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東京

大阪に行った時に驚いたのは、人の温かさだった。僕が信号待ちで立ち止まりながら携帯をいじっていると、声がして顔を上げた。

「お兄ちゃん、青になったよ」

どうやら横断歩道の向こう側からやってきたおっちゃんが、親切にも声をかけてくれたらしい。そのことにひどく胸を打たれた。

東京でもし同じように立ち止まっていたら、こうはいかないだろう。気づかないうちに青に変わっていた信号が、気づかないうちに点滅してまた赤に変わるだけだ。

絶対にこの人は僕とこの先、一生会うことはないだろう。だから見返りなんて何もない。それにも関わらず親切に僕に教えてくれた。自転車を片手で押していたおっちゃんの温かい笑顔を見て「こんな人になりたい」と強く思った。

大阪は本当に人が温かいなと思った。
羨ましいなとも思った。

そんな出来事をふと思い出したのは今朝のこと。僕は友達との待ち合わせに30分も早く来てしまい、近くのハンバーガーチェーンで時間を潰していた。

人を待つ時間は全然嫌いじゃない。コーヒーが飲めるし、本が読める。僕は読書をするのに知っている人がいると気が散ってしまうことが多い。だから電車の中や、ハンバーガー店を「格好の読書スペース」として好んでいた。

物語が終わりに差し掛かっていた。一番の盛り上がりの場面で、ページをめくる手も自然と早くなる。

そんな時、ページの隙間から不自然な人影が見えた。仕方なく顔をあげると、メガネがずり落ちたおじさんがフラフラと僕の目の前に立っている。

「うわ、変な人だ」と反射的に思った。そして、何も気づかなかったかのように、本の続きに目を落とした。

すると、奥に座っていたサラリーマンの男性がスッと立ち、僕の目の前のおじさんの所まで足早に来ると「大丈夫ですか?」と声をかけた。どうやら、フラフラとしていたのは体調が悪かったことが理由だったようだ。

僕は気づかなかった。そして、その男性はおじさんを近くの席に座らせ、わざわざコーヒーまで買ってきて手渡した。

すごく温かい光景だった。
その温かさは、大阪のおっちゃんと似ていた。

自分はなんて冷たいんだろう。
いや、冷たくなってしまったのだろう。

気づけば僕は東京だった。

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