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今の学びが楽しいのは、三年後の自分から手紙が一方的に送られてきたおかげです。

  • 第一話

 午後十時までの勤務を終えて帰宅するころ、ネガ子は郵便受けのパスナンバー設定の南京錠を解除するのも面倒になっていた。
 一通の封筒を見るまでは。

「筆跡、モロ私じゃん。なんで?」
 書いた覚えのない、差出人と宛先人のどちらもネガ子だった。切手の代わりにQRコードが印字されて、消印は封筒のどこにも見当たらなかった。

 直近でフリマアプリの利用はなく、ネガ子は一層不気味に思った。
 しかし住所と名前が記されている以上、野良猫が棲み着いているアパートの踊り場に放り投げるわけにもいかなかった。

 ネガ子はとりあえずその場でスマホを取り出した。今朝から充電していなかったので、電力の残量はわずかニ十パーセント。
『長崎県のネガ子様、確かにお受け取りなさいました。このたびのご利用、ありがとうございました』
 マナーモードにしていたのに、スマホから無機質な音声が響いた。不気味な郵便の役目が完了すると、同時にスマホの充電が切れた。一瞬にして貴重なニ十パーセントの電力が消耗された。
 それでもネガ子は五階の自宅まで急ぐ気にはなれなかった。朝までのスマホ用途といえば目覚ましアラームのみ。しかもネガ子の勤務シフトは夕方固定なので、急いでマナーモードを解除する必要もない。それよりも優先すべき重労働が待っていた。

 帰宅すると、同居の母がテレビを見ていた。隣には母と同年の女性ヘルパーが座って、同じ番組を観ていた。
 毎日午後八時にヘルパーが自宅に来る契約になっているが、この女性ヘルパーに限っては、定刻前に到着したためしがない。口を開けば「テレビを見ていた」やら「シャワーを浴びて寝ていた」だのと御託を並べる。ネガ子宅の郵便受けに関しては、玄関のカギを取り出すのに南京錠を扱えないからといって、同じアパートの住人にパスナンバーを教えて解除してもらう始末。契約から三カ月で、彼女へのクレームを契約会社に三十回も伝えているが改善の見込みは無し。相変わらず彼女を派遣する会社から別の契約会社へ乗り換えたいと思っていたところだった。

 ネガ子は彼女から世間話を持ち掛けられたが、適当に流すと彼女は渋々帰宅した。それからがネガ子の出番だった。
 ヘルパーが帰宅した後、散らかされた使用済みおむつやら衛生用品やらを片付けるのが、一日においてネガ子の最後の仕事だ。母の部屋を片付けた後に入浴、ドライヤーは省略して、襟のくたびれたTシャツを着る。スマホの充電と手紙の開封は二の次だ。夜間の電気代が惜しいので、ネガ子は翌朝手紙を開封することにした……はずだった。

 命の源を取り戻したスマホが突然喋りだした。
『郵便内容の有効期限は配達完了受付より3時間です。撮影した内容は残りますが、原物の記載内容は一切残りません。お早めにご開封ください』

「今の何ごと?」
 うたた寝をしていた母がベッドに横たわったまま尋ねてきた。
「私が知りたいよ」
 ネガ子は百円ショップで購入したデスクライトの照明を頼りに手紙を開封した。

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