第13話 広報と秘書 前編

 ラヴィリナは王城の近くにある詰め所から、いつもアリスの店の準備へと手伝いに行く。準備を始めてから数日。ラヴィリナとラヴィリオが手伝うようになってからは、準備もはかどりもう少しで開店というところまでこぎつけていた。
 そんな毎日は、騎士としての職しか知らなかったラヴィリナにとっても、いい刺激になっていた。まして、アリスに出会ってからのラヴィリナは、活力を得たかのように騎士の仕事と、アリスの手伝いも立派にこなしていた。

「今日も、アリス様の手伝いを……」

 意気揚々とアリスの店の準備を手伝うために、ルンルン気分のラヴィリナ。アリスの店へと行く途中には、書店街もあり多くの書物が店頭に並べられている。
 その中には、素人が創作した作品を陳列している店もあり、活気があった。なかでも、歌劇団の雑誌や写真集などは、飛ぶように売れていた。ラヴィリナも、そんな写真集を持っている一人である。

「今日は何かないかなぁ~~」

 ラヴィリナは、手伝いに行くついでに顔なじみの書店をのぞいてみる。その書店は、一般の書物からアイドルの雑誌まで、幅広く取り扱われている立派な店舗。
 一般の創作性の高い書籍も取り扱われていて、人だかりができることもある。そんな書籍の山の中に、見覚えのあるものが並べられていた……

「あれ? これ……」
「!!!!」
「まさか、あたし?!」

 明らかに、自分をモデルにした表紙。そして、そのキャラクターと抱き合っているのは、明らかにアリスをモデルにしたような状態になっていた。

『だ、誰よ! これ書いたの!!』

 そう思いつつ、立ち読み用に用意された一冊を手に取ると、ペラペラとめくり始める。

『なにこれ……ハレンチ……』

 その書籍は、明らかにラヴィリナとアリスをモデルとした“そういう本”だった。つまり……

ぼん!!

 自分に似た顔のキャラクターが、アリスに似たキャラクターとそういうことをしている様子が描かれているのだから、当然。顔から火が出るほどに恥ずかしかった……
 アリスに惚れているラヴィリナにとって、“そういうこと”を考えないわけではない。ただ、こうして画像としてみると、それはそれで恥ずかしいものである。

『あぁ。あんなことまで……こんなことも……』
『うぅぅぅ~~』

 ダメとは思いつつも、ついつい読みふけってしまうラヴィリナ。そして、ふと思う……

『こんな書物。ほかの騎士団のメンバーに見られでもしたら……』
『!!!!』

 自分ではないにしろ、自分に似たキャラが“そういうこと”をしているのだから、他の騎士団員に見られては、威厳も何もなくなってしまう……
 そこで、ラヴィリナは思い立った。それは、ために貯めた貯金で、買い占めることだった……

「店主!」
「は、はい。何でしょう……」
「これ。買い占めるからな!!」
「こ、これ……まさか……」
「いいな! 言いふらすなよ!」
「しかし……」
「わかったな!! 絶対! だからな!!」
「は、はいぃぃぃぃ!!!!」

 幸いなことに、ラヴィリナをモデルにしたと思われるその書籍は、一店舗にしか売られてなかった。そこで、ラヴィリナはその店舗に陳列されているものを買い占めたのだった……

「こ、これで……一安心……」

 ラヴィリナは、一安心と思っていた。
 そう。“思っていた”のである。大量に買った、自分がモデルと思われる書籍を持ち、これからアリスの店へと行こうとしていたのだから……
 アリスに見つかってしまっては、ドン引きされるのが目に見えていたラヴィリナは、そろりと正面の扉を開ける。

「おはようございます……」
「あぁ、ラヴィリナじゃない」
「ら、ラフィア様。お、おはようございます」

 ラフィアもアリスの店の手伝いをしていたが、どちらかというと店を手伝う方が本分になりつつあった。
 王女のラフィアだったが、王女としての執務は、姉がすべて取り仕切ってくれていることもあり、王女としての公務は皆無に近かった。
 そんなこともあり、アリスの店の準備と称して、入りびたることが多くなっていたのだった……

「何買ってきたの? ラヴィリナ……」
「あっ。ちょっ、ラフィア様……」
「えっ。あっ、これ……」

 両手で抱えていた大量の書籍の上の一冊を取ったラフィアは、ペラペラとめくると、一気にニヤニヤとした表情に変わり……

「なに、あなた。こんなこと考えてたの? 意外とえっちね」
「ち、違うんです。店舗に並べられてて、買い占めてきたんです」
「えぇっ! 買い占めるほど? そんなに欲しかったの?」
「いや、そういうことじゃなくてですね……」

 ラヴィリナはラフィアに対して、必死に否定していた。それは、否定すればするほどに、自分の非を認めるような形になっていく……
 幸いなのは、この場にラヴィリオがいなかったことだった。ラヴィリオは、地方へと遠征が決まり、渋々。王都を旅立っていた……

『こんなのをラヴィリオに見られてたら……』

 ラヴィリオがこの書物を先に見つけていたら、一日中。冷やかされていたに違いなかった……
 ラヴィリナは、近くのテーブルにドサッと置くと、ラフィアに言い訳を続ける。

「ラフィア様。これには深いわけがあって……」
「なになに、聞いてあげるから……」

 ラヴィリナは、今朝の書店での出来事をすべて話した。それはもう、自分が潔白であることをすべて……

「そんなことがあったのねぇ~」
「そうなんです。わかってもらえました?」
「うん。わかったけど……」
「けど?」

 ラフィアが語尾を濁した。ラヴィリナはそのことが不思議で仕方がなかったが、すぐにその理由が分かった……

「わかったけどさ、どう思う? アリス?」
「えっ?!」

 それは、一瞬のことだった。
 ラヴィリナがゆっくりと振り返ると、山なりに積まれた書籍のひとつをアリスがてにとり、パラパラとめくっていた……
 その姿を見たラヴィリナは、一気に血の気が引くのがわかった。なにせ、アリスが手に取っている書籍に、登場するキャラクターにそっくりなアリスと、それを持ってきたラヴィリナが、この場にいるのだから……

「え、えっと……あ、アリス様?」
「あっ、ご、ごめんね。ラヴィリナ。そ、その。人の趣味のことよね……」
「ら、ラヴィリナが、そ、その。そういうことを思っているのは知ってたよ?」

 何とも言えない空気が、二人の間に流れる。微妙な気持ちのやり取りが、二人を包んでいた。そして……

「なんだ。まだ、作業始まっていないのか? 男手がいると思って、着てみたのに……」

 よりにもよって、このタイミングでラヴィリオがひょっこりと顔を出す。

『な、なんであんたが来るのよ!!』

 そんな言葉をグッと堪えたラヴィリナは、諭すようにラヴィリオに問いかけた。

「ラヴィリオ。今日は、遠征じゃなかったの?」
「えっ? あぁ。これから行くところ。何か、行く前に手伝えればなぁと思って……」

 こういう時に限って、気が利くラヴィリオである。
 そんなラヴィリオも、当然……

「ん? なにこれ……」
「あっ!!」

 山のように積まれたラヴィリナとアリスをモデルにしたような書籍に、手が伸びそうになる。
 ゆっくりと手が伸び、ラヴィリオが手に取ろうとした矢先……

「させるか!!」
「えっ……」

 それは、まさに神風だった……
 ラヴィリオにどうしても見られたくなかったラヴィリナは、ラヴィリオに正拳突きをし気絶させたのち、外で待つほかの騎士たちに託し事なきを得たのだった……

「ふぅ。危なかった……」

 ラヴィリナの行動に圧倒されつつもアリスは、手に取った書籍についてラヴィリナに聞いてみた。

「あ、あの。ラヴィリナさん……」
「あ、は、はい。」
「こ、これって……やっぱり、そういう……」
「い、いえ。私が書いたんじゃないですよ……」
「え、えぇ。それは……はい。」
「…………」

 慌てて否定するラヴィリナ。そして、絶妙な沈黙が二人を包んでいた。そして、アリスはふと気づく。

「あっ!」
「どうかしました? アリス様。」
「いえ、このあたしに似てる子のキャラ……」
「はい、似てますね。」
「似てるんですけど……よく見ると違いますよね……」
「えっと……あっ!!」

 ラヴィリナとラフィアは、ようやく気が付いた。それまで二人は、ラヴィリナの妄想が具現化したかのような印象を受けていたこの書籍。よくみると、アリスに似たこのキャラには、決定的な違いがあった……

「男性だ!!」
「はい。そうなんです。あたし……いや、あたしに“似てる”子。男子なんです」
「つまり、アリス様が“女性”っていうことを知らない人が書いた……」
「そうです。」

 アリスが女性であることを知っているのは、少なくてもここ数日間で出会った人にしか打ち明けていない。つまり、ここにいない誰かが、創作で作ったということに他ならなかった……

「ちょっと、いいですか……」
「えっ? ラヴィリナさん?!」
「あっ!! この印は……」
「どうかしたんですか?」

 ラヴィリナが見つけたのは、特徴的なハンコだった……


 一方そのころ……

「ロヴィリナ様!! ロヴィリナ様!!」

 王都の騎士団の詰め所の一角。広報を担当する部署では、ロヴィリナがせっせと作業をしていた。
 ロヴィリナは、ラヴィリナの専属秘書兼広報担当執務菅で、騎士団の広報活動を一手に担っていた。
 ロヴィリナの活動は、主に騎士団の運営・管理・広報の3つに分類され、そのそれぞれの重要な最終決定を担っていた。

「もう、なに? 今忙しいんだけど……」
「ロヴィリナ様。これ。これを見てください!」
「何よ……えっ?! うそでしょ?!」
「先ほど、書店からの報告で、発行した書籍をすべて買っていった貴族の方がいたとか……」
「ほんとに?!」

 ロヴィリナを補佐する人が持ってきたメモには、発行した100冊以上が一気に完売したという知らせだった。
 それは、秘書で広報を始めて数年経つ、ロヴィリナも初めてのことだった。その結果は、ロヴィリナの創作意欲に火をつけることに他ならなかった。

「これから、忙しくなるわよ!!」
「は、はい!!」


 王都の騎士団広報詰め所で、そんなことが行われているとは全く知らなかったラヴィリナは、手に取っていた書籍に押された王都騎士団のハンコに気が付き頭を抱えていた……

「ど、どうしたの? ラヴィリナさん……」
「あ、アリス様。ご、ごめんなさい……」
「あっ。この印は……」
「あぁ、ラフィア様も気づきました?」
「えぇ。なんとなく……」
「そうです。あたしの秘書。ロヴィリナが描いたやつです。これ……」
「えぇっ!!」

 頭を抱えるラヴィリナと、驚きを隠せないアリス。そして、合点がいったような表情をしたラフィアだった……

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