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Don't take me home。

私が家を捨てて東京に出てきたのは、もうずいぶん前になる。

借金で追いつめられて人が変わったように……というのは嘘で、もともとの弱い部分がただ表に出てきた父が毎晩包丁を振り回し、それに素手で立ち向かっていくという毎日を過ごしていて、ある日部屋に灯油をまかれそうになって、もうここにいてはいけないと思って、1年ほど準備して家を出た。

家を出る時に「残したものは燃やしていい」といって出てきた。

それでも数年後に「明日までに50万円払わないと家を取られる」と電話がかかってくるのだけれど、とにかく私は家を出る事で必死だった。


その時の気持ちを、彼らはほんと、その通り歌ってくれていて。

彼らは、同郷というのはちょっと遠いかもしれないけど、県内の近い地域の生まれで。
私は飯山だけど彼らは上田なんだという。
もうそれだけで、東京への距離感とか、殴り込みにいくようなスタイルとか、ほんと頷いちゃうところが多い。

どんな気持ちで東京に来たのか、わかるか?

わかってくれなくてもいい。青臭い、バカみたいな事だからだ。
もっと力を抜いて、センスのあるやり方が東京にはたくさんあるだろう。
こんなドン臭いやり方なんて、恥ずかしい。
だから黙っている。

その黙っている中の叫び声は、まさにこれだ。


飯山がどんな場所かは、もう私の口からは言わない。
今、面白いフリーペーパーも出てるから、それを見るといいと思う。

ここの写真に出ているバスに私も乗っていたし、なんならいまだにそれが走っていることに相当衝撃を覚えている。
フリーペーパーは見た事がないが、webで見た写真には近所のおじちゃん(おじいちゃんだが)が載っていた。まだ生きてたんか。もう死んだかもしらん。

長野県は、なぜかヒップホップがある。
すごい土着で、閉鎖的で、山も多くて地理的にも閉じているから、余計そうなるのかもしれない。

かつて長野県出身の写真家が「長野県出身の人はノンフィクション作家になる。山で閉ざされているから、その先に出るとノンフィクションで十分におもしろいから」みたいな事をインタビューで言っていて、フィクションがうまく書けなかった私はとても衝撃を受けた。
ファンタジーが、フィクションが、私には書けないんだろうかというショックだった。
ノンフィクション作家なんて地味で暗い作風、なんか嫌だった。

でも、結局、東京に出てきて、私はフィクションよりもノンフィクション作家のような立ち位置の発信を周囲には大変面白がられるようになった。

私が見ていれば、職場の向かいに座る人も、道をはさんだ向かいの家の子供の騒音も、何もかもがコンテンツになる。
ノンフィクションだ。

私は生まれてから15歳くらいまで、飯山城の城址跡に住んでいた。
本当にここに家があったのだ。もはやそれだけで、ずいぶんと話が出来上がっている。
もう今はない。

これだけで、大体私が何者なのか、その地に住んでいる人にはわかってしまう。それが田舎の情報システムだ。


私は二度とこの地には戻らないだろう。

二度と、家族と会う事もない。

それをどうこう人に言われる筋合いはない。

ただ、ほんとに彼らが叫ぶことは、私が家を捨てて出てきたときの、あの叫び声そのものだと思う。


「戦って天下取ってこい」

どうか、私に戦う事を許してほしい。
結果が討ち死にだろうが、戦わずに死ぬよりずっとましなんだ。(討ち死にするつもりはないけど)

才能がない、チャンスがないなんて泣き言をオシャレぶって口にするくらいなら、どうか戦って死ぬことを許してほしい。
それが不格好だというなら、笑わば笑え。

才能もチャンスもどうでもいいことなんだ、ただ戦う場所にいきたかった。
もう二度と戻らない。
それが愚かな事、薄情な事だというのも、まあまあわかるけど。

田舎を、地方を盛り上げようという活動は、それはそれでやってくれればいい。
私はもう生まれ故郷には二度と戻らない、というだけで。

その土地にどれほど縛られ、苦しめられてきたのか、何回親を殺そうとして果たせず、将来も捨てるハメになったのか、そこから逃げてきてもそれから逃げられなくて戻った苦しみの存在を、まったくないものにすることはできない。

私は、こんな場所で育って知っている人と結婚して子供を産んで育てるなんて生き方は絶対に絶対にしたくなかったんだよ。
そんな穏やかで安心して楽しい暮らしなんか、自然豊かでのんびりとした暮らしなんか、絶対に嫌だ。どうせ貧乏でも都会で暮らしたい。どうせ人間関係に悩むなら都会で悩みたい。

そのためになら、なんだってする。人殺しだってする。

だから、彼らの叫び声は、家を捨てて出てきた時の、もう戻れないかろやかな足取りを思い出す。
どれほど自分自身が張りつめていたかを思い出す。
そしてまだ道半ばだという事を思い出す。



「保険証もったか」

私も言われた。
長野の人はいつも保険証を心配している。


だけど私は戻らない。
なので、これらを聞いて、ボロボロと涙をこぼすのだ。二度と戻らない。


MOROHA

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つよく生きていきたい。