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父さんとのキャッチボール。(2023年8月コラム)

僕の父さんは、野球ができない人だった。ほとんど山なりのボールしか投げれないし、あちこちに飛んでいく。普段はすごく優しいんだけど、怒る時にはめちゃくちゃ怒る怖い人で、キャッチボールの時は、僕が少し手加減して投げてあげる感覚がおかしかった。

多分、小学生の3、4年生くらいまでしかキャッチボールはしなかったと思う。野球は15歳離れた兄さんに教えてもらったから、その時期くらいで、父さんとのキャッチボールは最後だったと記憶している。それ以降は、僕の方がうまくなったから。

夕方くらいに、どんな風にキャッチボールを始めたんだろう。僕から、「父さん、キャッチボールしようよ」と誘ったのか、それとも父さんからだったのか。思い出せない。

けど、父さんとキャッチボールするのは楽しかった。今でも、その光景は覚えているし、ずっと忘れないんだと思う。父さんも一生懸命、にこにこと汗を流しながら、ボールを投げ合っていた。

父さんはもういなくなっちゃって、僕も小さな子どもの父さんになった。

小さい頃からボールが大好きな息子は、大小、素材や硬さも様々なボールでよく遊ぶ子だった。そのおかげか、どんなスポーツをさせても、とてもうまい。サッカー、バスケ、バレーボール、ドッジボールに野球。どれも人並み以上にできる。

小学3年生になったから、そろそろ周りの友だちもスポ少やクラブチームに入るようになり、息子は週に1回の野球のクラブチームに入ることになった。あまりそういうのに入るのは乗り気ではなかったみたいだけど、タイミングが来たのかもしれない。

最近は、「お父さん、キャッチボールしよう」と、毎日のように言われる。

僕は素直にうれしいなと思う。僕の父さんはそんなに上手なキャッチボールはできなかったけど、それでも父さんとのキャッチボールは、兄さんとの真剣なキャッチボールより楽しかった。

本当なら、いろいろと教えてあげたい気持ちはあるんだけど、一昨年の夏に無茶をして思いっきりバレーボールをアタックしたら、次の日から肩が痛くて上がらなくなった。それでも、その後は普通にボールを投げれていたんだけど、今年の春くらいに、プチンと肩の奥の方で音が聞こえてから、少しずつ肩が上がらなくなった。「三十肩」だ。

肩の周りの小さな筋肉たちが微細な損傷を繰り返し、4、50歳くらいになった時に、肩が上がらなくなることがあるんだけど、「明らかに大きな負荷」がかかると、それが「前倒し」になることがありますよって、ロルフィングに来てくれるお客さんに伝えていただけど、自分がそうなるとは。

早く、息子と思いっきりキャッチボールしたいな。

これじゃ、野球ができなかった父さんとそんなに変わらないじゃん。

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