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これが私の人生哲学(仮)

こんばんは、ゆのまると申します。


すでに何度かお話したことではあるのですが。

「どうしてこんなに生きづらいんだろう」

そんな行き止まりの思いを抱えては溜息をついたことが、数え切れないくらいあります。

私はこだわりが強くて嫌いなものが多く、そのくせ自分の進む道だけを見ていられるかというと、あっちに目をやりこっちに気を取られと気もそぞろ。そうして地雷原にのこのこ踏み込んで行っては大ダメージを受けて帰ってくるので、同じヒトモドキ族である夫にも呆れられています。


それらの傷がカサブタになってくると、私は「考えること」を始めます。なぜ嫌いなのか、どうして怒りや焦りを覚えるのか、それらが好きな人と自分との違いは何か。

ぐるぐる考え、紙に書き出し、溜まった膿を出し切るようにして、「それら」への対処法を探ろうとします。思考のままに夫に話すうちに突破口が見えることもあるし、シャワーを浴びている時にふと画期的な思考の転換方法を思いついたり、まったく関係のない事柄からヒントを得たりすることもあります。

今回もまた出口がないように思えるトンネルに迷い込んでしまいましたが、光となったのはデイリーポータルZのとある記事にあった「『王様のブランチ』は普通が何かを教えてくれる」といった表現と、マズローの欲求5段階説でした。自分の中では非常に納得のいくロジックを組めましたが、まだ原石を削り出したばかりの状態。もう少し綺麗な形に加工ができたら、皆さまにもお話できたらな、と思っています。

どうにも生きるのが下手な私がこの社会で溺れないようにするためには、誰かから与えられるロールモデルではなく、たとえ歪でも自分で解答を作り上げていく必要があるようです。


30代に突入した今、目標として掲げるものがあります。

孔子のことばに、「子曰、吾十有五にして学を志す」というのがありますよね。それは「三十にして立つ、四十にして惑わず」と続きます。

こうしてnoteを始めたことで、自分よりも上の年代の方とのつながりができました。

もちろんネット上で表現しているものがその人の全てではありませんが、30代後半から40代の方々(もっとそれ以上も含めて)の悠然たる振る舞いに、私は強い憧れを覚えます。周りがどうであろうと、自分の好きなものに揺るぎがない。そんな方々ばかりです。そしてそんな人生の先輩の多くが、「30代はいろいろあったけれど」という枕詞を使っているのも印象に残っています。

「みんな」とは違うルートばかり選ぶくせに、しょっちゅう不安になってキョロキョロしてしまう。そんな自分に、いい加減嫌気が差してきました。

どうか十年後には、周囲に惑わされずに自分の道をしっかり歩めていますように。そんな願いを込めて、「四十にして惑わず」をこれからの目標に加えたいと思います。


今回は、ちょっと抽象的な話ですみません。

昨日からのぐるぐるにけじめをつけたくての吐き出し、でした。おしまい!

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