第6話 学園祭と月夜の後夜祭Ⅰ

 いつのの衝撃から数日。

『あれは……夢?』

 月が上がる夜空に、うっすらといつのにピンと立った、綺麗な狐耳と手入れの行き届いた狐のしっぽが見えた気がしたいつき……
 自分の部屋で、空を眺めながらそんなことを思い出していたいつきは、うとうとと夢見心地になる。
 瞼に浮かぶのは、ほほを染めたいつのの表情と立派な狐耳と尻尾。妖狐がいるとは聞いていたいつきだったが、こんな身近にいるもんなのか?と疑問に思ってしまう……
 そして、ふとカレンダーに目をやると、明日の日付に印がつけられそこには……

『学園祭』

 の三文字があった。そのことで、いつきのイメージする妖狐の姿が、たまたま居合わせたいつのに重ねてしまったのかとすら思っていた。

『学園祭が近いからか……』
『そうだよな。いつのさんが、妖狐なんて……』

 学校の屋上で見たあの姿は、うとうとしていた自分が見た夢ということで、いつきは片付けていた……

 そして数日後……

 いつきの通う学校は、学園祭へと突入した。
 帰宅部のいつきはもちろんどこの手伝いもしなくて済んでいたが、なんだかんだで、結果的には呼ばれるハメになっていた。
 学園祭の準備のヘルプに駆り出される忙しさで、屋上で起きた出来事は、薄れ始めていた。
 いつきの通う学校では、狐と縁がある土地柄ということもあり、狐のコスプレが多くあふれる。そのため……

「ここは天国ですか?!」

 狐大好きないつきにとって、まるでパラダイスだった。
 右を向いても左を向いても、狐の付け耳と尻尾をつけた生徒が多くいることで、目移りしてしまっていたいつき。
 女子生徒は、程度こそ違うものの、もれなく。狐耳にしっぽといういで立ちで校内をめぐる。

「いつき。眼福だろ。」
「うん。はるき……」
「なんだよ、その目は。」
「お前もかよ。」
「男はしちゃだめかよ。全く、お前は……」

 ヘルプで手伝って以来、なんだかんだではるきとも仲が良くなったいつきは、学園祭でも一緒に歩くようになっていた。
 というより、一緒に歩く女子生徒がいないといった方が早かった……
 インドア系でオタク。部活にも入らず帰宅部のいつきに、好んで声をかける人が珍しいくらいだった……
 その点、帰宅部ということもあり、学園祭の準備にはあちらこちらの部活からヘルプが入るなど、忙しいときもあった。ただそれは、いつきが帰宅部でどの部活にも所属していないからに他ならなかった…。つまり…。

『体のいい、使いパシリなんだよなぁ~』
『まぁ、いいけど……』

 学校によっては、二日程度学園祭をすることが多いが、いつきの通う高校は一日だけだったが、その分。後夜祭も用意されていた。
 学校に泊まることも可能で、学校から自宅まで遠い生徒は、校舎のそばにある寮を利用させてもらえることになっていた。
 いつきも、そのつもりで、のびのびと満喫していた。何しろ、すれ違う女子生徒のほとんどが、狐耳と尻尾をつけているのだから……

『いやぁ~天国だ~~』


 一方そのころ……

「ねぇ。やよい。」
「なんですか? いつの様」
「これで歩いちゃダメ?」

 部室でやよいと、学園祭をめぐる準備をしているいつのは、ぴょこっと。自前の狐耳をと尻尾を出してみる。
 ほかの生徒もつけているのだから、本物を出してもバレないんじゃないか?といつのは思っていたが……

「そんなのだめですよ! ダメに決まってるでしょ。」
「いや、でも…。こんなに他の子が狐耳つけてるんだから……」
「ダメなものはダメです。全く、最近。いつの様。わがままになってません?」
「えっ? そ、そう?」
「そうですよ。あの日から……あっ。」

 やよいには、思い当たる節があった。むしろ、ありすぎなほどだった……
 お仕えするいつのが行動的になったのは、あの日。いつきと屋上で接してからのことだった。つまり……

「いつの様。まさかとは思いますが……」
「なに? やよい……」

 やよいが質問をしている間も、いつのは本物の耳を出したり引っ込めたりして遊んでいた……

「はっきり言っていいわよ。やよい。なに? あたしに聞きたいこと……」
「いつの様……」
「なに? やよい。」
「あのオス。いつきが好きなのですか?」
「ぶっ!! な、なにを言ってるのかなぁ? やよい……」

 真っ赤に頬を染め、耳をプルプルさせている姿は、まさにメスがオスに好意を持った証拠でもあった。

「いつの様、ダメですよ? 禁忌ですからね。」
「わ、わかってるわよ。お母さんの教えだし……」
「本当ですか?」
「わかってるわ。超えてはいけない一線よね……」

 いつのは、上ずっていた自分を律するように、唇を噛む。それは、妖狐の長として、若い長として群れを率いるトップが、こんな体たらくでは示しが立たない。
 確かに、いつきには好意を持っているのは事実だった、いつきのことを思い出すだけで、妖力が漏れ出るようになってしまっていたから……
 それは、まるでオスを求めるけものそのもので、高度に妖力を制御する、妖狐の長がそんなことでは、面目丸つぶれである。

「この妖力の大きさ故、人との恋愛は禁忌とされてきた。」
「はい、いつの様は御一人しかいないんですからね。」
「わかってるわ。この年で、世代交代なんて、早いわよね。」
「そうです。我々、長命の種族なんですから、いっときの感情に流されてはいけませんよ? いつの様。」
「わかったわ。やよい……」

 そんな会話をしていると、学園祭の出し物の実行委員が、いつのたちを慌てて呼びに来た。それは、ミスコンの時間だった。

「いつのさん、やよいさん。ミスコンに出てもらえませんか?」
「はぁ? どうしてあたしたちが? 出るはずの生徒はどうしたの?」
「それが、欠席しちゃってて……。お願いですから、出てくれませんか?」
「しかし……。えっ? いつの様?」

 実行委員のお願いに、断ろうとしていたやよいを制するように手を出すと……

「いいですよ。今向かいます。」
「ありがとうございます。これで、イベントに穴をあけずに済みます。」

 慌てて駆け出して行った実行委員を見送った、いつのとやよいは一様に話し合う。

「いつの様! 本当にいいんですか? 公衆の面前で……」
「いいのよ。困っている生徒がいたら、助ける。それも本分でしょ?」
「それはそうですが……」

 それから、いつのとやよいはステージ裏に移動すると、ちょうどミスコンが始まったところだった。当然、いつのが登場するだけで、観客からは歓声が上がる。その中に……

『い、いつきがいる?!』

 それは、観客側のいつきの視点でもわかったようで……

「い、いつのさん?!」

 いつきにとって、ミスコンは外せなかった。なにせ、優勝した子には、綺麗な金色のティアラ……ではなく、狐耳が送られ、一日中つけているのだから外せないイベントのひとつだった。
 最前列に陣取っていたいつきは、見知ったいつのがミスコンに参加することすら知らなかったため、驚いてしまっていた。
 そんな学園のアイドルがミスコンに参加しようものなら、お約束的に……

「優勝は、いつのさんで~す。」

 満場一致で決まったいつのの優勝で、観客も大盛り上がり。当然、いつきもうれしくなる。

「やっぱり、いつのさんだよなぁ~~うんうん。」

 腕を組み、納得といった感情を、体と仕草で示していた。
 狐をモチーフとした出し物が多いこの学校は、ミスコンの優勝者がかぶるのは、ティアラではなく……

「優勝者のいつのさんにはこちらの……」
「えっ?!」
「黄金の狐耳と尻尾を一日つけてもらいます~」
「ええっ?!」

 ステージ上で、金色に光る狐耳を見ながら、驚きつつもゆっくりと手に取る。いつのが驚くのも無理はない。妖狐が全力で妖力を放つと、まさにこの色に輝くためだった……

『こ、これ。つけるのよね?』

 いつのは、カチューシャ型の狐耳と尻尾を、頭と制服の腰の部分に着ける。自分の意志では動かすことはできないが、なんだか不思議な感じがしていた……


「いつのさん。おめでとうございま~す~~」

 盛大な拍手が送られるいつのは、群れの長の選出されたときのことをうっすらと想い出していた。

 妖狐の群れは、基本的に一子相伝で継承されることが多いが、いつのの母は人との間に子を成したことで、群れからはじかれかねない事態になっていた。役員の手助けもあり、長として群れを率いることになれていた。

 金色の狐耳と尻尾をつけ、喜びの表情になっているいつのを、観客席で別の視点で見ていたは……

『あの姿……』

 いつきは金色の狐耳と尻尾をつけた、いつのの姿をあの日、屋上で見たいつのの姿と重ねていた。
 風になびくかりそめの狐耳の毛が揺れ動くたび、屋上でのあの瞬間を思い出してしまういつき。

『もしかして、いつきさんは……。本当に……』

 そんな思いがいつきの心に芽生え始めた学園祭は、後夜祭へと続きます……

支援してくれる方募集。非常にうれしいです。