと倒れこむ。
「あっ!」
「おっと……」
 立花を抱きしめる形で受け止めた司は、否応なしに理性を刺激され続けていた。
『む、胸が……』
 遥香ほど大きくもないが、普通よりは若干大き目の立花。それが司の体に押し付けられていた。
『ん?痛く……ない?』
『って、司くん?!』
 立花をしっかりと受け止めた司の体は、しっかりとしていて、頼りがいのある体付きをしていた。そしてこんなことを考えてしまう立花……
『あっ。ドキドキ、してる……』
 司の胸に飛び込む形で倒れこんだ立花の耳には、司の心臓の鼓動がしっかりと聞こえていた。
『なんだろう。こっちもドキドキしちゃうけど……』
『このドキドキは、嫌いじゃない……』
 そんなことを考えていた立花は、胸がキュンとなるのと同時に、おなかまで反応を始める……
『なっ!なんで、このタイミングなの?』
『もう少しで、家なのに……』
 立花の家までもう少しというタイミングで、司に抱かれる事とおなかが反応するというダブルアクシデント。
 もう少し感じていたい想いと、この状態でおなかが悲鳴を上げ始めるという、せめぎあいに困惑してしまっていた。そんな立花の中では、別れ際に弥生の言った言葉がよみがえっていた。
『……好きだから、おなかが反応するのよ……』
 まさに、今。司に抱かれているタイミングでおなかが急反応するということは、まさにそう言うことを告げていた。
『えっ、じゃぁ。司くんが好きだから、反応するの?このおなか……』
『いや、まさか……』
 そんなことを思っているとは知らない司は、あまりにも離れないことで不思議に思い始めていた。
「あ、あの。立花さん?」
「あっ。ごめん……」
 慌てて離れた2人の周囲には、若干の人だかりができていたが、2人が離れたことで人だかりもどこかへ行ってしまった。
「えっと。司くん」
「えっ、は、はい」
「今日の事は、その。2人の秘密にして……」
「えっ。秘密……」
「だって、このことを聞いて喜ぶ人が1人。いるでしょ?それに、ここから家。近いし……」
「あっ、あぁ。確かに……」
「だからね……」
 立花はくるりとその場でターンをすると、人差し指を口の前に当ててひとこと……
「2人だけの、ひ・み・つだからね」
 そういって立花は、自宅へと駆け足で帰っていった。普段とは打って変わった立花の姿に見惚れてしまった司だった。
「あんな、かわいい顔もするんだ……」
『……柔らかかったなぁ~……』
 それから、司は物思いにふけながら自宅へと帰った。一方の立花はというと、自宅の扉を入って早々。座り込んでいた。
「はずかしぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
「少女漫画で見たことをやったつもりだけど、あんなに恥ずかしいとは思ってもみなかった……。それに……」
 玄関先でしゃがみ込んだ立花は、おなかを確認すると、それまであれほど活発に活動していたおなかはどこへやら。全く別物かのように静まり返っていた。それは、暗に弥生の言っていたことを証明するかのようだった。
「やっぱり、私。司くんのことを意識してるから?うぅっ……」
 そのことを想像するだけでも、恥ずかしくなる立花だった。そして、司の脳裏には、しっかりと立花の下着の色と感触が記憶されたのだった。

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