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ふつうの淵を歩くのをやめたい

今日は第3回幻冬舎大学「ファッションの<インプット><アウトプット>で自信を作る方法」でした!とっても素晴らしい講演会で、素晴らしすぎたあまりに途中からメモも取らずに聞いていたので、アーカイブをちゃんと見てから感想は書こうと思っています。
講演会の中で「アウトプットをすると自分の気持ちがわかる」「出そう!と決めるとぼろぼろでてくる」という話があったので、最近考えている「ふつう」についてnoteを書いてしまおうとパソコンを開いてます。

私はいつもぼんやり考えつづけて答えが閃くのを待ってからnoteを書くスタイルだけど、「アウトプットは短期集中!」という話もあったので、答えが閃いていないけど書いてみます。

この文章では、「ふつう」というキーワードを多用していますが「多数派」という意味で使用しています。反対語は「特別」「個性的」「少数派」になります。


自分の書いたバンジージャンプのnoteを読み直していたら、こいつバンジージャンプ飛ぶことよりバンジージャンプを飛ぶ人の中で少数派なことにびびってるなんて変なやつだ!と自分にツッコミをいれたくなった。
そんなことを考えていたときに、おだまきさんのツイートから小学校の卒業式を久しぶりに思い出した。

私の小学校は自由(式典用の服)のタイプだったんだけど、私は卒業式にベージュのブレザーを着て行った。それはおさがりとかではなくて、自分の意思で選んで買ってもらったもので、某女子校の制服みたいで卒業式の日学校に行くまではるんるんだった。でも、学校に行くと私以外全員が示し合わせたように紺か黒の服だったことに驚いて、一人だけまったく違う色の服を着ていたことに恥ずかしくなって帰りたくなった。卒業式の全体写真を見たら、一番最初に目につくのは100%私だったと思う。それが嫌で嫌で仕方なくて小学校の卒業式の写真は封印している。

そんなことを思い出して、バンジージャンプのことも考えると、私は一人だけ浮いてしまうこと、ふつうとは違う行動をすることに抵抗感があるんだと気づいた。ただ、ふつう一直線なら安心して満足するのか?というと、人とは違うほうを選択したことも何度もあって、私の中でふつうというキーワードがものすごく複雑に絡み合っているのでは?という仮説が生まれた。小学生の時点ですでにふつうと違うことに対して嫌悪感があることを考えると、それより前から振り返る必要があると思うので、ふつうをテーマに人生を振り返っていこうと思う。


私はふつうの家にふつうに産まれた。
お金持ちでも貧乏でもないありふれた中流家庭産まれた私は平均的な大きさで健康的だった。これといったエピソードはない。
どんな親も、我が子が小さいうちはうちの子には特別な才能があるのかもしれないと思いながら育てるのではないかなと思ってるんだけど、もれなく私もそんな感じで育てられた。だから、私は自分のことを特別な子だと思っていたように思う。

小学校に入学し、だんだんと自分が特別ではないことに気づく。最初におや?と思ったのは、年に1度ある校庭にきた消防車の絵を描くイベントだった。私は一生懸命絵を描いたのに、賞に選ばれることはなかった。(ちなみに絵心はない)もっと絵が上手な子がいて、私はその子たちのように上手に描けないということを知った。
もう一つ印象的なエピソードがある。3年生の時の先生が演劇が大好きな人で、学芸会で超有名ミュージカルをやることになって、一つ一つの役を立候補にして、複数いるときはオーディションで選抜することになった。私は準主役的な役に立候補した。めちゃくちゃやりたいわけではないんだけど、名前のない役(町民Aみたいな)は嫌で、それに立候補したんだと思う。だけど、その先生は私のことをものすごく評価していて(冷静に考えて贔屓レベルだったと思う)「主役に立候補しなさい」と言われ、私はその通りにした。もちろん主役をやりたくて立候補している子もいて、オーディションになって私は落ちた。やりたいことではなかったから、落ち込みはしなかったけど「ああ、やっぱりな」と思い、自分は選ばれないふつうの子なんだと再確認するような出来事になった。ちなみに余談になるけれど、この先生からの過度な期待がプレッシャーだったのか、私は小学3年生から爪を噛むようになった。数年前まで続いていたこの癖はストレスが原因だと言われているけど、この過度な期待以外思い当たることはない。笑

少しずつ私はふつうなんだ、と思うようになった。
そんな中、少しだけ勉強ができた私は中学受験をすることになる。それは私の小学校では少数派だった。一方、塾やその後に受験をして入学した中学で私はさらに自分がふつうだと感じるようになった。
本当に中流家庭だし(私立の学校だからお金持ちの子がたくさんいた)、顔だってふつうだし(後の大親友となる名前順が前の女の子が絶世の美女だった。いまだに彼女より美人な子を見たことがない)、唯一取柄だった勉強だって受験して入った中学校では横並びでふつうになった。
嫌というほど自分が取り柄のないふつうの人なんだと感じた。

中学生の頃は一番目立ちたくない時期だったように思う。まあ目立つほど何か秀でてることはなかったけど、目立っていいほど自信もなかった。とにかく悪い方で目立たないように(ぶすとかださいとか)いつも不安感に駆られながら過ごしていた。部活動も楽しくないから辞めたし、映画とかカラオケとか中学生の遊びも好きじゃなかった。友だちとだらだら過ごすこと、インターネットで文章を書くことが楽しみだったけど、誇れることではないと思っていたから誰にも言わなかった。(でも結局いまやってることだね)
書くだけでなく、いろんな人の文章を読んだ。中でも何人か好きな人がいて、その人たちは自分の日常を書いていた。その人たちの日常はふつうの私から見ると非日常的で刺激的でそんな人生をうらやましく思っていた。真似をして書いたこともあったけど、ふつうの私にはエピソードがないから書けない。ふつうであることをさらに強く自覚するだけだった。
不安感は強かったけど、だからと言ってメンタルがやられるタイプではなかった。不安感から身体に不調がでる儚く繊細な子たちは心配されるのでうらやましく思ったりした。私はどれだけ嫌なことがあっても寝られるしごはんも食べられる図太いやつだった。そんな自分をふつうだと思った。

そんな私は中学3年生のときに、なりたい職業と行きたい大学を見つける。その夢はあまり人とはかぶっていない職業で、行きたい大学は少し変わっていた。しかも理系だった。(理系女子に憧れを持っていた)そんな特別なことを閃いた自分が誇らしかった。ふつうの私に訪れた特別な閃きが自分のアイデンティティーのすべてだった。深く自問自答せず、表面的に行きたい大学となりたい職業を追いかけた。

高校生になると好きなアーティストのライブに行ったり、行きたい大学に向けて受験勉強に勤しんだりした。段々と周りの目も気にならなくなりつつなった。少し変わっているけどそこそこの学力が必要な大学を志望している自分が特別で個性的なようにも感じていた。そのために勉強もがんばった。大学受験をするのがふつうな世界にいたけど、何人かは専門に行く子もいた。私のなりたい職業は専門学校に行くという道もあったんだけど、そんなふつうから大きく外れた道を選ぶ勇気はなかったのに、みんなが行くような学部もありふれた夢も嫌だった。

そんな自分のアイデンティティーに感じた志望校に無事合格し、大学生になった。厳密にいうとセンター試験の結果がよくなくて、学科は変更した。この学科変更は振り返るとものすごいグッジョブだった。最初に志望した学科だったらたぶん楽しく過ごせなかったと思う。一方で、理系だったはずなのに理系でも文系でも入れるなんとも中途半端な学科に入ったことで、理系という自分のアイデンティティ―は失われ、就活にはマイナスの影響を及ぼした。

中学受験をしたら勉強が特別できる子ではなくなったように、大学受験をしたら、みんな同じ分野に興味を持っているから、私は特別ではなくなった。自分のアイデンティティーだったはずの中学生のときからからなりたかった職業も就活のときに諦めた。いわゆるふつうの平日勤務を捨てる勇気がなくて、ふつうの企業に就職しようとした。(ここに関しては実際に3社でバイトやボランティアなどをして、本当に好きなことではなかったと気づいてしまったから逃げた部分もある)

そんなふうにして、今の会社に就職した。仕事に関しては、特別とかふつうとか考えたことがあまりなかった気がする。もちろん嫌なこともむかつくこともたくさんあるけど、すべてに理由があって、こうなったらいいのにという未来がある。なりたい姿かはわからないけど、好きなことであり得意なことである。
だけど、また不安感が大きくなっていった。私がふつうにしていること(会社員として働いていること)には価値が感じられない。特別なことをしなくては生きている意味がないのでは、早くやらなくては、30歳になってしまう、こんな服はもう着ちゃだめだ、そんなノイズが大きくなった。どんどんどんどん不安感大きくなってしんどくて仕方なかったけど、どうにか不安感を解消したいと思って方法を探していたら、自問自答ガールズになれた。

ここまで書いてようやくわかったけど、私は本当に好きだから選んでるわけではなく「特別に見えるから」選ぶものが多い人生だったと思う。嫌というほど自分がふつうだとわかっているから、特別な少数派な人がうらやましくて仕方なかった。その一方で、本当に少数派になってしまう状況になると、自分に自信がないからか不安感に駆られ、できる限りその状況を回避しようとした。
私は自分自身に、特別に憧れるふつうの人である、というラベルを貼っていた。
ふつうの端っこにある淵を歩くような人生だと思った。ものすごく狭い狭い淵だった。

私はもうふつうの淵を歩くのをやめたい。
ふつうも特別も正反対の言葉だけど、どちらも条件付けであることに変わりはない。
特別な自分にいつかなれて、そんな自分を愛したとしても、ふつうに戻る日が来ることに不安を募らせるだろう。
ふつうな自分を愛しても、特別なことが起きたときには自信がなくなるだろう。

本当はこの世界にはふつうの淵がないことに気づいてる。
世界はどこまでも続く平野のような大地である。
私の選択が少数派でも多数派でも、その選択をした自分を受け止めるしかない。
たぶん、これが自分を信じるということなんだろう。
そのためには、自分の人生に集中するしかない。

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