【理事長コラム】不登校、発想の転換
こんにちは!
ゆとりある理事長の久下沼です。
たまに思いつきでやってくるコラム執筆のお時間です笑
本日は『発想の転換』というテーマでお届けします。
それでは最後までよろしくお願いします。
不登校だからできない→不登校だからこそできる
まず、子どもが不登校状態に陥った時に、
学校生活以外のところで、活動を制限してしまうことがあります。
「わたし(ぼく)は学校に行けていないのに遊びに行っていいのかな??」
「うちの子、不登校なのに遊ばせていいの?」
親子ともに、そんな悩みを感じたことがあるかもしれません。
それに対しての私の答えはひとつ、
学校に行ってる行っていないに関係なく、子どもたちらしく遊ぶべきだと思います!
よく「子どもの権利」について話をすることがありますが、
子どもたちが遊ぶこと、やりたいことに取り組むことは、
子どもたちの立派な権利です。
その権利が、不登校という事象ひとつで侵害されることはあってはなりません。
やりたいことには全力で取り組むべきだし、
保護者の方にはそれを支える必要性があるのではないかと考えます。
周りの目が気になる→不登校を気にしなくていい場所へ
遊ぶことはとても大事!と言っても、
そう簡単ではなかったりもします。
例えば平日の昼間の時間に外に出て遊ぶというのは、
周囲の目が気になってしまってしまうことも多いです。
本当はその思われるような社会の状況は好ましくないのですが、
それはひとまず置いておいて、、、
せめて学校が休みになる土日や長期休暇などは、
子どもらしく遊べるような環境に置かせてあげたいですよね。
そのとき、例えば学区内や住んでいる市区町村内で行動すると、
どうしても同級生と会ってしまったり、周囲の目線が気になってしまうことがあります。
ですので、多少移動などの負担が発生するかもしれませんが、
例えば隣町の公園に遊びに行ってみるとか、
少し普段の行動範囲から外に出てみるというのも一つの手なのです。
自分や自分の子どもが不登校だということを気にしなくていい場所に出かけるというのは、
自らを守るためには大きなことなのではないでしょうか。
ベストなのは、子どもが学校に行っている・行っていないなんて関係なく、
その子らしく活動できる環境です。
「不登校の子ども」ではなく、「ひとりの人間」として認めてもらえる環境作りをすることが、
保護者であり支援者である大人にできることなのだと考えます。
どうせ私なんて、、、→「好きなこと」に打ち込む!
不登校の子どもたちは、学校へ行っていないことにコンプレックスを持っていたり、
自分自身を責めたり傷つけたりすることが多々あります。
そうすると、どうしても自尊心というのは下がってしまいます。
ある程度自分を認めることが出来ないと、どうしても生きづらさを感じてしまいます。
そんなときに、子どもたちが好きなことに打ち込める場所があったらどうでしょうか。
先ほどの章でもあったように、不登校である・そうでない関係なく、認めてもらえるような場所があったら違うのではないでしょうか。
色々な好きなこと、趣味が子どもたちそれぞれにあると思いますが、
それらに打ち込んでみるのは一つの手だと思います。
たとえばテレビゲームにしたって、満足するまで、納得するまでやり込めばいいのだと思います。
私自身の経験でいえば、スポーツ観戦を通して好きなことで分かり合える仲間が出来ましたし、
ひとりで打ち込むことであれ、仲間を作ることができるものであれ、
自分の役割や得意分野を見つけることってとても大切です。
なにかに夢中になって取り組めることは、とても素敵なことだと思います。
「不登校なのに遊んでばかり」
「ゲーム依存にならないか心配」
というような不安に襲われる気持ちもよく理解できますし、
大人として当然の感情なのかもしれませんが、
まずは子どもの「好き」「やってみたい」を大切にして、
自尊心が落ちすぎないようにしてあげたいですね。
さいごに
そもそもの話になりますが、
不登校=いけないこと(問題行動)
という考え方がある以上、どうしても悩みは増えてしまいます。
しかし、ひとりの子どもとして、ひとりの人間として考えたときに、
必ず誰だって幸せに生きる権利があります。
自分は、うちの子は不登校だから、という考えではなく、
関係なく楽しく過ごせる生き方を考えてあげたいですね。
もちろん不登校によって生まれる悩みや課題は存在すると思います。
それはまた別として、我々もしっかり寄り添いますので、
また今度取り上げていけたらと思います。
今後ともよろしくお願いします!