商売をどういう方向へ引き延ばしていくのか

さっきお金持ちになったらという妄想を書いていて、あまりに「小市民」感がすごかったので、もう少しビジネスを絡めて考えてみたい。

大きなビジネスをしたいとは思っていない。
なるべく小さく「キュッとまとまったおにぎり🍙のような商売」がしたい。
売って、買って、おしまい。
みたいなやつ。

大企業化させないで、なるべく少人数で小さくシンプルに、働く時間は極めて短く、それでいてまあ億ぐらいは稼げているし、ちゃんと回っているから十分ですっていう感じになりたい。

事務所兼ショールーム=カフェスタイルのお店を作りたい。
事務所でもあるので、お客さんは会員制がいい。会員制カフェ。
テイクアウトのみ一般でも可。
もちろん会員になるのはそんな難しい事ではない。

そのカフェでは、いろんなものを売っていて、使っている食器もケーキもお茶も買える。家具も買える。その場で持ち帰ることも、端末を使ってネットで買う事もできる。
買えないのは、お店の人とその場の空気ぐらいなもので。
ああでも、香りや音楽を売るなら、きっと空気の一部くらいは売れるのかもしれない。

それを、日本各地に、数か所作りたい。

例えば作家さんのトークイベントを開催したり、ギャラリーとして貸し出したりしながら、地方都市にカルチャーの痕跡をマークしたい。
できれば、B&Bというか簡易宿泊設備のあるお店があったり、畑があるところがあったりっていうのも、面白いなあって。
読書会とか、地味なイベントがあってさ。小さな本棚もあってそれも販売していたり。

思うに、お金というのは、売買というのは、コミュニケーションなんだ。
お金を通したノンバーバルなコミュニケーションなんだと思う。
そしてそれは「合意」とか「肯定」とかアグリーな感じが成立した瞬間のみ成り立つ奇跡的なコミュニケーション。

わたしは、そこで会話をしようとは思わない。

それはコミュ障なせいともいえるかもしれないけど、そして単なる傷つきたくないズルさからくるのかもしれないけど、精一杯の譲歩と相手への誠意と、自分の尽くせる力のすべてを並べての自己開示。
それがお店とか、商売とか、ひいては「私がやりたいビジネス」の基礎にあるものだと思う。

人は絶対に分かり合う事ができない、と思っている。
だから詳細なすり合わせが必要だし、詳細なすり合わせもストレスがかかるものだから避けて通れるなら避けてもいいと思う。
分かり合えないから、一瞬分かり合えたような感覚で身体が軽くなる錯覚を得るのも幸せなことだし、それでも分かり合いたいと思える相手に出会えたらそれもとても幸せなことじゃないかと思う。
でも、分かり合う事はできない。絶対に。

だからこそ、わたしは「合意」や「肯定」のみで回る商売の世界がとても好きだし、安堵さえしているのだと思う。

買うか、買わないか。
それはあなたの合意ひとつだ。その合意の積み重なりで、私が生活でき、私たちのお店が作られるのなら、それはとても奇跡的な「合意の集合体」になる。

それがわたしのやりたいビジネスの形だ。

しがらみをなるべく小さくして、売り買いだけの単純な構造で構成した「おにぎり🍙のようにキュッとまとまった商売」で、とりあえず億くらい稼げれば従業員を数人雇えるし、うまく回せるならそれを各地に店舗を作れるだろうし、その後ろでコンテンツ系のビジネスは海外にも飛び火していけるから、二刀流で稼いでいけたらいいなって思っている。
(億を稼ぐっていうのは、知らないとあれだけど、普通の小規模な会社も売り上げは億ぐらいあるから、別に高望みという訳ではない)

うん、やっと夢がある話になってきた。笑

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つよく生きていきたい。