サックスを持ったお医者さん

さっきコンビニでレジをしてくれた女性には、保育園に通う娘さんがいる。

いつもエレベーターで会うと、元気いっぱいの挨拶をしてくれるぽっちゃり少年には、わりと派手なご両親がいる。

仕事で頼りまくっているスタッフのお姉さんには、要介護のお母さんがいる。

人には必ず親がいて、その人には家族がいる。さらに、みんな人生をいいものにできたらいいと、そういう気持ちで生きている。という当たり前のことが、今までなんとなく分かっていたようで分かっていなかった。というか、最近その愛おしさに気付いて納得した。


かかりつけの病院に、次男を診せに行ってきた。

最近保育園に行き始めたもんだから、そりゃ風邪やらなんやらもらったのだろうと思ったのだけど、意外にも喘息だったようで、家の掃除を徹底せねばな…と最近さぼり気味の家事を反省しながら診察室を出た。

待合室で壁の張り紙をなんとなく眺めていたら、さっき診てくれたおじいちゃん先生が、満面の笑みでサックスを手に持っている新聞記事の写真がそこにあった。

傍らには奥様らしき人が別の楽器を持ってにこやかに写っていた。奥様がこの町の音楽文化を盛り上げようと何か催している様子で、その奥様に影響され、ついでにおじいちゃん先生もこの歳で楽器に挑戦してみた、という感じの記事だった。

私はこういった、読まなくて全然大丈夫、みたいなニュースが好きで、中でもお年を召した方が年甲斐もなく何かに挑戦しているようなネタが大好物だ。

それはさておき、やっぱりあのおじいちゃん先生にもご家族がいるんだな、と感じながら、さらに、あのおじいちゃん先生にも人生があるということに気付かずにはいられなかった。


おじいちゃん先生は、若いころに夢を掴んで医者になった。大学病院で勤務し、数年後開業医になる。素敵な女性と出会い、子供もできた。病院の近くにこの町にしては大きな敷地の家があり、そこには、奥様と娘がいっしょに楽器を奏でられる防音スペースがあり、休日はそれを聞きながらコーヒーを飲む時間が至高なのである。そして、娘も大きくなり、大学進学と同時に一人暮らしをすべく家を出た。いい人とも出会い、早くして結婚。大きなおうちと時間を持て余したおじいちゃん先生は、夫婦お互いの心の隙間を埋めるべく、新しいことに挑戦する。これまで家を任せきりだった奥様とこれからの時を刻むために、今度は楽器を手にする。医者として人生を全うするつもりではあるが、医者とてひとりの人間である。人生を終えるまでに、やりたいことはやらねば損である!

というのは全て妄想であるが、そのようなストーリーを考えてしまうほどに愛おしいと思えた写真だった。


ふだん接している友達、知人、仕事の付き合いの人、みんなそれぞれに家族があって人生がある。友人関係、仕事関係、と淡白に一次元的にしかとらえられなかった関係に、家族やその人の人生を含めると、何だか多次元になる。その方が、愛おしい。不器用なワイ、30を過ぎてやっとそれに気付く。

愛おしいと思える、思われる人付き合いをしたい。その方が、人生が楽しそうだなぁと思った。


ちなみに、壁の新聞記事は読んでいない。読む前にお会計になったので、そのまま読まずに帰った。

読んでないんかーーーーーーい

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