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新橋のサラリーマンは蒸留家になれるでしょうか -なぜ蒸留家?-

あと1年で蒸留家になるぞ、と唐突に掲げられたゴールですが、そもそも「いきなり蒸留家」ってなんだよ、と。食っていける仕事しろよ、って声が親戚中から聞こえてきそうです。実際言われると思いますが。

なぜ蒸留家を目指すのか。

難しそうだから

ひとつは「難しそうだから」ということに集約されます。右肩下がりの斜陽産業、無くてもよい嗜好品、免許取得のハードル、初期コストの膨大さ、製法の複雑さ。。。ネガを挙げろと言われれば気がすむまで書けそうです。

でも難しいことってどういうことでしょうか?確かに、新たな物理法則を発見するぞとか、宝くじで1億当てるぞとか、石油王になるぞというのは難しい。確率論的な難しさですね。一方で、神になるぞ、お姫様になるぞ、ミッ●ーになるぞみたいな難しさは「ゴールの状態定義の難しさ」になると思います。どんな難しさにせよ、難しいことってちょっと考えてみるだけで無限に想像できるわけです。一方で、蒸留家になる難しさは「プロセスの複雑さ」で定義される難しさです。色々ありそうで、めんどくさそうで、時間もお金もかかりそうで、事業として成り立つのかも未知数で、周辺社会から理解を得るのも大変そう、などなど。

なんか、乗り越えられる気がしてきた。

難しいと言っても、目標地点が存在しないわけでも無く、情報が必要なのであればいくらでも探せるわけだし、必要なステップが有限ならひとつずつクリアすればいいだけです。目指す目標があれば、諸条件(環境)は与件でしかなく、条件への対応が目的化することはありません。むしろ、有限のステップを経て完成される計画ならスタートは早い方がいいに決まっています。各所で引用されていて元ネタが不明なのですが、とても印象に残っている有名は逸話『壺の話』にある「大きな石を先に入れろ、後から入れられないから」ってことです。

私にとって大きな石は「生き方を自分で作ることそのもの」です。

「酒」という題材の面白さ

もうひとつの理由も理屈っぽい説明はできませんが、酒の「題材としての面白さ」です。

お酒と付き合い始めて20年。この間、"お酒"を媒介として不思議なほど多くの縁をいただきました。出会いこそ大学時代の「一気飲みのための酒」でよい思い出はありませんが、大学3年の時にフランスでのワイン研修旅行(別の機会にちゃんと書く)、結婚してすぐに妻に連れられていった飲食店での日本酒との出会い、現職で担当した農林水産物・酒類の国内外プロモーションの仕事など、現在に至るまで私の日常に「酒」が無縁になることはありませんでした。今の私を形づくっているイデオロギーのコアは、だいたいお酒を縁に出会ったモノ・人に影響を受けています。

現代の資本主義社会においては、お酒は「無くても成立する」嗜好品という位置付けです。にも関わらず私のこの20年が「お酒」とともに在り続け、時に翻弄されてきたことに、何か不思議かつ重要なテーマ性を感じずにはいられません。極端な話、この行き詰りをみせる資本主義の次の形を示唆する可能性すら孕んでいるのではと妄想するようになってきました。お酒のことばっかり考えて会社員を16年やってこれたわけですし。

この盛り上がった妄想は腐敗しない程度に温めておくとして、現代以前の史実や歴史のワンシーンに登場する「お酒」は実に物語性豊かですよね。ギリシャ神話のデュオニュソスやバッカス然り、キリストとワイン然り、ヤマタノオロチと八塩折の酒然り、、、これでもかってほどに登場する「お酒」。古代文明や文化史におけるお酒については、浅学な私なんかが語れることもありませんし、素晴らしい著作がたくさんありますのでこれ以上は掘りません。でもお酒の神話性や魔力のようなものがあるとしたら、もしかしたら現代にもその効力は残ってるかもな、と考えてみるのも悪くないですよね。

日本においてお酒の生産が農水省ではなく国税庁の管轄であることも、酒税による収入が国家財政の屋台骨だった時代の名残であるだけではなく、その魔術的な魅力ゆえに無機質な枠組みで統制せざるを得ないという考え方があってもおかしくないでしょう。

そんな現代に数少なく残る魔術的な領域「お酒」。今から壺に入れたい「大きな石」として、現代資本主義を批判的に見つめ直すための題材として、私なりの「なぜ蒸留家?」への答えでした。

醸造家じゃダメなの?という問いはちょっと待ってください。

無理やり理由っぽく書いたけど「好きなだけでしょ」というツッコミは甘んじることなく受けます。そうです。酒の魔術にそもそも冒されています。あんな酒作りたい。こんなトライしてみたい。あの場所で、あの作物で、あの人と一緒に・・・妄想は尽きません。夢中になっています。体温のある発信ができることに今からワクワクしています。会社員による「これオレの仕事」というポストの大半は「アレオレ詐欺」だと思っていますが、心の底から「これこそ自分の仕事による産物だ」と言えるような、技術を身につけ、ビジョンを描き、美意識を濃縮していきたいと思います。

#できるかな

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