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第3話 妖怪狐と人との混血

 高校への通学途中、いつのは山の中を駆け抜けていた。
 それは、風のように颯爽と木の間を駆け抜ける。常人離れしたその動きは、まさに妖狐そのものだった。
 あっという間に山の麓に着くと、つむじ風を起こすように高く空に昇ると、その瞬間に人の姿へと変化《へんげ》する。
 長い手足を生かし、見事な着地を決めると、腰まである長い銀髪を整える。すると、ちょっと遅れてもう一匹が遅れて到着する。

「いつのお嬢様。は、早いですよ~もう。」
「やよいが遅いだけよ。」
「いつの様は、一応。楓《かえで》家のいつのお嬢様なんですから、あんまり目立つ行為は慎んでもらわないと……」
「折角、変化できるのなら、人がどんなことを学んでいるのか、気になるでしょう?」
「それは、そうですが……」

 楓家はこの地域の狐と土地を守護する家系で、主に人のみで構成する楓家と妖狐が率いる楓家があり、表裏一体の関係を保っている。
 主に人が管理する社《やしろ》に住む妖狐たち。奉納や祝詞《のりと》、境内《けいだい》を使った祭などは、人に紛れ遊んだりもする間柄である。
 ただ、人に化けた場合。自分が狐であることを人にバレてはいけないこのになっている。まして、恋愛はご法度だった。
 そんな妖怪狐の中に、まれに妖力が強く、九尾の狐になるものもいる。それがいつのだった。

「いつの様。またほかの群れから見合い話が来てますが……」
「えぇっ?! また?」
「いつの様の美貌は、他の群れにも有名ですからね。あたしも鼻が高いですよ」
「なんで、あなたの鼻が高くなるのよ。」
「器量よし・包容力満点ないつの様は、変化してもその美貌はそのままですねぇ~」
「な、何よ……」

 人の姿に変化したいつのを、下から上に嘗め回すように眺めるやよい。その姿は、変態のソレだった。

「出るところは出てるし、引っ込むところは引っ込む。うわっ、なにこの細い腰! うらやましすぎます!!」
「ときどき思うけど、あなた、中身。“オス”でしょ。」
「そんなことないですよ。あたしは、れっきとした“メス”ですよ。」

 そんな他愛のない会話をしながらも、他の通学中の生徒に紛れ込む。妖狐の特徴となる人離れした力は、当然、封印する。
 楓家は、学校の役員をやっていることもあり、目配せをしている。そのため、役員の中の一部はいつのが妖狐であることを知っているが、極秘扱いになっていた。
 ただ、生徒会役員や生徒会長になっているというわけではなく、いつのの興味は、人がどんなことを学んでいるかだった。
 ひとの成長に合わせ、いつのも当然のように3年で卒業するようにしていたが、ほかの生徒と他愛のない会話と勉強の内容は、いつのにとって退屈そのものだった……

『人とは、こんな退屈な内容を勉強しているものだなぁ……』

 ほかの狐とは異なり、記憶力も良いいつのは覚えるのも早く、成績も上位をキープしていた。
 最初は、手加減がわからず、テストで満点を取り続けていたところ不評を買ったり、生徒会長に推薦されたりしてしまった。それ以来、程よく手を抜く方法を覚えたいつのだった。
 妖怪狐と人とのつながりが強いこの地域は、妖怪狐の中から妖力を使い人の姿になり、人として暮らしだす狐すらいる。そして、人の姿である程度の暮らしをすると、妖力を使わずとも人の姿を維持できるようになる。
 しかし、それは妖狐として生きるのではなく、人として生きることに他ならない。いつのは、長として群れの中からそんな狐が出るたびに不思議に思っていた。

『こんな退屈な生活を、どうしてそんなに送りたいんだ?』
『まぁ、そのおかげで、群れを維持できてるんだけど……』

 妖怪狐の群れから離れ、人として暮らし始めた狐たちは、定期的に群れに作物を持ってきてくれたりする。そのおかげもあり、群れを維持する苦労が軽減していた。
 昼になったいつのは、売店に向かう道すがら、中庭に視線を向けると子狐が迷い込んでいた。

「なんだ? あの子……」
「どうしたんですか? いつのお嬢様……」

 いつのからは、男子生徒から食べ物をもらい、喜んだ挙句、膝の上で熟睡している狐の姿があった。その狐は野生の警戒はどこへやら、その人間に身を預けていた。

『どうしてあの子は、そんな無防備になれるんだ?』

 そんな想いとともに、横にいたやよいは、同じ景色を見て全く違う印象を持ったようだった。

「あの子はダメですね。人から食べ物をもらっては、野生として失格です」
「あたしたちも、ある意味では人からもらってるけどね。」
「それは……。それですよ、群れとして……」
「ふふっ。あなたは、その辺が頭が固いのよね」
「お、いつのお嬢様……もう。」

 そんな他愛のない会話をしつつ、校庭に視線を戻すと、チャイムと同時に専用の通路に案内されている狐がいた。そんな狐をみていたいつのは、興味がわいた。

『あの子に聞いてみたい……。どうして、あそこまで人間に気を許せるのか……』

 そして、いつのはそばにいたやよいにこう伝えた。

「あの子を保護するわよ。群れに入れるわ……」
「えっ?! お、いつのお嬢様?! それは、どういう……」
「言葉のままよ、あんな子ぎつね。ほっておいたら、楓家の名が廃るわ……」
「ですが、いつのお嬢様……」

 いきなり群れに入れる発言をしたいつのに、やよいは戸惑っていると、いつのは群れの長としての威厳で伝えた。

「長《おさ》はあたしでしょ? いいよね? やよい。」
「は、はい。確かに、あの子狐。ケガもしていたようですし……」
「でしょ。それならなおさらよ。保護しないわけにはいかないわ……」

 妖怪狐の長として、妖力のこもったいつのの瞳は、他の狐を従えることができる。本来なら使いたくない力だったが、いつのはあの子狐に聞いてみたかった。どうしてそんなに人間に体をゆだねられるのかと……


 そして、学校も終わり、自宅に帰ったいつのは、同じ群れの狐にあの子を連れてくるように言い伝えると、連れてくるまでの間、母親のことを思い出していた。
 いつのは人と妖怪狐のハーフである。混血というやつで、先代妖狐の血を強く引き継いだことで、群れの長になっていた。
 ただ、いつのが物心ついたころには、すでに母親はいなかったため、周囲の教育係の狐に育てられていた。そして、教えられたのは、人との恋愛は禁忌であること、その上、過度な接触と正体をバラすことを禁止されたのだった。
 そのため、母がなぜ人との間に自分を産んだのか、どうして何もをしえてくれなかったのか、自分で探すしかなかった……
 そんなことを考えているうち、群れの狐があの人間に気を許していた狐を連れてきた。ひどく弱っていたその狐は、おびえ落ち着きがなさそうだった。

『まぁ、子供だからなぁ。おびえても仕方ないか……』

 いつのは、そのおびえる狐をよそに、指の先を少しだけ傷つけ血を出した。そして、その狐の前に出すと、言い聞かせた。

「ほら、飲め。そして、お前の記憶を教えてくれ……」

 その狐は、一瞬戸惑ったものの、いつのの血を飲み込んだ。すると、その狐の体が光り出し、次の瞬間には一人の少女の姿になっていた。

「どうだ? ひとの姿は……」
「へっ? あれ? 手がある……」
「最初は戸惑うと思うが、慣れるのも一瞬だ。」
「どうなってるんですか?」

 慌てていつのに疑問を投げかける少女に、いつのは名前を与えた。

「これからは……。そうだな。そう、“さゆり”と名乗るがいい。お前が飲んだあたしの血には、妖力が宿っていて、人の姿になることができるようになった。」
「ある程度、治癒力も上がるが、人になる前に負っていた深い傷などは残るが、ほとんどが治るはずだ。」

 その少女は、周囲にいた狐からタオルをかけられると、不思議そうに足の傷口を見る。いつのがいっていたように、包帯がまかれた傷口はもう、包帯がいらないほどに回復していた。

「ほら、その包帯は、もういらないだろ? 人間に巻いてもらったのなら、捨ててしまえばいい。取ってやれ。」
「はっ。」

 おつきの狐が、その少女の包帯を取ってやろうとすると、包帯に手をやると、その少女は、嫌がって見せた。

「嫌です!!」
「もう治ってるのだろ? そんな人間臭い包帯なんて、外したらどうだ?」
「これは、あの人が巻いてくれた包帯だから……」
「どうして、そんなに、その包帯に執着するのだ? そんなにあの人間が好きなのか?」
「えっ?! あ、いや。好きというか、そういうのではなく……」

 そこまで言うと、ほほを染めたその少女は、言いよどんでしまった。首を傾げたいつのだったが、あの人間がなぜこうも、この狐を夢中にさせるのかが気になった。

「なぁ、さゆり、明日からあたしと、学校に行くぞ。」
「えっ?!」
「行って、その人間に会ってお礼を言うといいその姿で。服ならこちらで用意するからな」
「えっ?! ちょっと、待ってください。」
「なんだ? 不満か?」
「いや、そうではなくて、どうしてそこまでしてくれるんですか?」

 さゆりという名をもらった子ぎつねは、群れに入れない辛さや、はじかれ者としてそれなりの修羅場をくぐっていた。

「わたし、知ってます。群れの中では、はぐれ物を嫌う群れもいるって…」
「この傷も、そんな群れに絡まれて、負ってしまって。」
「だから、不思議なんです。どうしてそこまで私にしてくれるのか。」

 さゆりの必死な目を見たいつのは、独り言を始めた。それは、さゆりのためではなく、単純な独り言……

「あたしは、この群れの長で、九尾の狐だ。」
「この妖力と、九つの尻尾は、母から引き継いだ立派な狐としての証だ。」
「だがな、あたしはそんな母を、詳しく知らない。」
「とても立派で、凛々しくて、高貴だったという、周りから教えてもらった仮初《かりそめ》の記憶しかない。」
「ただ、これだけは覚えているんだ、母は、人を好きになった。そして、あたしが生まれた。」
「その命と引き換えに……」

 遠くを眺めながら語ったいつのは、物悲しい横顔をしていたのをさゆりは目撃していた。

「だから、お前に聞きたいんだ。」
「どうして人の……人間の膝の上であんなに無防備になれるのかを……」

 いつきが差し出した手を、しっかりと握り立ち上がったさゆりは、まだうまく歩けないのか、ふらふらとしていた。

「その体にもゆっくりと慣らさないとな。」
「そして、聞かせてくれ、どうしてあそこまで人間に身をゆだねれるのかを……」

 それから、いつのはさゆりを個室に案内すると、自室に戻り綺麗な夜空を眺めた。
 いつのは、考え事をするとき、母の想いを知りたいときなどは、こうして星空を眺める。

「母様。どうして、そんなにまでして、人間と恋に落ちたんですか?」
「なぜ、言ってくれなかったのですか? せめてほかに伝えておいてほしかった……」
「なぜ、人と。人を好きになってはいけないのですか?」

 いつのの頭の中では、何度となく疑問が浮かんでは消えを繰り返していた。それは、出口のない迷路にでも迷い込んでしまったような、そんな感じに思えた。
 そんな月夜に向かって独り言を言う、いつのの後ろでにはやよいがいた。

「立ち聞き? はしたないわよ。やよい……」
「ごめんなさい。いつのお嬢様……」
「いいわ、何か?」
「あの子。さゆりは、眠りました。」
「そう。それは、良かった……」

 やよいが聞き耳を立てていたのには、単純な立ち聞きだけではなかった……

「いつのお嬢様! いくら妖力が強いからって、ダメですからね? ひととの恋愛なんて……」
「わかってるわ……禁忌だし、そんな愚かなことは……」
「いいえ、いつのお嬢様は、わかってません! どうして先代様が禁忌にしたのかを……」
「まったく、やよいは心配性ね。わかったから。安心して。」
「それなら……いいのですが……」

 いつのはこうして自分のことを心配してくれる仲間に救われていた。言葉の節々から伝わる優しさは、いつのの心をほっこりとさせる。

「風邪をひかれないうちに……」
「わかったわ。もう、やよいったら、お母さんみたいね。ふふっ」
「ちょっ。いつのお嬢様?! 私はそんな年ではないですからね。」
「知ってるわよ。わかったから、ね。一人にさせて。」
「はい。わかりました。それでは……」

 やよいが部屋を出るのを見送った後、いつのは月明かりに髪をなびかせながら想っていた。

『あたしは、幸せ者です。お母様。』
『あたしは、あたしの答えを見つけますね。』

 月明かりに想いを馳せながら、いつのは決心をしたのだった。

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