第三話 盗賊の就業と厚生

 盗賊の親方に、クラリティア人であることがバレたアリスだったが、入ってきた入り口は依然として、塞がれアリスたちが逃げるのを阻止していた。そのため、中央広間でにらみ合いと同じ状況が続いていた。

「クラリティア人ってことがわかったんだ、ただで帰ってもらっちゃぁ。困るなぁ。」
「何をする気なの。」
「そんなの、いろいろだよ。まずは、金目の物を出してもらおうか。」

 盗賊らしくアリスたちの金目の物を差し出させようと、盗賊のひとりが寄ってきたところに、アリスが進言する。

「金目のものなら、私たちから取るよりも、もっといい方法がありますよ」
「ほほう。それは、なんだ?」

 アリスの突飛な答えに、隣にいるラフィアは、オロオロとし始める。アリスが突飛な答えをし、かえって窮地になることが心配だった……

『アリス様。大丈夫ですか?』
『任せて。多分、ここ。炭坑だから……』
『炭坑? あの?』
『そうそう。まぁ、見てて』

 それから、アリスは一歩前に出て言葉を紡いでいく。それは、クラリティア人のアリスには当たり前でも、ネザーラビットにとってはイレギュラーだった……

「ここ。炭坑だったんじゃないんですか?」
「おう、よく知ってるなぁ。それがどうした?」
「ここ、メンテナンスすれば、私たちから奪うよりも、多くの金が動きますよ?」
「それができたら、苦労しないんだよ。機械は動かなくなっちまうし、メンテはわからねぇし……」
「これまで、メンテナンスは……」
「クラリティア人に任せていたさ、うちらは火が苦手だからなぁ。やれなくはないんだが、どうも、腰が引けてしまうんだよ。」

 ネザーラビットに関係なく、ラビティア人は基本的に火が苦手で、慣れるためには結構な練習が必要となる。そのため、交流のあった頃のクラリティア人は、主にメンテナンスをして、運搬をネザーラビットが行っていた。
 しかし、ゲートが閉じたことによって、メンテナンス人員の交代がなくなったことや、ネザーラビットと友好関係を結んだものも、高齢化によりやれるものが少なくなっていった。
 その結果として、炭坑は資源があるにもかかわらず、利益を出すことができなくなり耕夫は、盗賊へと身をやつしていたのだった。

「だから、お前さんを返すわけにはいかないんだ。」
「わかりました。とりあえず、手伝わせてください。」

 アリスの意外過ぎる答えに、親方もあっけに取られていた。もともと、炭坑の外に発電設備があったが、メンテナンスされることなく、放置されていたこともあり、ほこりだらけで、通電しようものなら、ショートするのが目に見えていた。
 近くには水路があったが、十分な水量はあるにもかかわらず、小屋の中ではモーターが空回りしていた。

「うちらでは、どうすればいいのか分からないのさ。どこをどうつなげば、動くのか……」

 アリスたちについてきた盗賊のひとりは、首をかしげてしまっていた。一緒に来ていたラフィラスも、このことに関しては全く知らない様子だった……

「ラフィラス。あんたも、知らないの?」
「はい、守備範囲外です……」

 そこで、アリスはネザーラビットでもできるように、まずは掃除を任せることにした。回路そのものは、まだ現役で使えそうだったこともあり、知識がさほどないアリスでも、軽い掃除やメンテをすれば、容易に使えるようになることが分かった。
 道中の送電線も、切れている場所もなく、純粋にメンテナンスすることができないことで停止してしまっていただけだった。
 つまり、メンテナンスをできない上に簡易的な操作しかできなかったことで、伝承そのものが衰退してしまっていた。

「多分これで……」
「皆さんに手伝ってほしいことが……」

 それから、アリスはせこせこと動き始めた。ただ無駄話することしか能がなかった、盗賊たちを使い、掃除をされ広場を清潔に。そのあと、技術指導も始めた。
 技術指導と聞くと、大げさに聞こえるが、その実。ネザーラビットたちだけでも、運営できるキッカケを作ることになった。
 それから、盗賊たちは、手に武器ではなくスコップを握り、盛んなころの炭坑が復活し始めた。また、アリスがネザーラビットにもできるように簡略化したことで、容易にメンテナンスができるようになった。
 アリスの指揮のもと、メンテナンスを済ませると、止まって久しいモーターがうなりを上げて回転を始める。
 そして、薄暗かった坑道には、電気のあかりが灯り、歓声が上がったほどだった。

「なぁ、アリスとやら。」
「なんですか? 親方。」
「お前は、どうしてここまでしてくれるんだ?」
「えっ?」
「何の利益もないのに、見返りを求めないなんて、初めてだ……」

 親方は、利益を求め見返りを期待して動く輩しか見てきていないため、アリスの行動が不思議で仕方がなかった……
 そこで、アリスは親方に向かって、こう答えた。それは、貴族社会のラビティアにはなかった概念で、目新しいものだった……

「捕らえて、罰するのは簡単です。それでも、盗賊になる理由があるはずです。それを解消しないことには、変わらないですからね。」
「アリス。お前さん……」

 感極まった親方は、想いのままに、アリスに抱き着く。それは、純粋にうれしいという感情そのものだったが……

「もう、親方さん……」
「ありがとうよ。アリス」
「はいはい。」

 アリスの腕に抱かれ、親方はどうしても目じりが下がる。そういう意味で抱き着いたわけ絵ではなかったが……

『い、いいにおい……』

 そんな様子を見逃さない人がいた……

「何してんの?」
「あ、アリナ。ようやく親方がね……」
「それはわかるけど。抱きしめるほど?」
「仕方ないじゃない。」
「わかった、アリスがそういうなら……」
「そう? わかってくれてうれしいわ」
「うん、ただ……」

 親方の後ろに、アリスが回り込むと、親方の尻尾を思いっきり握る……

「はぎゃっ!!」
「いい加減、アリスから離れなさい!!」
「わ、わかったから。離れるから。」

 強烈に握られた親方の尻尾は、見事に晴れ上がりヒリヒリしているようだった。
 それから、アリスたちは、来る途中にあった街に戻ると、炭坑が再稼働したことや、盗賊が改心したことを触れ回った。
 当然、やってきたことが事なだけに、一概に信じてもらえそうにはなかったが、それでも、一部の住人は信じる住人もいてくれた。というのも……

「あ、あなた。クラリティア人だったの?」
「はい。すみませんでした、行商人のフリをしちゃって……」
「いや、いいのさ。何かあったんだろうとは思ってたけど。あなたがあの盗賊をねぇ~」
「はい、盗賊と言えど、元は鉱夫ですからね。盗賊をやる必要がなくなれば、と思って……」

 アリスがクラリティア人であることを打ち明けたことが、大きく住人を信じさせるキッカケとなっていた。クラリティア人が言うのだからと、信じてくれるという住人すらいるほどだった。それほどに、ネザーラビットたちにとってクラリティア人との親密さを物語っていた。
 それから、アリスたちは数日の間、この街に滞在することにし、炭坑の様子をうかがっていた。アリスが、メンテナンスをネザーラビットでもやりやすい方式にしたのが功をそうしたようで、あっという間に物流は盛んになり、元盗賊も鉱夫となり盗賊に戻ることはなかった。
 盗賊の親方も盗賊のいかつい部分が取れて、本当の意味での親方に収まっていた。アリスが顔を出すと、一番先に顔を出しお礼を言うようになっていた。

「アリスさん。本当にありがとう。」
「いえ。息を吹き返したみたいですね。」
「あぁ、すさんでたあの頃が嘘のようさ。今は、若手に発破かけてるよ。はははっ。」
「それならよかったです。」
「それでなんだが、お礼と言っても、なにも渡せないし、そんな資金も俺たちにはまだない。」
「そんなの……」

 そうして、親方の隣にやってきたのは、ラフィアの旧友のラフィラスだった。ラフィラスは、護衛として盗賊の一員となっていたが、炭鉱となってからは完全に手持無沙汰だった。

「こいつを、あんたの仲間にしてくれないか?」
「ラフィラスさん。」
「あんたの首元に傷をつけておいて、一緒にとは都合がよすぎるとは思ってる。でも、償いをさせてくれ。お願いだ。」
「ラフィラス……」

 ラフィラスは根はまじめで、両親のことが尾を引き、盗賊の用心棒なんて位置に収まっていた。仕方なくとはいえ、盗賊の片棒を担ぐことになってしまったことを、負い目に感じて贖罪の意味で、アリスたちについていきたいと申し出たのだった。

「私はいいけど……どうする?ラフィア。」
「ラフィア……」
「ラフィラス……」

 深い因縁のあるラフィアとラフィラスは、決めかねたラフィアの背中を、アリスがそっと背中を押す。

「ラフィアさん、連れていきましょ?」

 アリスの後押しもあり、アリスたちのキャラバンに、ラフィラスが追加になったのだった。

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